尾行してみよう②
大股に歩いてズンズンと進んでいったユウジは、道具屋の前に来ると、握りっぱなしでくしゃくしゃになってしまったメモを見返した。
「えー……傷薬、キャンディ、毒消し……」
そういえば買い出しの途中だったっけ。
当初の目的など、お母さんの登場でノブも忘れかけていた。
道具屋に入って用事を済ませると思いきや、
「やってられるかあああ!!」
絶叫しながらユウジは、メモをびりびりに破いてしまった。
おいおい、それが無いと買い物にならないじゃないか!?
ノブが心配していることなど知りようもなく、ユウジは足元に散らばったメモの紙片を、憤慨しながら踏みにじる。
「なにがリーダーだ!!人に雑用押しつけて自分は寝てやがって……
二日酔いだと!?いいご身分だぜ!!」
リーダー寝てるんかい!!ウソでしょ!?
いつも誰より早く起きて、みんなが嫌がる仕事は自分が率先してやろう!がモットーのノブには信じられなかった。
サブメンバーに買い物任せて自分は宿で寝てるなんて、リーダー失格とかそれ以前の問題だ。
昨夜、「君はいいリーダーだな(キリッ)」とか言っちゃった自分が猛烈に恥ずかしい。
大声を出して、ひとしきりメモを踏みつけたら、ユウジは満足したらしい。
「知るか消耗品なんぞ……ケッ」
吐き捨てるように呟いて、道具屋の前から離れていくが、もう追いかける気にもならない。
歩き去る剣士の後ろ姿を立ち尽くしたまま見送っていると、
「ノブ~~」
後ろから声をかけられた。振り向くと、ヴェンガルが立っている。
別れてからそれほど時間は経っていないが、ノブと同様、疲れた顔をしている。
「先輩!何か収穫ありましたか?」
自分のほうはまったくダメだったので期待するノブだが、ヴェンガルは残念そうに首を横に振る。
「いやあ、あいつはダメだ……ぜーんぜんダメだったぞ」
二回も繰り返すということは、よほどのことがあったに違いない。
「宿屋から出て、奴さん何処に向かったと思う?
まっすぐ競馬場だ」
「け、競馬ですか」
それはヴェンガルも呆れる訳だ。
老剣士はもう思い出したくもないと言いたげな表情で、つらつらと見てきたことを語り出す。
「行き慣れた様子でササッと目当ての馬券を買ってな。
1レース目は手堅く行って当てたようだったが、欲を出して2レース目は大穴狙ってよ。見事に外してやがった。
……ま、一回は当てただけ、俺よりはマシかもな」
眉をしかめているヴェンガルの手には、数字とカタカナが羅列する小さな札が握られている。
それが何か、競馬とは縁のないノブもさすがに知っている。
「……先輩、馬券買ってんじゃないスか」
「いや~~、久しぶりに行ったら雰囲気に呑まれちまってな」
ヴェンガルはまったく悪びれず、外れた馬券をウットリと眺める。
「だけどいい馬だったぜ、ホッカイアナコンダ……!」
なぜ馬なのに蛇っぽい名前!?
「で、まあ2レースだけ賭けたら満足したようでな。
競馬場から出たんで追ったんだが次の行き先が……」
ヴェンガルの顔に、心底から嫌そうな表情が浮かぶ。
「パチンコ屋だ」
「またギャンブルですか!?」
呆れてつい声が大きくなってしまったノブに頷き、ヴェンガルは溜め息混じりに続きを語る。
「むしろ、そっちが本番だったみたいでな。
俺はパチンコは興味ねえから、店の入り口で新聞読むフリしてたんだけどよ。
いつまで経っても打ってるばかりで、まったく動きやしねえから、こりゃあこれ以上は観察してても無駄だと思ってな。
店から出てお前に報告しに来たってわけよ」
「なるほど……実は、こっちも似たようなもんだったんです」
ノブが自分の見たことをざっと説明すると、ヴェンガルはうんざりと言いたげに目を細めた。
「おいおい、どーしようもねえ連中だな」
「ほんとに。リーダーは二日酔いで寝過ごしてるみたいだし、考えられないっすよ」
もう尾行は切り上げて、クエストに行っている三人と合流しようかと考えていると、ヴェンガルが声を上げた。
「おい、あれ―――」
ヴェンガルが見ているのと同じ方向に目を向けると、見覚えのある女性が立っていた。
たぶん白魔道士のマリンで間違いなさそうだが、昨日とずいぶん雰囲気が違う。
ミアと似たようなローブを着て髪はソフトウエーブだったはずだが、今日は露出が多くて体のラインを強調するような、ミニでタイトな服装で、髪もくるんくるんに巻いている。
「デートですかね?」
もう正午も近いし、さすがに恋人も起きてくるだろう。
そう思って予想を口にしたノブだったが、
「おー、マリにゃん。待った?」
前髪が長くて色の黒い、デイビットには似ても似つかない派手な男が、マリンに声をかけてきた。
ナンパかな?いや、でも、マリにゃんて??
「ああーん、遅いよタイガぁ」
鼻にかかった猫撫で声を出して、マリンは男の腕に飛びつく。
タイガって……え?知りあい?知りあいっていうか……え??
混乱するノブの視界に、ベタベタといちゃつく二人が入ってくる。
「タイガ、会いたかった~~ん。昨日もその前の日もぉ、ずううっとタイガのこと考えてたんだよぉ」
「おいおい、そんなこと言っていいのかよ。彼氏、近くにいるんだろ?」
「知らな~~い。どうせまだ寝てるしぃ、あんなの一緒に居てもつまんなぁい。
それより、今日どこ行く?ふたりで何しよっか?」
「そうだなあ……」
タイガと呼ばれた男は、下品な感じにニヤリと笑うと、指輪だらけの右手でマリンの尻を鷲掴みにした。
「まだ明るいけど、ホテル行くかぁ!」
「やだぁ~~もぉ!!タイガのえっち!」
そう言うわりには嬉しそうにキャアキャアと甲高い声で笑って、マリンはタイガの腕にぶら下がるようにしてしな垂れかかる。
「いいよ、しょうがないなあ」
何がどうしょうがないのかノブにはさっぱりわからないが、二人は絡み合いもつれ合いながら、雑踏の中へ消えていく。
一途で純情なノブにこの展開は、とてもじゃないが許容できる限界を超えていた。
もう言葉を発することもできず、呆然と立ち尽くすノブの背を、ヴェンガルの手が優しく叩く。
「ちょっと早ぇけど、昼飯に行かねえか。おごるからよ」
ヴェンガルに促されるまま、ノブは足を動かし、その場を後にした。