DM男に注意!①
「おっ、さすがホビット。速い速い……追いつきますかね?」
「無理だろ。相手が悪い」
テリーと郵便屋さんの姿が見えなくなると、入れ違いにミアがやってきた。
不思議そうな顔で、玄関のほうを気にしている。
「テリーさん、どうかしたんですか?すごい勢いで出てったみたいですけど……」
ノブはちょっとね、と答えて頷いた。
「いま弟が『さいきょうのとうぞく』に憧れたばっかりに、娘さんが怪盗になって、
自分は行方不明ってルートが開きそうだから、阻止しようと必死なんだ」
「へ??ちょっと意味がわからないんですけど」
「まあ、話せば長くなるってことだ」
予想していなかった説明に混乱するミアに、ノブにかわってヴェンガルが話題を切り上げる。
「それで、お前さんはどうしたんだ?」
もとからそんなに真剣に理解する気もないミアも気持ちを切り替えたようで、ローブの懐をごそごそと探った。
「実はちょっと、相談したいことがありまして」
そう言って取り出したのは、オフホワイトのスミャートホンだ。
「さっきアキナさんにも話したんですけど、最終的にすごい怒ってケータイ壊されそうになっちゃって……
お二人の意見も聞いてみたいなって」
ヴェンガルはスミャホを見ると、露骨に嫌そうな顔をする。
「俺ぁ機械のことは、サッパリわかんねえぞ」
「そうじゃなくてツウィッターで仲良くしてるお友達についてなんですけど」
「何だそりゃ。ますますわからん」
年寄りにありがちなケータイアレルギーにかかっているヴェンガルはともかく、ノブとてそんなにSNS関連は詳しくない。
パーティーで一番 (というか唯一)コミュニケーションツールを使いこなしているミアが、どうしたというのだろう。
「何かあったのか?」
「え~~っと、大したことじゃないんですけどぉ」
しばらくモジモジと言い淀んでから、意を決したという感じでミアは顔を上げた。
「実は、一か月くらい前からゲーム関連のコミュニティで仲良くしてる男性の方から、近いうちに会ってみないかってDMでお誘いがあったんですよ」
困ったようで、嬉しいようにも見える表情だ。
ちょっと頬も赤くなっている気がする。
「時間と場所はこっちで指定していいって言ってくれてるし、そんなに悪い人でもなさそうなんで、一回くらいなら会ってもいいかなー、なんて……」
まだミアの話は終わっていないが、ノブはそっとスミャホを取り上げた。
ちょうど問題のDMの画面が開いているので、そのままポチポチと文字を打つ。
「あ!ちょっと何するんですか!やめてください勝手に!!」
取り返そうとするミアだが、ぴょんぴょん飛び跳ねるヴェンガルに妨害されて叶わない。
おかげでノブは、無事に男への返信を作成できた。
「申し訳ありませんが、リアルとネットのお付き合いは完全に分けていますのでお断りいたします。
あと彼氏もいるのですみません……はい、送信」
「ヒギャアアアアアア!!リア充の定型文!!!」
日光を浴びた吸血鬼の断末魔のようなミアの悲鳴が響くが、
「はい、ブロックもしておいたよ」
ノブはひと仕事終えたイイ顔で、ミアにスミャホを返した。
二人のやり取りを横で見ているヴェンガルは、難しい顔で首をひねる。
「どういうことだ?俺にゃあ、何がどうなったかサッパリ……」
その問いに、ノブはまっすぐな視線を向けて答えた。
「全力で犯罪者予備軍を遠ざけたんです!!」
「……?……?そうか、よくやったぞ」
やっぱり理解できないが、ノブがそう言うならそうなのだろう。
ひとまず誉めておいたヴェンガルの後ろで、ミアがスミャホをいじっている。
ノブとは比べ物にならないスピードで、どんどん文字を打っていく。
「今、モウグス村にいる、Lv.82戦士ノブとかいう奴最低
ゴボウをバットみたいに振ってジャガイモ打って、
根菜野球楽しすぎぃwぜったい流行るww極めたいwwとか言って大爆笑してる
せっかく村の人が差し入れてくれたのにフザケんな 食べ物で遊ぶなよクソが
……はい、♯拡散希望、っと」
今度はノブが悲鳴をあげた。
「ギャーーーーデマ流すのやめて!!デマでも大炎上する!!!
特定厨に住所・勤務先・親の肩書きまで暴かれて晒される!!!」
理解できずとも、ノブの様子からピンチだということはヴェンガルにも察することができた。
ミアのほうを向き、まあまあと取り成す。
「よくわからねえが、許してやってくれ。
ノブはお前のことを本当の妹みたいに思ってるから、ついつい過保護になっちまうんだよ」
「う~~」
唸りながら、ヴェンガルとノブを交互に見比べ、ミアは折れた。
よく考えたらノブが特定されてしまえば、自分も無事では済まないだろうし。
「わかりました、これは載せません。消しちゃいます」
ほっとしたノブだが、続きがあった。
「かわりに私が貸してあげた『アドルフに伝言する』読んで号泣した話を載せときますね~~」
「できればそれもやめてほしい!!……泣いちゃうだろアレは!!」
顔を真っ赤にして焦っているノブを横目に、ヴェンガルの胸には懐かしい気持ちが湧き上がってきた。
「名作は時を経ても色褪せないもんだなあ」
タイトルを聞いただけで、全巻読破した少年の日の感動がよみがえる。
しかし昔のことだから記憶が曖昧で、途中から「ブラックコニャック」のエピソードとちょいちょい混ざったが、どっちの作品も不朽の名作には間違いないのでまあ良し。
しょーもないやり取りをしているうちにいつものペースが戻ってきたミアは、急にバカバカしくなって深く溜め息をついた。
「ちょっと頭が冷えました。私も二人きりで会うのは違うかなって思ってて……
この人、ゲーマーだって言うわりにはけっこう有名なタイトルのやつ未プレイだし、
ちょっとマイナーなシリーズだと知らないし、
テンポよくリプ合戦してるところに意味不明な発言ぶっ込んできて流れ止めるし、
私の手元とか私物が写り込んじゃった画像に異様に食いついてくるし……」
さっきの嬉し恥ずかしい表情はどこへやら、ゴミを見る目で画面を睨んでいるミアに、ノブは疑問を抱かずにいられない。
「明らかにヤバい奴じゃないか。どうしてそんなのと会おうと思っちゃったの」
ミアはちょっと言いづらそうだったが、もうこの際と思ったのだろう。理由を話してくれた。
※スミャートホン/ツウィッター……若者には欠かせないアイテムとツール。一文字変えてあるからセーフのはず。
※アドルフに伝言する……言わずと知れた名作漫画が元ネタだが、知らない人もいるかもしれないので補足しておくと、「伝言する」を「告ぐ」に変えて図書館で検索すれば、絶対置いてあるのでぜひ読んでみてほしい。