戦士デイビットのパーティー②
「やっぱり、周辺でモンスター倒してレベル上げかな?
この町は市警団からの依頼もたくさんあるしさ、上手くやれば報酬も経験値も効率よく稼げる。いい所だよな」
市警団というのは、メイウォーク市が主体となって運営している警察機構のことで、名前の通り市内の警備を担当している他、冒険者たちの協力を得て市民からの雑用依頼も受けている。
森や平原での植物採集や町人が移動する際の護衛、家畜を狙ったり畑を荒らすモンスターの駆除など、依頼内容は様々あり、報酬をもらうついでにレベル上げも出来て、市民も冒険者も得をする仕組みとなっている。
デイビットとて冒険者の端くれ、それくらいの知識はあるが、
「せっかくですけど、この町に長居するつもりはありません。消耗品を買い足したら、すぐにモウグス村へ向かうつもりです」
立ち止まっている暇はない。
テリーはちょっと面食らったような顔をして、黙ってしまった。かわりに、横で聞いていたノブが口を挟んでくる。
「いやあ、危ないんじゃないかなあ。まずここで武器を揃えておいた方がいいと思うけど」
「?」
随分と妙なアドバイスだ。
「モウグス村に行けば、この町より強い武器が売ってるでしょう?そこで揃えるから大丈夫ですよ」
正論で返したが、ノブは食い下がってくる。
「それはそうだけど、辿り着くまでけっこう大変だよ?強いモンスター出るし」
「街道を行くから、問題ありません」
「あのね、街道だって安全じゃないわよ」
アキナが横から入ってきた。ノブが言い負かされそうなのが気に食わないのだろうか。
「平原や森に比べれば数が少ないってだけで、普通にモンスター出るし。
実際、あたし達だってこっちに来るまでに六回、エンカウントしたわよ。
三時間で六回なら単純計算で、三十分に一回は戦闘しないといけないわけ。
持ちこたえられんの?あんた達」
何とも、こちらの感情を煽ってくる言い草だ。これだから強気な女は困る。
デイビットより先に、剣士ユウジが反発した。
「何だか俺たちを行かせたくないって感じだな」
「そういう訳じゃないけど……」
「気にすることないぜ、デイビット。さっさと先に進もう」
まだ何か言いたげなアキナからふいと顔をそらし、ユウジはリーダーに賛同してくれる。
これぞ、剣士の鑑だ。
「一刻も早く魔王を倒して、息子に会いたいもんだ」
しみじみとユウジが呟いたのを聞いて、テリーの顔に笑みが浮かんだ。
「へえ、息子さんがいるんですか」
「ああ、一人息子がね……妻と一緒に、俺の帰りを待っていてくれてる」
虚空を見つめるユウジの瞳には、ここにはいない家族が映っているのだろう。
デイビットも一緒になって想像してみる。
顔は知らないが、ユウジを愛しその帰りを待ち侘びる美しい妻と、小さな男の子の姿を。
「家族のためにも、一刻も早く、平和な世界を取り戻したい」
ユウジの言葉からは、夫、そして父親としての愛情と慈しみの心がひしひしと伝わってくれる。
彼の家族は、なんと幸福な人々だろう。
「俺も娘がいるから、その気持ちはわかりますよ」
見かけ通り、このホビットは優しい性格らしい。そう思ったが、
「だからこそ、先へ進むにはもう少し慎重になったほうがいいんじゃないかなと思うんですよね。
家族のためにも万全に準備してから出発したほうが―――」
結局、伝えたいことはそれらしい。さすがに言い返そうと思ったが、デイビットより先にボンゴのほうが限界を迎えた。
「だあああーーーーっ!!まだるっこしい!!
