尾行してみよう①
***
デイビット一行と過ごした宴席から一夜が明け、ノブは街の片隅にある狭い路地裏に身を隠していた。
自分たちが泊まっている宿と、それほど離れていない場所である。
ここからは、ある宿屋の入り口がよく見えた。
昨夜、雑談のなかで聞いた記憶が確かなら、ここにデイビットたちが泊まっているはずだ。
見える所に時計がないから正確にはわからないが、ノブが宿を出た時間帯から考えると、そろそろ十時になろうというところだろう。
何か動きがあってもよさそうなものだが―――
ノブの期待に応えるように、宿屋の扉が開いた。
出て来たのは剣士ユウジだ。目当てはリーダーのデイビットなのだが、さてどうしたものか……
「ノブ」
思案にくれているところ、背後から声をかけられ、飛び上がりそうになった。
振り向くと、灰色の小さな影が視界に飛び込んでくる。
「ヴェンガル先輩!?どうしてここに……」
「まあ、犬ほどじゃねえけど鼻が利くんでな。
お前の様子が変だから尾行させてもらったぜ」
ヴェンガルはノブの隣へ歩み寄ると、剣士ユウジの姿を見つけて不審そうに目を細めた。
「ありゃあ、昨日一緒に飲んだ連中の……なんとかいう剣士じゃねえか?」
「……実は俺も、尾行ってやつをやろうとしてたところなんです」
ここまで来たらもう隠す必要もないだろう。
ノブは観念して、企てている計画を白状することにした。
「前から気になってたんですけど、あのパーティーに限らず、明らかに実力不足なうえに無自覚にフラグ立てまくってるのに、生き残ってる人たちって結構いますよね?」
「そうだな」
記憶を探ってみれば、ノブの言い分に該当するパーティーがいくらでも出てくる。
魔王を倒すのは俺だとか、故郷で待つ彼女と結婚するんだと言った連中がみんな、死んでいくわけではない。
派手に散るでもなくあっさり逃げ帰ってしまう者達も多いが、そういうのは大概、レベル50前後で冒険者としては未熟なのが殆どだ。
「ひょっとしたら、そういう人たちって、やっぱり無自覚に死亡フラグも回避してるんじゃないかと思って。
いい機会だから今日一日、観察してみるつもりなんです。
俺たちのフラグも回避できるような、重大なヒントを見つけられるかも」
「なるほど」
ノブのことだから、急用と言ったからには遊びに行くわけではないだろうと思ったが、なかなか突拍子もないことを思いついたものだ。
「面白そうじゃねえか。俺にも手伝わせてくれ」
「え、いいんですか?せっかくオフにしたのに」
気を使おうとするノブだが、ヴェンガルは引かない。
「ああ。アキナ達も、急に休みになったところで特にやることねえから、適当にクエスト受けるって言ってたからな。
俺も働くぜ」
「えぇ……せっかくだから休めばいいのに。真面目だなあ」
ノブにだけは言われたくないだろう。この男といったら、いつも冒険のことで頭がいっぱいだ。
話がまとまったところで、ちょうど宿の扉が開き、今度は格闘家ボンゴが出てきた。
「よし、俺ぁアイツを追うぜ」
ヴェンガルが気合い十分とばかりに、右の肩をぐるぐると回すのを見て、ノブも決めた。
「俺は剣士さんのほうを追ってみます」
本当はリーダーが良かったが、この時間まで出てこないということはもう宿屋にはいないのかもしれない。
ノブとて誰より早く起きるよう心がけているのだからデイビットもそうだろう。
リーダーとはそういうものだ。
ひとまず午後三時になったらまたここで落ち合おうと決めて、ノブとヴェンガルはそれぞれ目当ての人物の後を追い歩きだした。
***
宿屋を出た後、剣士ユウジは冒険者向けの商店が並ぶ区画のほうへ、大通りをまっすぐ進んでいく。
見失わないよう距離をとってついていくと、上着のポケットからメモを取り出すのが見えた。
「えー、傷薬と魔力回復キャンディ……毒消しもいるか」
どうやら買い出しを頼まれているらしい。すると、道具屋へ行こうとしているのか。
彼にお使いを頼んでいるということは、やっぱりリーダーのデイビットは他用があるのだろう。
もしフラグ回避の重要な鍵が、そっちの他用のほうにあったらどうしよう、などと考えていると、
「ユウジ!!」
誰かが剣士を大声で呼んだ。
ハッとして足を止めたユウジのもとへ、年配の女性が駆け寄ってくる。
その顔を確かめたユウジは、目を見開いて驚いた。
「母ちゃん!?何でここに」
え?お母さん?
