夜道の愚痴②
「あの格闘家はすごい体してたから、主戦力かもと思ったんだがな」
ヴェンガルの疑問に、すぐさまテリーは答える。
「あの人はレベル51でしたね」
それを聞いて頷いたのはアキナだ。
「それぐらいでしょうね。あれ、ファッション筋肉だったもん」
「ファッション筋肉?何だそりゃ」
首を傾げるヴェンガルに、アキナは眉をしかめながら説明を始める。
「最近は高蛋白フルーツとか、アミノ酸増量肉とか、魅せるだけの筋肉を作る食品が出回ってるの。
それ食べて適当に運動すれば、けっこう簡単に見せかけだけのマッチョになれるのよね。
だいたい、格闘家なら体を大きくしても体重で動きが鈍くなるから、体格を引き締めるほうに心血注ぐはず……
あたしやノブだって肉弾戦が主な戦い方だけど、あんなにムキムキ膨らんでないでしょ?」
「ふむ……確かにな」
「まあ、敵に威圧感を与えるために、敢えてこれ見よがしの筋肉をつける人もいるんだけど、そういう人って積極的に仲間の盾になったりするから、傷だらけのはずだし……あ、ほら、あの人みたいな」
アキナが示した方向には、ノブ一行と同じく酒場帰りらしい冒険者の一団がいた。
そのうちの一人が話題にあがっている格闘家ボンゴといい勝負くらいの筋骨隆々な男性だが、アキナの言う通り、至る所に傷痕が見られる。ボンゴには無かったものだ。
「威勢のいいことばっかり言ってたけどさ、脳筋もいいとこだわ。
女の格闘家だからって、あたしのこと見くびってる感じだったし……女子が前衛にいちゃ悪いかっつーの。
今どき、女戦士も女剣士も普通にいるのにさ」
アキナが怒るのも当然、だいたいノブも同意見だ。
武技で戦う女性も増えてきているとはいえ剣士や戦士に比べて格闘家はまだ、ものすごく少ない。アキナには先駆者として頑張ってほしいものだ。
それにしてもあの格闘家も剣士も、強そうに見えたのは外見ばかりか。
ならばその逆はどうだろう、とノブは思いつく。
「あの盗賊……ジャレムだっけ。あの人が強いってことはないか?
レベルは50くらいでも、最強のチート技を持ってるとかさ」
人気のジャンルに乗れるかなと、ちょっとだけ期待したのだが、テリーは首を横に振った。
「ないない。ふつうの盗賊だった」
盗賊ジャレムの名前が出た途端、女性陣の表情が曇った。
「あいつか……ずーっと下向いてる割りに急に噛みついてきたりして、ちょっと気持ち悪い感じだったわね」
ミアも頷いているが、初対面の女性と向きあうと緊張してしまうノブとしては少し、気持ちはわかる。
「引っ込み思案な性格なんだろ。緊張しすぎると攻撃的になっちゃう奴って結構いるし―――」
「いやいやいや、ヤバい人ですよ、あれは!」
ミアが声をあげ、ノブを遮った。なぜかアキナのほうを見る。
「あの場では言えなかったですけど……うつむくフリして、アキナさんの太腿、ちらちら見てましたもん」
アキナはギャッと叫んで、腿に両手を当てた。隠したいのだろうが隠し切れていない。
「うええ、マジか……寒くなってきたからスパッツ履いてるのに」
中学生みたいな言い訳をしているが、そのスパッツも膝までしかないので、あまり寒さ対策になっていない気がする。
「私は完璧に防衛してますよ」
腰に両手を当てて尊大なポーズを取ったミアが、なぜか勝ち誇ったように、えっへんと偉ぶる。
「ぜんぜん露出してないし、だぶだぶローブのおかげで体型もわからない!お色気ゼロですもん」
それは自慢するようなことなのか……男としては疑問に思わずにいられない。
まだ腿を押さえつつ、アキナはミアに向かって、哀れむような視線を送る。
「私もあの場では言えなかったけどさあ……あいつ、あんたの胸もじろじろ見てたわよ」
「ギャアア!!」
今度はミアが叫ぶ番だった。真っ青な顔で、慌てて胸を覆い隠す。
「そんなああ……こんなにも布面積が多い服を着ているのに!?」
「ああいうムッツリした奴には関係ないんじゃない?気をつけなさいよ、あんたDカップあるんだから」