言いたいことあるならハッキリ言いやがれい!!」
空になったジョッキを叩きつけるように置き、デイビットのほうに顔を向ける。
「おいリーダー!!こいつら、俺たちが先に魔王を倒しちまいそうだから、ビビって足引っ張ろうとしてやがるんだ!!卑怯な奴らだぜ!!」
「いやあ、そんなことは……」
怒り心頭のボンゴに気圧されたものか、ノブが言い訳しようとするが、
「よせ、ノブ」
アキナの隣に座っていたコアラ型獣人のヴェンガルが止めた。
それにしても見かけと合わない低い声だ。これで老剣士だというし、彼が喋るたびにちょっと笑ってしまう。
今回も口元がほころんでしまい、ボンゴと一緒に怒ろうかと思っていた気持ちも萎えてしまった。
ノブが黙ってしまうと、ヴェンガルはアキナと反対側の隣に座っているテリーに、何かぼそぼそ耳打ちした。
先輩面して余計なことを言わないようアドバイスしているのだろう。テリーは頷いて、口を閉じた。
「ねえ……喧嘩、やめようよ」
消え入るような声がデイビットの耳に届く。
はっとマリンのほうを向くと、今にも泣き出しそうに潤んだ瞳がこちらを見つめていた。
「この空気、すごくイヤ……あたし怖いよ、デビィ」
二人きりの時だけに使う愛称で呼ばれ、甘酸っぱい気持ちが胸に広がる。
彼女にだけは悲しい顔をさせたくないのに、これじゃあ恋人失格だ。
ここは、こちらが大人にならなくては。
「大丈夫だよマリン。ちょっと意見が食い違ってるだけなんだ。喧嘩してるわけじゃない」
今にもこぼれ落ちそうになる涙をグッとこらえ、マリンは微笑む。
すぐにでも抱きしめてあげたくなる笑顔だ。
デイビットの言葉に励まされたのは、マリンだけではなかったようで、
「デイビットの言う通りだ!俺たちとこいつらじゃ、喧嘩にすらならねえ!!」
大声を張り上げたボンゴが、勢いよく立ち上がる。
「ちんたら準備するのに時間も金もかけていられるかぁ!!魔王を倒すのは俺たちだ!!」
ボンゴの叫びに、酒場のあちこちから歓声が上がる。
「威勢のいいのがいるなぁ」
「いいぞーーっ!!魔王なんかぶっ飛ばしてやれえ」
荒くれ男たちから声援を受け、酔いも手伝い調子づいたボンゴは、肩当てを脱いで床に落とすと、椅子に乗った。
大きく息を吸って分厚い胸板を更に膨らませ、腕を曲げ盛り上がった筋肉を見せつける。
鍛え上げられた肉体に注目が集まり、酔っ払いからの声援はどんどんと大きくなっていく。
「もう、やめてよぉ。目立つの恥ずかしいよ」
マリンが顔を赤くしながらボンゴに呼びかけるが、気にせずポーズを取り続けるものだから、ますます赤くなってうつむいてしまう。
その様子に目を止め、鼻の下を伸ばしている男も多い。可愛らしさもここまでくると考えものだが、無自覚なのだから仕方ない。
ノブはボンゴの騒ぎをしばらく静観していたが、仲間たちと目を合わせると、頷きあって立ち上がった。
的外れなアドバイスをしてもしょうがないと、ようやく諦めてくれたらしい。
「この辺で失礼するよ。俺たち、明日も早いから」
奢るつもりだったが、自分たちの飲食代に足る銀貨を渡して来たので、ありがたく受け取った。
せめてもの礼に、酒場の入り口まで送る。
「すみません、血の気の多い奴で」
リーダーの責任として、ボンゴの暴言を謝ると、ノブはいいよいいよと顔の前でひらひらと手を振った。
「うちはみんな慎重派だから、気概があってうらやましいよ」
確かに、実力はあるかもしれないが、いまいち積極性に欠ける感じの地味なパーティーだ。
デイビットは改めて、自分のパーティーメンバーを誇りに思う。
「あなた方には申し訳ないが、魔王を倒すのは俺たちですよ。……最高の、仲間です」
胸を張るデイビットに、ノブは微笑む。
「君はいいリーダーだな」
「……連中も、そう思ってくれてるといいんですけどね」
振り返ってみると、ちょうどこちらを見ていたマリンと目が合った。
微笑んで、控えめに手を振ってくれる。
「ここだけの話なんですが、俺……魔王を倒したら、彼女にプロポーズするつもりなんです」
胸に湧きあがった愛しさを、言葉にせずにはいられなかった。
「そうか、それはおめでたい」
ノブは我がことのように喜んでくれた。
「きっと、上手くいくよ」
「ありがとう。きっと、結婚式には呼びますよ」
「ああ、楽しみにしてるよ。お互い、悔いのない冒険になるよう頑張ろうな」
「……はい!!」
ひょっとしたら自分は、このマジメ一辺倒で面白みのないパーティーに、勇気を与えることができたのかもしれない。
楽しいばかりの宴席ではなかったが、いつかこの出会いに感謝する日が彼らにも来るだろう。
右手を差し出すと、ノブも応じてくれる。
リーダー同士、固い握手を交わして、二組のパーティーは別れを告げたのだった。