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彼女のお父さん①

 お通夜状態になっている喫茶スペースに、木箱を抱えたアキナが入ってきた。


「いたいた、二人とも。なに?誰か死んだの?」


「いや、まだ生きてるけど、出方次第では近いうちに死ぬから、今のうちに弔ってる」


「……?あ、そう。それは大変ね」


 ノブがアキナに理解できない話をすることにはもう慣れている。

 適当に聞き流して、アキナはテーブルに箱を置いた。


「ほら、あんたに届け物よ」


 荷札の住所欄を確認すると、ノブの実家からだった。筆跡は姉・サキのものだが、差し出し人の名前はハルになっている。


「ばあちゃんから?何だろう」


 さっそく開けてみると、色とりどりの毛糸で編まれた小物が出てきた。

 手袋と帽子、マフラーもある。

 三人は同時に「おーっ」と感嘆の声を上げた。さっそく、アキナが手袋をひとつ手に取る。


「見てこれ!先輩用に、ちゃんと小さいのがある!」


 アキナの言う通り、子供がめるような小さなサイズだが、可愛い色でなく渋い風合いの臙脂えんじ色の毛糸を使っている辺り、細やかな気遣いを感じられる。

 これにはヴェンガルも笑顔になった。


「こりゃあ、あったかそうだなぁ」


 続いてノブも、気になったものを引っ張り出してみた。

 てっぺんにチョコンと小さな丸い飾りがついた、茶色の帽子。


「ドングリの形、テリーのだ!俺が前に送った皆の集合写真、見ながら編んでくれたんだな」


 他にもミアに似合いそうな薄紫と白の水玉模様のマフラーや、アキナが好きな明るい緑色の手袋など、ハルおばあちゃんのセンスが光る素敵なものばかりだ。


「こんなにたくさん、大変だったでしょうね」


 自分のことも孫同然に可愛がってくれていたおばあちゃんのことを思い出しながら、アキナが呟く。

 悪いことをした時にはきびしく叱られたこともあるが、優しくて愛情深いおばあちゃんだった。


 思いがけない心の籠もったプレゼントに、三人の胸は温かい気持ちで満たされる。


「ありがとう、ばあちゃん。これで冬の戦闘もバッチリだよ。


 森でも山でも、これがあれば寒くないよ」


 自分に編んでくれたであろう青いマフラーを抱き締めながら目頭を熱くするノブだが、それを見ているヴェンガルには微かな不安がよぎった。


 森に山って……まさかコイツ、冬になっても魔王城に行かないつもりか……?


 死亡フラグ回収に賛成派ながら、さすがにそれは慎重すぎるだろと指摘したものか。

 でも下手なこと言って傷つけたくないし、ノブにはノブなりの考えがあるから言わないでおこう。

 変なスイッチ押しちゃったら面倒くさいし。


「あ、それからコレ―――」


 ひとまず手袋やマフラーを箱に戻したアキナが胸のポケットから取り出したのは、これまた手紙だ。

 いっさい飾り気のない封筒に、無骨な字で「ノブへ」と書かれている。


「何か知らないけど、うちのお父さんから、あんたに」


 わざと明後日の方向へ目を逸らしながらノブへ封筒を突き出すアキナの頬が、少し赤らんでいる。


「お前の親父っていうと、鍛冶屋の大将か」


 あまり長い期間ではないが、ノブたちの故郷の村に滞在したことのあるヴェンガルも、アキナの父親はよく覚えている。


 若い頃は格闘家として冒険に出たこともあるという腕のいい鍛冶屋で、大柄で筋肉質な男だった。

 だいぶ額が広くなっているがアキナと同じ赤毛で、性格は豪放磊落ごうほうらいらくそのもの。

 見かけのわりに酒には弱いのがまた面白かったものだ。


「アキナのお父さんが、俺に?」


 緊張しながら封筒を受け取ったノブもまた、彼のことを思い出している。


 アキナのお父さん……三人の子供の父親で、逞しくてカッコいいおじさん。

 最初の子供であり唯一の女の子であるアキナを、それは可愛がっていた。

 田舎のことだから、女の子ながら格闘技に夢中になっていたアキナに、いい顔をしない大人が多いなか、応援して稽古をつけ強くしてくれた。


 アキナのお父さん……近隣の村でも一番腕のいい鍛冶屋。

 なまくらになった料理人の包丁でも、刃のつぶれた戦士の斧でも、おじさんが鍛え直せば見違えるように切れ味鋭く蘇る。

 評判を聞きつけたヴェンガルが武器を預けにきたのが、ノブたちの冒険の始まりだった。


 もう仲間は作らないというヴェンガルを説得し、旅に出ると決めた時は大反対されたけど、最後は背中を押してくれた。

 ノブにとっても心強い味方で、受けた恩は測り知れない。


 どんなに感謝しても足りない、そんなお父さんからの手紙を、ノブは―――


「ぐぎがああああああああああああああああああ」


 奇声を上げて、真っ二つに裂いた。


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