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弟からの手紙①

 ***


 魔王城まであとわずか、今日も冒険者の出入りが激しいモウグスの村の一角、宿屋の一角にある喫茶スペースで、冒険者パーティーのリーダー・ノブと頼れる老剣士ヴェンガルは、アンニュイな午後を過ごしていた。


 宿屋会議から一夜が明けたが、いまいち天気が良くない日だ。

 朝は晴れていたのに、昼に近づくにつれ雲が出てきて、今はもうすっかり太陽が隠れてしまった。

 四人がけの丸テーブルに座り、どんより曇った空を窓ガラス越しに見つめながら、ヴェンガルが口を開いた。


「で、どうだ?お前から見て、連中の様子は?」


 ボソッと呟くように問いかけられ、答えるノブの調子もそれほど良くない。


「う~~ん、そんなに変わらないですね、相談する前と」


 午前中にちょっと厄介なモンスターと戦ったことと、『以心伝心』の使いすぎで疲労しているのだ。

 特に仲間たちの態度に変化を感じられなかったのはヴェンガルも一緒で、午前中の狩りを思い出しながらウンウンと頷く。


「だよなぁ。今日なんかデケぇ猪と戦ったけど、みんないい動きしてたもんな」


 それは恐ろしい敵だった。大きな牙を持ち、巨体から想像できないスピードで襲いかかってきたものだ。

 でも今になって思い返してみれば、あれはモンスターじゃなくてただの猪だったんじゃないだろうか。


 仕留めた後、ぜんぜん経験値上がらなかったし、お世話になっているこの宿屋の厨房に持っていったら、料理長のおじさんから凄く喜ばれたし、たぶん今夜の夕食になって出てくるだろうし。


 そんな全員が気づいているであろう野暮なことは気にせず、ノブは背筋を正すと、


「もう全員がレベル80を超えてますからね。城外に出るモンスターに負けることはまず無いでしょう。

 でも!!」


 握り締めた拳でテーブルを叩いて、気合いを入れ直す。


「こういう時こそ、真剣に己の命や使命と向き合わなきゃいけない!!

 魔王を倒したいっていう気持ちだけじゃ、死亡フラグは消えてくれないんだから!!」


 やる気十分のノブにつられ、ヴェンガルも姿勢を直して向き合った。


「言ってることは正しいがな、ちょっと脅かしすぎたんじゃねえか?

 あの『以心伝心』……あれ、すごい作り込んであったからな。

 映画でも観てる気になって、かえって現実感なくなっちまったのかも」


「デス・ビジョンです!!」


 そこは強めに訂正したものの、ヴェンガルの言い分はもっともな気がする。

 根が真面目なので、気合いを入れ過ぎてそれこそ猪突猛進になってしまうのがノブの欠点だと、自分でもわかっている。


「俺、空回ってますかねえ……今日も午後は昨夜の会議の続きをしたかったんですけど、提案したら断られたし。

 何だか知らないけど同情されたっぽいし」


 その時のことを思い出すと、ちょっと腹が立ってくる。

 ノブが「死亡フラグ」と言った瞬間、急に三人の目つきが優しくなり、

 疲れているんだね?今日はもう天気も悪くなりそうだし、午後はオフにしよう!ゆっくり休んで!と口々に言われてしまったのだ。


 あれは「わしは昔、山の中で天狗に逢ったんじゃ」と急に語り出したお爺ちゃんに向けるような目だった。

 お前たちが信じていなくても、本当に天狗が居たらどうすんだチクショウ。死亡フラグだって、本当にあるんだぞコノヤロウ。


 ノブの気持ちを知ってか知らずか、ヴェンガルがフォローに回る。


「あいつらはただ、お前が疲れて見えるから心配してるだけなんだから、その気持ちは汲んでやってくれ。

 とはいえ、ちょっと先走ってるのも事実だな。もう少し肩の力抜いていったほうがいいぞ」


「そうですねえ……」


 ヴェンガルの言う通り、少し間を置いてから改めて対策を練ったほうがいいのかもしれない。

 いつも通り戦闘と装備のカスタムをしつつ、最善のタイミングを見計らって話を切り出そうと決めたその時、盗賊のテリーが二人を見つけて喫茶スペースに入ってきた。手に何か持っている。