ノブも驚いて目を凝らして見る。
確かにユウジと目元がよく似たご婦人だが、何だか尋常ではない様子だ。
「魔王城に行くって言ってたから、もう一か月もここで待ってたんだよ!!
あんた手紙送っても返事くれないんだから!
……まあ今更そのことはいいわ、それより大変なんだよ!!」
おいおい、手紙の返事はちゃんと出せよな。それにしてもすごい取り乱しようだ。
ふと、昨夜聞いた話の一片が、ノブの頭の中によぎった。
確かユウジには妻子がいるはず。
まさか奥さんか息子さんに何かあったのか?
他人のことながら、人の好いノブはつい過剰に反応してしまうが、
「お父さんが倒れちゃったんだよう、ギックリ腰で!!」
あ、お父さんか。命に別条はない感じね、良かった。でも大変だよな、ギックリ腰は。
「お願いだから冒険なんかやめて、帰って来てメロン作り手伝っておくれ!!
お嫁さんも、こっちでいい人探してあげるから!!」
へ~~、実家はメロン農家か。そりゃあ、ご主人が倒れちゃ大変だ。
……ん?お嫁さん??
故郷の村も農業が盛んだったので、働き頭が倒れた時の苦労に思いを馳せてしまったが、さすがに聞き流せなかった。
どういうことだろう、ユウジは確かに妻と息子の話をしていたはずだが。
ノブの頭の中が疑問でいっぱいになっていることなど知るはずもなく、今度はユウジが母親に向かって叫び出した。
「うるせーーーーババア!!誰が帰るか!!
農業なんてかったるいんだよ!!」
いい年こいて母親に向かってババアはないだろ……
お父さんとお母さんが、そのかったるい仕事をしてくれていたからこそ、そこまで大きくなれたというのに、親不孝者!!
……親類縁者の反対押し切って冒険者になっちゃった俺が、人のこと言えないけどね!!
ノブの内面の葛藤をよそに、ユウジの怒号はどんどん大きくなっていく。
「だいたいテメエ、そんな調子いいこと言って、この前送ってきたお見合い写真……
相手、ブスだったじゃねえかよ!!」
どんな写真だったか知らないが、妙齢の女性になんて言いざまだ!!
……いや、お見合い?え?やっぱ独身なんですか!?
「気立てのいいお嬢さんだっていうから、会うだけでもと思ったんだけどねえ。
気に入らなかったなら、また別の人を探してお願いしてみるから……
そうだ、隣町に結婚相談所ができたんだよ!そこに登録してみれば、いい人が見つかるかも」
必死に取り縋る母の姿を見ても、ユウジの態度は変わらない。
「相談所なんてロクな女いないに決まってるだろ、ふざけんな!」
……さっきからこの男は、女性に対して禁句ばかり……
耳障りな言葉ばかり聞いたせいで、ノブの体は怒りで小刻みに震え出す。
お見合いにしろ結婚相談所にしろ、何でこいつは自分が選ぶ立場だと思ってんだ?
お前が馬鹿にした女性達にだって、選択の自由はあるっつーの。
お前みたいに性根の腐った奴なんか、世界中の女性が願い下げに決まってるだろうが!
そんな奴でも幸せになってほしいと願っている、お母さんの気持ちにもなってみろよコノヤロウ!!
「とにかく俺は帰んねえから!!うちのメロンなんかどうなろうと知ったことか!!」
「ユ、ユウジ~~」
最低の捨て台詞を吐き、泣きむせぶ母を置いて、ユウジは足早にその場を去る。
お母さんは気の毒だがノブの立場では慰めようもない。仕方なく暴言息子の後を追う。