第一回宿屋会議①
その夜、言われた通りに戦士の個室へパーティーメンバー達が集まった。
重要なイベント前の作戦会議でよく使われる長い木のテーブルが今回も用意されていたので、適当に座ったものの、肝心の戦士の姿は無い。
ちなみに「このテーブルってリーダーの個室には必ずあるけど何故?
そもそもメンバー全員入れる部屋って広すぎない?リーダーだけスイートルームでも借りてるのか?」などという愚問は彼らくらいの歴戦の冒険者たちは感じない。
「おっそいわねえ、人のこと呼び出しておいて何やってんのかしら」
いかにもいらついた様子で女格闘家がぼやく。
確かに呼び出しておいて留守にするなんて、ぶん殴られても文句言えない立場だが、
「終盤の決意表明」する主人公と「犯人が解ったときの推理ショー」する探偵は全員が揃った後に登場するのがお決まりなので本気で怒ってはいない。
まあまあ、とホビット盗賊がなだめる。
「大将はマイペースだからなあ。こっちも気長にやってこうぜ」
「……でも、何だかいつもと違いましたよね、リーダー」
おずおずと口を挟んだのは、白魔道士の少女だ。
「ちょっと思い詰めたような……そんな顔してました」
心配そうな彼女につられ、皆も口を閉ざす。その絶妙なタイミングで、扉が開いた。
「みんな、集まってるな」
颯爽と登場したリーダー。ほっとして「おっそーい」と文句をとばしてくる女格闘家に「すまん」と砕けた感じで謝りながら、みんなを見渡せる定位置につくも、座らずに話を切り出した。
「みんな、連日の狩りと戦闘の準備で疲れていることだろう。だが今日はどうしても話しておきたいことがある」
キリッと眉を上げたその表情は、今まで見たことがないくらい張り詰めたもので、自然とメンバーの緊張も高まっていく。
「確認だけど、俺たち、明日の狩りで全員がレベル80を超える見通しだ。くわえて、今の装備なら魔王城の10階くらいまでは行けると思う。
そこから先は魔物がグッと強くなって罠もエグいのが仕掛けてあるという話だけど、その分、戦闘で手に入る武器や防具もレアで強力なものになるだろう。
それに10階まで行けば城とこの村を行き来できる便利アイテムも入手可能になるらしいので、それほど悲観はしてない」
なんか、事務的で、思ってたのと違うなという違和感を全員が覚えたが、真面目なリーダーだしこんなものかもしれない。
「このメンバーなら魔王を倒せると、俺はそう思っています…けど、ちょっとあの…気になってることがあって……」
急に言い淀むリーダーに、すかさず女格闘家が助けを出す。
「何よ、気になることって。言ってみなさいよ」
「うん、そうだな…あの……ちょっと、ひとりひとり、名前を名乗ってみてくれないかな」
思いがけない展開に、キョトンとする一同。リーダーは構わず「はいコチラから」と女格闘家を促した。
「アキナだけど?」
おさげに編んだ赤毛とソバカスがチャームポイントの、勝ち気な女格闘家。
魔法は使えないけどパンチグローブから放たれる強力な打撃は要注意。上はノースリーブで下はショートパンツと露出多めだが何故か物理防御はパーティーで1番高い。
リーダーとは同じ村の出身で幼馴染み、腐れ縁と憎まれ口を叩いているけど本音は…!?
「あ……えと……ミア、です。」
純白のローブを着た白魔道士の少女。フードと長い前髪で隠れていて顔はわからないけどたぶん可愛い?
パーティーで1番たくさん魔法を使えるけど、まだ一回も使ったことない呪文もある気がする。たぶん気のせい。
普段はおとなしいけどSNS上では人格変わって炎上してる人を見つけては攻撃しまくってるという噂もある。それもたぶん気のせい。
「テリー」
まあるい団子鼻とドングリの帽子が特徴的な、お調子者のホビット盗賊。ずんぐりしているけど素早い。なんと妻子持ち。
パーティーで1番……1番……まあ突出して何が出来るわけでもないけど「盗む」スキルは重要だよ。
これ使わないと手に入らないアイテム多いじゃん。
「ヴェンガル、だ」
渋い声と圧倒的な強さを誇る老剣士。コアラ型の獣人で、女格闘家に続いてパーティー入りした古参メンバー。
身長100㎝にして大剣ハルバードをぶんぶん振り回す姿は圧巻。
モフモフしてて可愛いと触りたくなってしまうだろうが、デッキブラシ並に硬い毛質で期待外れだし、機嫌が悪いと八つ裂きにされてしまうぞ。気をつけよう。
「そして、俺がノブ」
パーティーリーダーの戦士。そこそこの鎧を着て、まあまあ切れ味鋭い剣で戦う。腕は確かな努力家で、魔法も少し使える。
よく「お笑い芸人のあの人に似てるんだけど…あーっ、誰だっけ」とか「二時間ドラマで脇役やってるあの人に似てる…うわ、名前が出てこない」って言われる。
結局、誰に似ているんだろう。
「ヴェンガルはともかく、アキナ、ミア、テリー、ノブ……」
ゆっくりと繰り返し、静かな声色でリーダーは続ける。
「これ、ぜんぜん、キラキラしてないよね」
キラキラ……?
