弟からの手紙②
「うわああ、大作RPGの3とか4で、よく見るキャラだ~~」
個人のイメージとはいえ成長した娘の可憐さと、胸熱な設定に喜びかけたテリーだが、
「いや何で俺は死んでる設定なの!!?」
すぐ我に返った。ノブはどこ吹く風で続ける。
「だって、お前が死ななきゃ彼女の物語が始まらないだろう。
『前作で死んじゃった可哀想な盗賊の娘』がこの子の基本コンセプトなんだから」
「なるほどね、新参のキャラクターに親近感を抱かせるには、先に出てるキャラの関係者って設定にするのが手っ取り早いやり方だもんな。
前作でひどい死に方した奴の子供っていうのは有効な手段だ……って納得してどうする」
なまじノブの言い分が理解できるだけに、乗っかってしまう自分が悲しいやら情けないやら。
落ち込んでしまったテリーに代わり、ヴェンガルが質問を飛ばす。
「理屈はだいたいわかったけどよ、じゃあ回避するにはどうしたらいいんだ?ノブ」
「いい手がありますよ」
ノブは自信たっぷりに笑っている。ろくなこと言わなそう、と嫌な予感がしたテリーだが、案の定だった。
「弟くんがマトモな大人になっちゃうからこのルートが出来てしまう。
別の方向へ娘さんを誘導するにはそう、弟くんも盗賊にしてしまえばいい。
それも、できるだけ凄腕の大泥棒に!!」
「ちょっと待てーーーー!!!」
シルクハットにステッキを持った気障な青年が、夜の闇をバックに不敵な笑顔を浮かべる映像を送られて、テリーは叫んだ。
ノブが弟の顔を知らないので似ても似つかないとはいえ、こんな風になってしまっては元も子もない。
「話聞いてた!?弟には盗賊になってほしくないって相談してんだけど!!」
ノブはまるで聞いていない風で、喫茶スペースに都合よく備え付けられているペンと紙を取り、弟宛ての返事を書きだす。
「拝啓。弟よ、盗賊を目指しているという旨を聞き、とても嬉しく思います。
兄は今、盗賊稼業がノリにノッており、誰ともなく呼びだした『三日月の鷹』の名前のもと、夜を駆け抜け至高のお宝を頂戴しています。
つい先日は悪の組織が主催しているオークションに仲間たちとともに乗り込み、呪われたピンクダイヤモンドを巡って悪党、警察と大立ち回りを―――」
「やめろぉ!!そういうの憧れる年頃だから信じて真に受けちゃう!!
卒業文集に『夢は世界一の大泥棒』とか書いちゃう!!」
慌てて止めようとするテリーの背に、ヴェンガルが抱きついて締め技をかける。
短い手足から想像もできないほどの強い力で身動き一つできず、テリーは虚しく叫ぶしかない。
「ノブ!!昨日のデス・ビジョンの内容からして気になってたけど、お前アレだぞ!!中2病!!」
背中に取りついているヴェンガルが、フッとニヒルに笑う気配。
「男はみんな心の中に少年がいるもんだ」
シャカシャカとペンを走らせながら、ノブも頷く。
「先輩の言う通り。その少年が持っている魔法の絵筆で、瞳に映る世界を彩色してくれるから、この世は美しく見えてるんだ。
少年を追い出してしまえば、灰色の世界に取り残された可哀想な大人がひとり増えるのさ」
「あんたらどうかしてるよ!!」
とは言い返したものの、
「……その少年、俺の心の中にもいるけどな!!」
わかってしまう自分が悲しいテリーである。
「まあ、そう熱くなるな。ここは一つ、ポジティブに考えてみろよ」
『ぼくのかんがえたさいきょうのとうぞくテリー』の設定を盛りに盛った手紙を書き終えると、ノブは顔を上げてテリーのほうを見る。
「弟くんが無事に立派な盗賊になったら、その影響は娘さんにもバッチリ出るはずだ」
「え、絶対イヤなんですけど」
