パターン3:村に留まってしまったモブパーティーの末路(転)
一人のものではない。男の声、女の声、老いも若きも混じって、助けを求めている。
反射的にウィルもグウェンも武器を抜いて構える。宿屋に残っていたケッジが飛び出して来た。
「何!?何がどうしたの!?」
ウィルは首を横に振り、悲鳴のするほうへ目を遣る。
「わからない、でも村の入り口のほうだな」
「ウィル……」
不安そうな声に振り返ると、セリーナとセルビーが宿屋の扉から顔を出していた。
「二人はここに残って、村の人たちを保護してくれ。必要なら防御結界を張っても構わない」
「……!!わかりました」
セリーナはキッと目つきを正し、周りに居る住人達に向かって声を張り上げる。
「戦えない人は、ここに集まって!!さあ早く!!」
年寄りや女性、子供たちがわらわらと宿屋に入っていく。
セリーナの結界と、セルビーの電磁波シールドがあればしばらくは大丈夫だろう。
ウィル、グウェン、ケッジは村の入り口へ向かって走った。
間もなく見えてきた光景は、惨憺たるものだった。
羽ばたきで小さな竜巻を起こす「旋風トンボ」、
毒性のある鱗粉を撒き散らす「青き蝶々夫人」、
切れ味のいい刀のごとき両腕で獲物を狩る「武士たるカマキリ」……
近隣の森に住む、あらゆる昆虫系のモンスターが集まっている。
不幸中の幸いといおうか、村に逗留している冒険者たちが懸命に戦っているため、村人たちは右往左往と逃げ惑うものの倒れている者はいない。
「みんな、近くの建物へ入れ!!」
叫びながらウィルも剣を抜き、手近にいたカマキリをばっさりと一刀両断する。
グウェンはトンボの羽を切り裂き、ケッジはスリングショットを蝶の頭に当てて落とす。
一匹一匹は、経験を積んだ冒険者たちの敵ではない。だが。
「くそ、数が多すぎる……っ」
次々と湧いて出る虫たちを倒しても倒しても、終わりが見えてこない。
奮戦するなか、ケッジが鋭く叫んだ。
「なにか聞こえる……蟲寄せの笛だ……あっ、アレ!!」
ケッジの示すほうを見れば、昼間ノブに絡んできた二人組が見えた。
村の入り口に建てられた看板からそれほど離れていないところで戦っているが、様子がおかしい。
二人とも、大怪我を負って血みどろ、かなり危ない状況だ。
そして顎髭男の腕にはケッジの言う通り、虫をおびき寄せる木製の笛が紐で括りつけられている。
その状態で
「うわああああ来るんじゃねえ、あっちへ行けえええ」
などと叫びながら剣を振り回しているものだから、噴き口から勢いよく空気が入り、笛が鳴ってどんどん虫が集まって来ていた。
「……あの馬鹿ども、こんな村の近くで蟲寄せしやがったのか!?」
虫たちを薙ぎ倒しながら、グウェンが怒りに震えている。ウィルにも何が起こったか把握できた。
昆虫系のモンスターは獣やドラゴンより倒しやすく、それを引き寄せる蟲寄せの笛は経験値を稼ぐにはもってこいのアイテムだ。
ただし上手く使わないと多く集まり過ぎて手に負えなくなるし、一般人を巻き込まないよう人里離れた場所で使うのが冒険者なら当たり前に守るルール。
それなのにあの二人は、村から近い場所で使ったうえ、自分たちで処理しきれない数のモンスターを呼び寄せ、笛が鳴っているのにも気づいていない。
笛を吹いていないのに虫が寄って来るせいで恐慌状態に陥っているのだろう。
もともと深く考えて行動するタイプでないのは明らかだが、ひどすぎる。
噴き上がる怒りを抑え、ウィルは声を張り上げた。
「おい、お前が腕を振り回すせいで笛が鳴ってる!!すぐに外して、遠くへ投げろ!!」
ハッとした顔をこちらに向け、髭男はようやく笛に手を掛けた。
しかし時遅く、他の虫よりひときわ大きいカマキリがのっそりと現れ、男の頭上で自前の鎌を振り上げる。
カマキリが両手を下ろすと同時に、髭男の頭部は体から離れ足元に転がった。
切断面から大量の血を噴き出しながら倒れた男の体に、地面を這っていた虫たちがわらわらと群がっていく。
それでも髭男はまだ幸運だったかもしれない。
角兜の男のほうは、何百、何千という夥しい数の小さな虫たちにたかられ、生きたまま肉を食いちぎられてもがき苦しんでいるのだから。
やがて角兜の男も動かなくなったが、余りにも惨たらしい有様に、まだ少年で心根の優しいケッジの精神が限界を迎えた。
「あ……ああ……」
ふたりの死に様から目を離せず、言葉にならない声が咽喉から漏れる。
絶望に襲われたことで出来た隙を、頭上で旋回しているトンボは見逃さない。
「ケッジ、あぶない!!」
ウィルが警告した時にはもう、トンボはケッジの頭部を狙い、急降下してきていた。
その硬い羽のはばたきをまともに食らえば、ケッジの頭は潰されていただろう。
しかし、どこかから飛んできた水甕がトンボの頭に直撃したことで、状況は一変する。
水甕は砕けたが、頭部にもろに打撃を食らったトンボはふらふらと地面に落ちてしまう。
間一髪のところで死の危機を免れたケッジは我に返り、まだ動いているトンボに慌ててダガーを使ってトドメを刺した。
水甕が飛んできた方角を振り返り、そこに居た人物を確かめて、ウィルとケッジはほとんど同時に叫んだ。
「ノブさん!!」