疑惑の中央広場サイン会②
* * *
いつも賑やかで昼も夜も人通りの絶えないメイウォーク市中央広場に、今日はまた一段と大きな人だかりが出来ている。
若者はもちろん幼い子供からその親くらいの中年男女まで、幅広い年齢層が揃った群衆のお目当ては、広場の中心に設置された折り畳み式の簡易テーブルに座り、厚い色紙に向かってペンを走らせている五人の男女であった。
「キャーーッ、ありがとうございます!」
「家宝にしますぅ」
誉れ高い勇者の名前を記した色紙を胸に抱き締め、黄色い声を上げる二人組の少女に、勇者ウィルフリードは朗らかに笑いかけた。
「こっちこそありがとう、大切にしてね。……それじゃ次の人、どうぞ」
燃えるような赤い髪‥‥というほどでもないが、赤いかと言われればまぁ赤いんじゃないの?くらいの、どっちかっていうとオレンジっぽい髪に、面長で鼻筋の通った、そこそこ男前といっていいような‥‥たぶん男性なら「75点」、女性目線なら「60点」くらいのルックスで二十代半ばほどの青年である。
高位魔族とか巨大な魔獣とか、なんか色々とすっご~い闘いを乗り越えてきたという噂で、そう言われると強い剣士に見えなくもない。
そんな微妙な点の多いリーダーの隣で、たくさんの男性ファンを列に並ばせ、機械的にサラサラとサインを書き続けているのは、白魔導士セリーナ。
年の頃は22~23歳といったところか。大胆に胸の開いた白いワンピースから白い肌とくっきりはっきりした谷間を覗かせる、セクシーな銀髪美女だ。ただし髪の生え際は少しベージュっぽい。
「はい、じゃコレねー。どうもありがと~」
ファンとはいえ太っていたり爪が汚かったり、あまり見た目に気を使っていない者が多くてウンザリしているらしく、ウィルと比べたらかなり無愛想な感じで仕事をこなしているセリーナだが、サイン色紙を受け取ったファンの一人が「あのっ」と声を掛けてきた。
「すみません、僕、セリーナさんのことほんと応援してまして……で、できれば、ああ、握手を……」
かなり勇気を振り絞っての申し出だったろうが、小太りで大量の汗を掻き、顔は吹き出物だらけで清潔感に欠けるその容貌に、セリーナは思いっきり眉を顰め、嫌悪感丸出しの表情で胸の前で両手を交差させ、大きなバッテンを作ってみせた。
「ダメダメ、ごめんなさぁい。今日はサインだけでぇ、握手はナシなのお」
「そ、そこを何とか」
「しつこいなあ、NGって言ってんじゃん!!グウェン、何とかしてっ!!」
セリーナから要請を受け、横に居るグウェンがサインの手を止めて、ずずいと身を乗り出してきた。
「おうおう、うちの白魔導士にお触りしようたぁ、いい度胸だな兄ちゃん。握手なら俺がしてやるよ。いっそ腕相撲といくか?ああ?」
モジャモジャした茶色の蓬髪に、鎧のような筋肉を身に纏う大男から腕を突き出され、セリーナファンの男性はヒイッと咽喉の奥からか細い悲鳴を上げた。
「す、すみませんでしたあ」
そそくさと小太り男性が逃げていくと、グウェンは大きく鼻孔を膨らませ、ふんっと鳴らす。
戦わずして不埒者を追い払った頼れるマッチョな仲間に、セリーナは体をくねらせて礼の言葉を口にした。
「ありがとうグウェン。助かっちゃったあ~~」
「がはは、いいってことよ。あんなモヤシ野郎、俺の敵じゃねえからよ」
やり過ぎなくらい色っぽい猫撫で声を出すセリーナに満更でもない様子のグウェンを、切れ長の細い目でじっとりと睨んでいるのは、黒魔導師のアリオンだ。
V字型の細く尖った顎に比して歯が大きすぎるのか、上唇から飛び出している黄色い出っ歯の隙間から、深い溜め息を零す。
「やれやれ、気の毒に。見た目の良くないチー牛だからって、あんな風に扱わなくてもいいのにな……そう思いませんか?ケッジ」
アリオンから問われた獣人ケッジは、彼が居るのとは逆方向へ鼻面を向ける。作り物めいた…というか明らかにドンクィ辺りで売ってそうな頭部は、狼じゃなくて明らかにシベリアンハスキーの顔だ。
「はい?誰か何か言いました?……ってか、今日暑くないスか?むしむしするわ~」
へーへーと乱れた呼吸を繰り返しながらケッジはバタバタ手を動かし、毛で覆われた頭部と、つるりとした首の繋ぎ目あたりへ風を送る。あまり意味のない動きだが、やらないよりはマシだ。
「あ~~暑い、重い……息苦しいし、最悪」
人の話などまったく聞かずぼやくケッジに、アリオンはまた一つ息を吐く。終始こんな感じのやり取りしか出来ないのならば、お世辞にも連携が取れているパーティーとはいえないだろう。
こうして多少のトラブルは有りつつも、目の前で列をなす人々のためサインを書き続ける五人を、台の端っこで見守るのは、青いブリキのクラシックカーに乗ったクマのぬいぐるみセルビー。
パーティーのマスコットである彼女は、優しい光を放つ真っ黒い硝子玉の瞳で、仲間達を見つめている……
弱き人々の暮らしを守るため、日々辛い戦いに身を置く誇り高き勇者達との触れ合いを求め、街じゅうの人々が次から次へと集まるなか、光の勇者ウィルフリードのサイン会はいっそうの盛り上がりを見せていた。