「つまり全体的に地味って言うか、無個性っていうか」
意味が掴めず目が点になっているメンバーたちに何とか伝えようとノブは言い募って来るが、どうにか言い返せたのは女格闘家だけだった。
「いいじゃない、覚えやすくて」
「それはそうかもしれないけど、この名前じゃ、まず覚えようって気になってもらえないだろ」
「ノブ」
老剣士の低い声が遮った。迫力負けして黙ったノブを睨みつけ、ヴェンガルは続ける。
「リーダーたるもの口に気をつけるんだな。
特にお前とアキナは同名の方やお友達が同じ名前っていう方が少なからずユーザー層にいるだろう。気を悪くしてしまうぞ」
「はいっ、すみませんヴェンガル先輩‼」
ノブは深々と頭を下げて謝っている。
見えないかもしれないがこちらにも土下座せん勢いで頭を下げているので許してあげてほしい。
パーティーの名前についての見解は、あくまでノブ個人の意見になりますのでご了承ください。
「回りくどい言い方はやめて、ハッキリ言いな。こいつらなら大丈夫、お前の言うことならわかってくれるさ」
「はい、ヴェンガル先輩!」
老剣士の激励に背中を押され、ノブはパーティーにまっすぐ向き直った。
「まずはこれを見てくれ!」
大きく振りかぶってテーブルに叩きつけたのは、一冊の雑誌だった。
女格闘家アキナがタイトルを読み上げる。
「冒険者の友9月号……?」
立派な鎧を着た金髪碧眼のたくましい戦士と、やたらセクシーな紫色の衣装の魔女がツーショットでポーズを決めている表紙に、いろいろな記事紹介が書かれている。
『実はそんなに扱いづらくない!?プロに聞いたバトルアクスの使い方!』
『着こなし上手のアレンジ術♪エルフの指輪、妖精のネックレス…ステータスアップ・アクセサリーがコーデ次第でこんなに可愛くなる!』etc……
「宿屋の食堂によく置いてあるヤツよね、これ」
アキナの認識はそれくらいのものだが、ホビット盗賊テリーはこれをよく知っていたようで嬉しそうだ。
「おれ読んでるよ。先月号のご当地宝箱特集は面白かったな~~あと巻末のモンスター解説コーナーも好き」
「本当か!?早く言ってくれよ。あのコーナーいいよな、この前もさ、違う種類の亀系モンスターだと思ってたのに、甲羅の色違いってだけで実は同じモンスターだって記事読んで、ほんとビックリして……」
長くなりそうでうんざりしたアキナが自慢の拳で机を叩く。
ドンッという鈍い音と恐ろしげな振動が、共通の話題で盛り上がりかけた男二人を震え上がらせた。
「あ、すまん……これだ、このページを見てくれ!」
慌ててノブが開いたページには、『期待の新人パーティー紹介コーナー』とあった。
五人の男女の詳しい人物紹介が、全身ブロマイドとともに掲載されている―――
***
ウィルフリード・レオニダス(17)/剣士
燃えるような赤い髪に澄んだ青い眼の少年。愛称ウィル。
歴戦の勇士で剣術の達人だった祖父に育てられ、粗削りながら剣の腕は一級。
正義感に溢れるまっすぐな性格ゆえ誰からも好かれるが、トラブルを呼び込むことも多い。
仲間思いの反面、女性からの好意には鈍感なところもある。
セリーナ・シェラ・フィオラル(17)/白魔道士
輝く銀髪とスミレ色の瞳が印象的な美少女。
幼い頃に孤児となり、聖ミュラルカ修道院で育った。魔法に秀でるも世間知らず。
心優しいが、悪人には物怖じせず憤るなど芯の強さも見せる。
共に旅を続けるうち、ウィルに信頼以上の想いを抱くようになる。
ケッジ(15)/盗賊
灰色の毛をなびかせる、ウルフマンの少年。
十年前、父を殺した凶悪なコボルトで盗賊頭のダギモに手下にされ、ひどい扱いを受け働かされていたが、ウィルと出会い狼の誇りを取り戻す。
臆病で卑屈な性格は冒険するうちに改善されていくが、極度の怖がりでオバケに弱いのは治らない。
セルビー・スミッソン(13)/エンジニア
紺色のショートヘア、くりっとした紺色の目、大きなゴーグルを額にかけた、活発で好奇心旺盛な少女。
機械の町デイジータウンで一番のドッグを指揮する親方の孫娘で、メカニックの知識と情熱は大人顔負け。
「魔法と機械工学は相容れない」という通説を覆すため、ウィルの旅に半ばむりやり同行する。
彼女自身に戦う力はほとんど無い為、様々な自作のマシンに乗って戦闘に参加する。
グウェン(31)/傭兵
癖のあるダークブラウンの髪、同色の目、無精髭を伸ばした精悍な男性。
過酷な戦場を渡り歩き悲惨な経験をした過去のせいで、周囲と距離を取るようになり、人を煙に巻くような言動ばかり口にする。
成り行きで契約したウィルに対しても傭兵と雇い主という関係を崩さないつもりでいたが、彼のまっすぐな心に触れ、徐々に態度を変化させていく。