パターン3:村に留まってしまったモブパーティーの末路(承)
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食事を終え、全員に自由行動を言い渡した後、ウィルは早速ノブの元へ向かった。
やって来たウィルに気づくと、ノブは薪を割る手を止めた。
「やあ、さっきはどうも」
ウィルは軽く会釈して、なるべく深刻にならないよう話を切りだす。
「さっきリドに会って聞いたんですが、あなたはとっても強いって」
「そうですか。それじゃあ、俺が力不足だったせいで仲間を失ったことも聞いたのかな?」
まるで事もなげに告げるものだから、ウィルは驚いて声も出せなくなる。
ノブは表情一つ変えることもなく、割った薪を積み上げる作業に入る。
「あれはもう、三年も前になるかな。ひとつ昔話でもしようか……」
手を休めることなく、ノブは過去に起きた悲しい事件の、一部始終を語ってくれた。
三年前、この村を初めて訪れたノブは五人組のパーティーのリーダーだった。
ここに来た冒険者たちが皆そうするように、レベルを上げるための戦闘や武器防具の調達に駆け回っているうち二週間ほどが過ぎた頃、村人の一団が隣村の市場へ買い付けに行った帰り、森で魔物に襲われたという報せが入って来た。
ひどい怪我を追いながら、どうにか逃げてきた被害者の一人の話では、魔物は凍りつくような冷気を纏った、巨大な豹のように見えたという。
知識のある冒険者の見解によれば、それは魔王城の奥深くに棲むという「雪華の豹」である可能性が高いという。
魔王城の獲物に飽きて自ら狩り場を変えたのか、それとも上級魔族がたわむれに放ったのかもしれない。
いずれにしろまだ城内へ入ったことすらない冒険者たちでは、歯が立たない相手である。
襲われた村人の家族たちから助けを求められても誰もが尻込みして二の足を踏む中、ノブのパーティーだけは現場へ向かった。
ノブと同じく、誠実なメンバーが集まっていたからこその勇気ある行動だったが、代償はあまりに大きかった。
氷の息吹と絶対零度の爪を持つ魔豹との死闘の結果は、片目と二本の爪を奪い、魔王城へ追い返すことに成功した。仲間三人の命と引き換えに。
これだけの犠牲を払い、助けられた村人はたった一人、一緒にいた父親に庇われ魔豹の爪から逃れた子供だけ。それがリドだった。
ノブたちが現場に到着した時点で殆どの村人は死んでいたから無理もない。
ノブ自身も大怪我を負い、日常生活に戻るまで半年以上かかった。
体の傷が癒えても、もう剣を持つ気にはなれなかったという。
かといって仲間たちを墓に置いたまま故郷へ帰ることもできず、リドと宿屋の女将の好意に甘えて宿屋で働かせてもらいながら、気づけば月日が過ぎていた。
いきがって勝てない戦いに挑み、仲間を死なせた情けない離脱者…それが自分なのだ。
だから現役の冒険者たちから馬鹿にされ臆病者と罵られても仕方ないと、ノブはそう断言した。
「そんな……あなたは何も、間違ったことはしてないじゃないですか!」
憤慨してしまうウィルだが、ノブは眉一つ動かさない。
「俺もそう思うよ。でも、失ったものが大きすぎた……
とても、俺だって立派に戦った戦士なんだと、胸を張って言えないんだよ」
どこまでも静かな態度を崩さないノブに、ウィルはもう、かける言葉も出てこない。
「おっとスマン、つまらない話を聞かせてしまったな。でも誤解しないでくれよ?
あの時、皆を助けに行ったことを後悔したことはないんだ」
ちょうど薪を積み終わって、ノブは空を仰ぎ見る。過去を懐かしむような表情。
失った仲間たちを思い出しているのだろうか。
「仲間たちのことは今でも忘れたことはない。思い出せば辛くなるけど……
それでも、リドを助けられたから、もういいんだ。あの子は俺に残った、最後の誇りだよ」
その時初めて、ノブの瞳に希望の光を見た気がした。
もしノブと同じ状況になった時、自分はこんなこと言えるだろうかと考えたら、胸が締めつけられる。
数秒の沈黙の後、ノブはまた貼りつけたような微笑みを浮かべ、冒険者の顔から宿屋の下働きへ戻った。
「さ、明るいうちに水を汲んで来ないとな。君もそろそろ仲間の所へ戻ったほうがいい」
ウィルが何も言えないのをいいことにさっさと話を切り上げ、ノブは仕事に戻ってしまう。
仕方なしウィルも去ろうとしたが、水甕を抱えたノブに呼び止められた。
「そうだ、君たちは魔王城に行くんだろ?もし俺の仲間に会ったら、元気でやっているって伝えておいてくれ」
そういえば五人組のうち、亡くなったのは三人だと言っていた。
ノブの他にもう一人、生き残った者がいるということだ。
「その人は魔王城へ入ったんですか?」
「ああ、止めたんだけど、仲間たちの仇を取るんだっていってね。
めっぽう強い剣士だったから元気にやってると思うけど……コアラの獣人だから、すぐにわかると思うよ」
コアラが剣を振る姿をいまいち想像できないが、ノブに限ってこんな変な嘘はつくまい。
「わかりました。きっと伝えます」
ノブは礼を言う代わりに小さくお辞儀して、背を向ける。
歩き去る彼を見送っていると、背後から声が掛けられた。
「あんまり深入りしないほうがいいぞ」
振り向かなくてもわかる、グウェンだ。
ノブとウィルが話している間、ずっと死角に居て聞き耳を立てているのは気づいていたし、ノブも承知だったろう。
グウェンの言う通りだ、深く関わったところでウィルに出来ることなんてない。だけど。
「ごめん……でも放っておけなくて」
胸の裡を素直に伝えると、グウェンはやれやれと溜め息をついた。
「気持ちはわかるけどな。しかし、ああいうお人好しに見えるタイプってのは芯がしっかりしてるもんだ。嬢ちゃん見てればわかるだろ?」
確かに、セリーナとノブは性質が似ているかもしれない。
呆れてしまうほど優しく思いやり深い一方で、厳しく筋の通った面がある。
「ノブっていったか?あいつなら、必ず立ち直れる。でもその為には、時間と、大きなきっかけが必要だ。
それがいつ来るかは誰にもわからねえからなあ。今はそっとしておいてやれ」
「うん―――」
頷いたものの、なかなか煮え切らないウィルの背中を、グウェンの手がポンと叩く。
「グチャグチャ考えてても仕方ねえぞ。まあ武器屋でも冷やかしに行ってみようや。
小娘ども……じゃない、お嬢さん方も道具屋に行くって準備してたしな、狼坊やも誘ってやろうぜ」
グウェンの提案に乗り、ケッジを迎えに行こうと歩き出したその時、甲高い悲鳴が空気を裂いた。