戦士デイビットのパーティー①
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モウグスの村へ続く街道を、魔王城とは反対の方向へ進み、馬車なら一時間、徒歩なら三時間ほど行った所に、メイウォーク市という町がある。
エーヤン大陸西方の要所として、古くから地方都市として栄え、交通の便と物品の流通が発達したこの町は、いつも大勢の人々で賑わっている。
農民、猟師、兵士に商人、貴族――――様々な職業と階級の人々がひしめき、行き交う中、多くの出会いと別れの物語が、今日もこの町のそこかしこで生まれている……
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燦々と輝く太陽が地の果てへと沈み、夜が更け月も高くなった午後八時。
メイウォーク市の中心部から少し外れた裏通りにある酒場、「トラ猫の尻尾亭」は、今夜もほぼ満席。
楽しげなお喋りと、早くも酔っ払った者たちの甲高い嬌声、がなり立てるような歌声であふれ返っていた。
商人や兵士の姿もちらほらと見えるが、客のほとんどが冒険者だ。
強い酒と豪快に盛った大皿料理を出すこの店は、過酷な旅を続ける冒険者たちの憩いの場となっている。
腹を満たし咽喉を潤すついでに、他パーティーと交流すれば、情報交換やアドバイスを受けることもできるのだから、一石二鳥というものだ。
うまい酒と料理、そして新たな出会いを求めて、冒険者たちは夜な夜な「トラ猫の尻尾亭」に集まる。
そんな冒険者たちのための酒場の一角、入り口にちかい壁際のテーブルで、二組のパーティーが酒を酌み交わしていた。
「それでは、我々の出会いを祝しまして―――」
止む気配のない喧騒の中、なかなかに男前な若い戦士が声を張り上げ、なみなみとビールを湛えたジョッキを高く掲げる。
それに合わせて、同じテーブルについている九人の男女も、自分のジョッキを持ち上げた。
「乾杯!!」
十人分のかけ声と、ジョッキがぶつかる気持ちのいい音が響く。
良く冷えた麦酒は一日の疲れを癒してくれるものだが、大勢で飲めば、また格別に美味い。
口につけたジョッキをいっきに傾け、中身を咽喉へ流し込めば、さっそく心地良い酔いが全身に回る。
空になったジョッキをテーブルに置くと、戦士デイビットは向かいに座っている、同じく戦士のノブに目を向けた。
「いやあ、昼間はありがとうございました。本当に助かりましたよノブさん」
デイビットの心からの感謝の言葉に、ノブはいやいやと謙遜して首を振った。
「助けあいは冒険者の基本だからね。気にすることないよ」
そうは言うが、絶体絶命のピンチを救ってくれたのだから感謝せずにはいられない。
パーティーを組んでから順調に旅を続けてきたデイビットたちは、今日の昼間、あと少しで市に着くというところでヤマネズミの群れと遭遇してしまった。
中型の犬ほどの大きさがあるこのモンスターは、鋭い爪と牙を持ち、素早い動きで襲ってくる厄介な相手だ。
運悪く回復アイテムも残り少なくなっており、もはやこれまでかと覚悟しかけたその時、助けてくれたのがノブのパーティーだった。
協力しながらヤマネズミ達を一掃し、戦闘が終わった後、互いに詳しい自己紹介をしあったのだが、聞けばモウグスの村から来たのだと言う。
この先の道のりや魔王城の様子など、情報収集するには絶好の相手だ。
そこで謝礼も兼ねて、ぜひ一杯おごらせてほしいとデイビットから頼み込み、宴席を設けるに至ったというわけだ。
「実際、大したもんだよアンタ。一振りで二匹、スパパーッと斬っちゃったもんな」
いつも口数の少ない剣士のユウジが、珍しく自分から声をかけた。
ユウジとて凄腕の剣士であるが、誉めずにいられなかったのだろう。それだけ、ノブの剣術の腕は確かなものだということか。
「確かに、ありゃあ、いい動きだったぜ」
