彼女のお父さん②
「ああ゛ーーー!!何すんのよ!!」
「さすがにそれはダメだぞ、ノブ!!」
あまりの展開に驚き焦るアキナとヴェンガルだが、ノブとて苦渋の決断だった。
「うう……スマン。でも、こうするしかないんだ」
咽喉から絞り出すような声。手紙の残骸を握り締める手は、震えている。
「この手紙には多分、親父さんなりの不器用だけど温かい言葉で、お前のことを頼むって綴られていると思う。
きっと胸を締めつけられるような、切なくて優しい手紙だろう……そんなもの読んだらもう、俺は明日にでも死ぬしか道はない……」
アキナは眉を寄せ、胡散臭そうな目でノブを見る。
「何それ。また死亡フラグ?」
苦しげな表情のまま、ノブは頷いた。
「お前はまだ信じてないみたいだがな……この手紙を読むってことは、
『俺、この戦いが終わったら、彼女にプロポーズするんだ』って言葉を遺して大空へ出撃するパイロットと同じ立場になるんだ!」
確かにその状況で生きて帰った人、知らないけど……
「そこまでのことなのかしら」
「そこまでのことだ!!だが親父さんに申し訳ないし、お前に恥をかかせるわけにもいかない!!だから!!」
意を決したノブは、目にも止まらぬ速さでアキナの足元へ跪くと、床に額をめり込ませる勢いで土下座した。
「俺のことフッてくれ!!頼む!!」
「ええーー!?」
もはや処理しきれる状況ではなく、アキナはあたふたとうろたえることしかできない。
「ちょっと、顔上げなさいよ!別に付き合ってるわけでもないんだから、フるとかフラないとか、そういう問題じゃないでしょうが」
「そうか!!じゃあ付き合おう!!はい、フッてくれ!!!」
「なめてんのかコラァ!!」
怒号を上げるアキナに、頭を下げ続けるノブ。見兼ねたヴェンガルが、手を伸ばしてそっとアキナの肘を叩く。
「まあ、ここはお前が折れてやってくれねえか?形だけでも、スパッとフッてやれ」
「無茶言うな!!」
即答したアキナの、ヴェンガルが触れたのとは反対側の肩を、何者かがぽんと叩いた。
振り向くと、矢筒を背負い、白髪混じりの黒い髪をオールバックにした、すこぶるダンディーな弓使い風の男性が立っている。
「大の男がここまで言ってるんだ。思いっきり踏みつけてやんなよ、お嬢ちゃん」
ヴェンガルに勝るとも劣らない渋い声で説得されるも、
「いや誰だお前!?」
まったく知らない人なのでこう叫ぶしかなかった。
どんどん収拾のつかなくなる状況で、フるのフらないのと大騒ぎしている彼らは、まだ知る由もない……
後日、ノブの書いた手紙を受け取ったひとりの少年が、「さいきょうのとうぞく」に感化され、世間を騒がせる大泥棒になる第一歩を踏み出したことを。
十年後、狙った獲物は逃さない、月夜に黒い影を躍らせる大怪盗「月に踊る山猫」が誕生することを……彼らはまだ、知らない。
更に余談だが、ミアに言い寄っていたDM男はその後、フられた腹いせに「彼氏いますんで」発言の画面をスクショして「ふざけんなビ○チ」というメッセージを添えツウィッターに晒したが、
他の女性ユーザーにも同じようなことを何度も繰り返しやっているような奴だったので、総スルーされて終わった。