なんか変?サイン会勇者達の正体は…①
* * *
望遠レンズの向こうに映された想像を絶する光景に、パーティー一同が言葉を失うなか、最初に口を開いたのはアキナだった。
「あれー?何か……変な感じね」
やっぱり雑誌に載ってる写真と実物は雰囲気が違うのかな~なんて呑気に考えているアキナだが、ノブのほうは違った。
アキナの一言のおかげで半ば停止していた思考が再び動き出すと、まずは青い空に向かって絶叫する。
「ぜんぜん……全っ然、ちげぇぇーーーーー!!!誰あれ!!??」
いつだって悲しくてそれでも皆が希望を忘れない、絶望的で美しいこの世界を、静かな青色のベールで包み込む空は、ひび割れたこの声を吸いこんでくれても、ささくれ立った俺の心までは浄化してくれない……
パニックになり過ぎて謎にJ-POPバラード調な詩的表現が脳内に再生されているノブを横目で見やり、アキナは小さく首を傾げた。
「誰って、勇者ウィルフリードのパーティーでしょ?」
「んな訳ぁない!!絶対ぬぁーーいい!!」
こちらも驚きと混乱で妙な発音になっているテリーが、そこそこの声量で叫んだ。焦りすぎると普段の喋り方も忘れるものなのだ。
「あれ、どう見たって別人だろ!!べつ、じん!!ノー・ウィルフリード!!」
「えー、そう?雑誌のグラビアって上手く撮ってあるからさあ、実物なんてあんなモンなんじゃない?」
「そんなハズあるか!!だとしたらもう骨格レベルで顔変わってるだろ!!ないわ!!」
「あーあー、解ったわようるさいな。そんな大声出さなくても聞こえてるって……ん?」
未だ〝主人公パーティー〟の存在については半信半疑で、特に好きとか嫌いとか思い入れも無いからガチ勢なノブにもテリーにも薄いリアクションしか取れないアキナだが、そこまで言うならばと改めて双眼鏡を覗いてみたら、気になる人物を見つけた。
「あーっ、アイツ……この前酒場で会ったファッション筋肉野郎じゃん!」
「えっ、本当か?」
アキナの言葉に驚き、ノブも急いで双眼鏡を構える。確かに彼女の指摘通り、フッサフサした茶色の髪に傭兵の装備を身に着け、グウェンに変装していると思しき男は、二年以上前…じゃなくてだいたいここ二~三カ月前くらいに遭遇したレベル不足パーティーの格闘家・ボンゴだった。
「おーっ、確かに。だいぶ服装とか変わってるけど」
「ヅラも変えたのね」
「え!?」
知ってたのか、と驚くノブだが、アキナの反応はあっけらかんとしたものだ。
「そりゃ、見れば解るでしょ。頭に合ってなくて不自然だし、色とか質感とか人工物っぽいし……そういえば、同じパーティーに居た剣士もヅラっぽかったわね」
しれっと言ってのけるアキナだが、ノブの肝は氷点下まで冷えている。やはり女の勘というやつは恐ろしい……男の悪事なんかすぐにバレる。
別に後ろめたい隠し事なんか無いけれど、何となくゾッとしていたら、背後に異様な気配を感じた。
これは、そう、怒り……いや、もっと測り知れない、負に染まった感情だ。
怖いオバケがうっじゃうじゃ出る系のホラー映画で呪いの館に迷い込み、後ろで微かな物音がした時の霊感ヒロインのように恐る恐る振り返ってみたノブの目に映ったのは、無言で双眼鏡に目を当てているミア……
違う。あれは、もはやミアではない。か弱き少女の形をした、燃え盛る憤怒と憎悪の権化とか、そういう感じのアレだ。
「ミ……ミアちゃん……」
何故に可憐でいたいけな白魔導師の様子を、惨殺された妻と子の復讐に燃える剣闘士みたいな描写せんといかんのだとセルフ突っ込みしつつ呼びかけてみると、ミアはゆっくりと双眼鏡を下ろし、おもむろに声を発した。
「なーーんスか、あの……汚水槽の中身を擬人化したみたいな奴は」
「汚水?……あっ」
ウン○か。ウ○コと遠回しに言っているのか。一応まだ自分のポジション的に直接的な下ネタを口にするのはよろしくない、という自覚はギリギリ残っているらしい。らしい、が。
「許せない……決して、許してはならない……アリンコの一員として奴の存在は認められない……認めるわけにはいかないのだ」
あー、ダメだコリャ。完全に目が据わってるし声も普段より低い。
雰囲気だけじゃなくて台詞もだんだんグラディエってきてるし、ちょっとここは放っておいたほうが
「アリンコってなに?」
おぁぁああーーー!!
アキナが余計なことを訊いたばかりに、ミアはカッと目を見開いた。こうなったオタクはもう止められんのだ。だけど別に好かれたいとも思っていないから、放っておいてくれなのだ。
「アリ様ことアリオン・イグレイシオを非公式に応援する女子(主に腐☆)の呼称です!!アリ様の冒険をぬる~~く見守り、遠くから愛でる純粋で粘着質なる者達!!!」
純粋と粘着ってイコールになるかなぁ?まあ怖いからその辺は下手に突っ込んでいかないほうが
「純粋と粘着ってイコールにはならないんじゃないの」
……だからやめろって言うのに何でそういう余計なことを……これだからオタクと非オタを会話させるのは怖いんだよ……
「解ってますよ矛盾した主張してることくらい!!公式じゃありえなくて全部妄想だってことも!!
でもこっちはリアルが充実してないにプラスして仕事だの学生生活だのでストレス溜まってんだから二次くらい好きに活動させろやぁ!!趣味まで規制されたら脳ミソ煮詰まって爆散してしまうわ!!」
案の定、地雷を踏み抜かれたミアが正論と言えなくもない持論を叫ぶが、その手の話題は嫌がる人も多いしオープンな場で発言すると炎上しやすいから出来ればやめてほしい。…ってストレートに伝えるとまた激昂しそうだし気をつけないとな……オタク同士でも方向性が違うと付き合い方すごく難しい。
でもお互いに心地のいい創作活動をしていく上で、ちょっとした気遣いは必須だから、みんなも他ジャンルで活動してる方への尊重とか受容とか、気をつけていこうな!!オタ活に限らず心は広く持てよ!
「ミアちゃんその辺で……」
なるべく穏やかに声掛けして宥めると、ミアはフーフー唸りながらも口を閉じた。ノブの制止が効いたのではなく、言いたいことを言ってまぁまぁ気は済み落ち着いた、という状態だろうが、ともかくこれで次に進める。