「お、ここに居たか。ちょっといいか?」


「いいよ、どうした?」


 ノブが答えると、テリーはいそいそとノブの向かいに座り、持っていた物をテーブルに置いた。

 白い便箋びんせんだ。子供っぽい字で、びっしりと何やら書いてある。


「実は、弟から手紙が来てさ」


「弟っていうと、末っ子か?珍しいな」


「そう。よく覚えてくれてたなあ、ノブ」


 テリーの実家が五人兄弟の大家族で、長男だということは知っているが、いつも話に上がるのは三人の妹たちのことで、年の離れた弟のことはあまり聞いたことがない。


「ティムって名前だ。今年15になるんだけど、年頃のせいかな。冒険に憧れててさ。

 それでこの手紙に……俺みたいな盗賊になりたい、なんて書いてあるんだ」


 末っ子で唯一の同性だから可愛く思っているのだろう、テリーは困ったような顔をしているが、どこか嬉しそうだ。


「こんなこと言われちゃ兄貴冥利に尽きるけどよう、冒険って、楽しいことばっかりじゃなくて危険も多いだろ?

 それに、俺が言えた義理じゃないけどさ、弟には盗賊なんて不安定な職業じゃなくて、ちゃんと国家資格とか取って、きちんとした仕事に就いてほしいっていうか―――」


 テリーはそこで言葉を止めた。ノブとヴェンガルが、思いっきり眉間にシワを寄せて不愉快丸出しの表情をしているからだ。


「え?どうした?俺、なんか変なこと言ってる?」


 戸惑うテリーに、ノブは大きく溜め息をこぼして見せた。


「せっかく、君は理解していると思ったのに……残念だ、非常に残念だよ、テリー」


 なぜ頭脳派の悪役みたいになっているのか。テリーの胸中にある疑問など露知らず、ノブは続ける。


「確か、妹さんたちはもう結婚してそれぞれに家庭があるって話だったよな?

 そんでもって、お前の娘さん、リリアちゃんは五歳になったばっかり。合ってるか?」


「あ、うん。大丈夫、それで合ってる」


「するとお前が死んだ場合、まともな職に就いた弟くんは、娘さんの良き兄、そして良き父替わりになる訳だ」


 ちょっと待ていきなり殺すな、と抗議したいテリーだが、堰を切ったようにノブが話し出してしまい、叶わない。


「弟くんを筆頭に、娘さんを支える周りの大人は、若くして逝った父のようになるなと口を揃えて言うだろう。

 冒険物語や英雄譚に夢を見るな、実直に生きる真人間であれ、と。


 しかし、それを聞くたびに娘さんの心には亡き父への想いが募っていく。


 果たして父は、親戚の大人たちが言うように、家族を残して旅に出たばかりに命を失ってしまった、可哀想なホビットなのか?

 父が冒険で得たものは、不幸しかなかったのか……


 答えを求めて少女リリアは旅立つ―――かつての父と同じ、新米の盗賊として!!」


 十三歳ほどに成長した少女が、盗賊らしい地味な色合いの装束に身を包み、弓矢をたずさえた姿がテリーの頭に浮かんだ。


 幼い顔と裏腹にその目つきは厳しく空を睨み、ポニーテールに結った髪を巻き上げる向かい風がこの先の冒険の厳しさを予感させるが、背景に広がる空の青さと金色に波打つ草原が、希望を暗示している。


 きっと彼女の冒険は、素晴らしいものになるだろう。

 補足するまでもないがノブが『以心伝心』で見せているイメージ図である。


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