……Dか。意外とあるな、ミアちゃん。
ノブとテリーが不覚にもどぎまぎしてしまったことなど露知らず、ひとしきりギャーギャー騒いで気持ち悪がった後、ミアは自分も確かめておきたいことがあったと思いだした。
ちょっと呼吸が落ち着いたところで、テリーに目を向ける。
「テリーさん、ひょっとしてあのクソビッ……じゃなくて、マリンて白魔道士、レベルはちょうど50だったんじゃないですか?」
テリーは驚いて目を丸くする。
「当たり!どうしてわかった?」
「レベル50であの呪文を覚えられるんですよ、『エンカウント回避』!」
モンスターとの遭遇率を減らすスキルだ。なるほど、とノブは頷く。
「呪文を唱えておいて街道を進めば、ほとんど戦わなくて済むな」
街道は森や平原に比べれば、モンスターの出現率はずっと低い。
呪文の効力があるうちは、安全に進めるという訳だ。
「もちろん、私たちもよく使うし、悪い呪文じゃないんです」
ミアが補足した通り、ちょっと遠出しすぎてアイテム不足になった時とか、あと少しで次の村か町へ着くのにHPの残量が不安な時など、何度も助けられた呪文である。
それが正しい使い方のはずだが。
「レベル上げをサボって先に進む目的であの呪文を使うパーティー、けっこう多いんですよね。
そういう使い方って、原則禁止なんですけど、明確な罰則があるわけじゃないですから。
でもそういうことをしようって提案された時には、ちゃんと断って地道にレベルアップするよう説得するのも白魔道士の大事な役目なんですけど―――」
ちょっと言葉を止めて、ミアは眉をしかめる。
冒険の話はそっちのけで女子トークばっかりしてきたマリンのことを思い出しているのだろう。
「どうせあの女、講義の時間なんて寝てるかサボってスミャホ見てたんですよ。
いたもん、そういう女子」
恋愛脳女子にはよほどの恨みがあるのだろう。
ドス黒いオーラを出し始めたミアのことはさておいて、テリーが複雑な表情で肩を竦める。
「でも、もうそのやり方もあのパーティーじゃ限界だろうな。
エンカウント回避の呪文ったって、戦闘の頻度を下げるだけで完璧にモンスターと戦わなくて済むわけじゃないし」
その意見に、アキナも頷く。
「そうね、実際、ヤマネズミに襲われてたわけだし」
エンカウント回避の効力は、自分と同レベルかそれ以下のモンスターでないと発動しにくい。
この先はヤマネズミどころでないモンスターがうじゃうじゃ出てくるのだから、そう容易く戦闘を避けることはできないだろう。
「あれじゃ、魔王城はおろか、モウグス村にだって着けないでしょうよ」
「俺もそう思う」
「私も」
アキナ、テリー、ミアの三人が同じ結論に達したところで、ちょうどノブたちが逗留している宿に着いた。
診療所の先生の用事は明後日までかかるということで、ノブ達もその間はメイウォーク市内で暇をつぶさないといけない。
せっかくだから明日はクエストを受けて小遣い稼ぎして、明後日は買い物しようという計画になっているのだが。
ノブは一歩進んで玄関扉の前に立つと、メンバーと正面から向き合った。
「みんな、済まないがちょっと、急用ができた。
明日の予定だけど、クエスト受けるのはやめてたまには一日オフにしよう」
これには全員が面食らった。
「ええ!?何よ、いきなり」
代表してアキナが詰め寄るが、ノブはシッシッと追い払うように片手をひらひらさせるだけだ。
「だから急用!みんなは自由に過ごしてくれて構わない。じゃあ、俺、明日早いから!!」
言うだけ言って、くるりと向きを変えると、小走りに宿へ入って行ってしまう。
残されたメンバーは、しばし立ち止まって顔を見合わせた。
「どうしたんだ?ノブの奴」
テリーに訊かれても、アキナは「さあ」と答えるしかなかった。
また妙なことを思いついたのだろうが、何をしようとしているかなど、さっぱりわからない。
戸惑いながらも、とりあえず明日どうするかメンバー達が談義を始めるなか、ヴェンガルだけはもうやるべきことを決めていたのだった。