「だからポジティブに考えろって。
大泥棒な叔父さまに憧れて、その背中を追い続けた娘さんは、十六歳くらいになったら大活躍するぞ……
恋と冒険に大忙し、素敵に無敵な美少女怪盗として!!」
さっきの大作RPG風と打って変わって、少女向けアニメタッチに描かれた娘の姿がテリーの脳内に送信された。
ピンク色の巻き髪に小さなシルクハットをちょこんとかぶって、女性マジシャン風の派手で露出多めだが肝心なところはちゃんと隠して下品には見えない服装。
中世のお城っぽいバルコニーで、夜空を背に元気いっぱいの笑顔でポーズを決める足元に、装飾されすぎて読みづらい文字で
『あなたのハートをスウィート・キャッチ!!小悪魔怪盗 シルキー☆リリー』とタイトルロゴが踊っている。
「ああ、こういうの、女の子は好きだよなあ。
娘はまだ教育チャンネルのアニメに夢中だけど、妹たちが小さい頃はよくこんなの、観てたっけなあ……」
懐かしい記憶が、テリーの頭の中を駈け巡る。
日曜日の朝、画面に映る少女の活躍に、瞳を輝かせながら魅入っていた妹たち。
誕生日にはそれぞれティアラやステッキの模造品を買ってもらって、喜んでいたっけ。
でも大事にしているわりに片づけないから踏んで壊してしまったことが何度もあった。
そのたびに三人がかりで報復されて満身創痍になったものだ……
あ、ろくな思い出じゃないわコレ。
「ダメダメダメ!!絶対反対!!娘には学校の先生とか、お花屋さんになってほしい!!」
親心とはいえ、それなりに気持ち悪いことを大声で主張してくるテリーに、ノブはやれやれと首を横に振る。
「子供の将来にレールを敷くなよ。小さい頃の夢くらい自由に持たせてやらないとグレるぞ」
正論だが、変に興奮してしまっているテリーにはあまり響かない。
「だって、こんな可愛い子が怪盗なんかになったら、世界中の男のハートを盗んでしまうだろ!!
お父さんは心配で夜も眠れないよ!!」
「ははは……親バカだなあ、いいことだ」
乾いた笑いを漏らしながらノブは、ササッと封筒に宛名書きして手紙を入れてしまうと、それを後ろ手に隠しつつ立ち上がってテリーに近づく。
「娘さんが無事に美少女怪盗ルートへ入れば、お前のポジションは『前作で死んでしまった父』から
『いつも世界を飛び回っているパパ』もしくは
『数年前に大きな事件に巻き込まれて行方不明になったパパ』に変わるぞ。
死亡フラグ回避成功だ!」
ノブの言う通り、美少女怪盗やってるヒロインの父親といえば理由はいろいろでも基本、不在というパターンがセオリーだ。
「……どっちみち、家族平穏に暮らせてないじゃないか」
「死ぬよりはましだろ。それに、娘さんと協力して『幻の首飾りをもとめて豪華客船のパーティーへ潜入』とか、きっと楽しいぞ~~」
ノブとのやりとりにテリーの意識が向いているうちに、そっと背中から離れたヴェンガルが、気配を殺しながらノブに近づく。
テリーからは死角になっている位置でノブの準備した手紙を受け取ると、素早く窓へ駆け寄ってよじ登り、これまた都合よく近くに居たダチョウ型獣人の郵便屋さんへ手紙を差し出した。
「おう、これ特急便で頼むぜ」
「へいっ、コアラの旦那、毎度あり!!」
ちゃきちゃきの江戸っ子口調な郵便屋さんは、手紙を受け取ると、自慢の俊足で駆け出した。
「ちょっと待ってえええええ」
絶叫したテリーが後を追うが、窓から飛び出るでもなく、ちゃんと玄関から出る辺り、真面目さと行儀の良さが窺える。
疾風のごとく駆け抜ける郵便屋さんと、必死に追いつこうとするテリーを、ノブとヴェンガルは窓辺からまったりと眺めた。