早くも三杯目の麦酒をピッチャーから注ぎながら、格闘家のボンゴも同意した。
すぐにジョッキに口をつけ半分ほど飲んでから、ノブの隣に座っている女格闘家に目を向ける。
「そっちの姉ちゃんもスゴかったな。残りの三匹、一発でぶっ飛ばしちまってよ。
女だからって見くびっちゃいけねえな」
「……どうも」
短く答えた赤毛の女性は、たしかアキナという名前だ。
ボンゴの言う通り、パンチの威力は大したものだ。格闘家として優秀なのは認めるが、女性としてはどうかと思う。
そこそこ美人といえる顔立ちだし、スタイルも良く、ノブとは仲がいいようだが、強気で男勝りな性格なのはいかがなものか。
デイビットの理想の女性、そう、愛しい彼女とは程遠い―――
「え~~っ、ミアさん、今まで彼氏いたことないの??」
デイビットのパーティーの紅一点、白魔道士のマリンが声をあげた。耳障りな喧騒の中でその声は、鈴の音のように軽やかに心地良く響く。
マリン……仔猫のように柔らかな杏子色の髪と、可憐な容姿、そして包みこむような優しさを持つ、天使のような女性。
驚きで目を丸くしているその表情も、なんと愛らしいことか。
「信じられないなあ、私なんかより、ずーーっと可愛いのに」
いくら周りが可愛いと誉めても、本人にその自覚はないマリンは、長い睫毛で縁取られた大きな目をパチクリさせながら、正面に座っているノブパーティーの白魔道士、ミアを見つめている。
「いや……まあ、縁がなくてですね……」
困ったように笑うミアも、可愛らしい娘であるには違いないが、マリンとは比べようもない。
「まったく、世間の男は見る目ないなあ。腹が立っちゃう」
優しいマリンは、まるで自分のことのようにぷんぷん怒って、頬を膨らませる。
その仕草も、目眩がするほど愛らしい。彼女の可憐さには、この世のどんな女性だって勝てないだろう。
薄暗い酒場の中でも、輝いて見える彼女の表情一つ一つについつい見惚れてしまっていると、
「どうして……」
少し遠くで、口を開く者があった。
「どうしてそれだけ強いのに、魔王城へ行かないんですか?」
盗賊のジャレム。デイビットのパーティーでは一番の切れ者だが、ユウジ以上に寡黙な男だ。
今日も会話に入ろうとせず、テーブルの端でちびちび飲んでいたのだが、どうしても訊かずにいられなかったのだろう。
遠くの席から、不審そうにノブを睨んでいる。
「おい、いきなり失礼だろ。パーティーにはそれぞれ方針があるんだから、俺たちが口を出すことじゃない」
慌ててフォローに入るが、ジャレムは引かない。
「だって変でしょう。モウグス村には到着してるっていうし、装備だってちゃんとしてるのに、魔王城へ行かないなんて」
今度は言い返せなかった。
実を言うと、その辺はデイビットも気になっているところなのだ。
今、デイビットのパーティーに足りていないのは、強い武器だけで、ノブたちはもうそれを持っているように見える。
周辺のモンスターから奪取できるのはもちろん、魔王城と村を行き来する冒険者からも貴重な素材をもらえるモウグス村では、エーヤン大陸で一番強い武器を揃えることができるというから当然だろう。
もしノブたちと同じ武器が手に入れば、自分たちならすぐにでも魔王城へ乗り込むのだが、なぜこの人たちは留まっているのだろう。
ノブの答えは、納得できるものではなかった。
「いや……まあ、ちょっと、他にやることがあって……」
ごにょごにょと語尾を濁らせ、はっきりしないノブを、ジャレムはしばらく目を細めて睨んでいたが、やがてふいっと顔を背けた。これ以上は聞いていても無駄と判断したのだろう。
ジョッキに残っているビールを、またちびちびと飲み始める。
しばし、気まずい沈黙が流れたが、
「ところで、君たちはこれから、どうするんだい?」
どんぐり帽子の盗賊が、明るい調子で訊ねてきた。テリーといったか。