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其は微笑みの代価  作者: 千代田 定男
第二章 暗殺者
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第十二話・命の奪還(C)

 鉄ヶ山と朱塔の猛攻は、本条を本気にさせるに十分なはずだった。

 クルミの銃撃は、本条を惑わすのに一役買うはずだった。

 肉体のバルブが開放された二人のガーダーに、曲がりなりにもそれに匹敵する準キーパーが加わっている。

 なのに、なのに、本条が揺るがない。

「ねえシン、もどっておいでよ。そうだボクのチームで働くといいよ! それがいい! ボクとシンが組めば怖いものなしさ!」

 本条は、クルミの射線上に常に誰かが入るようにして援護の意味をなくし、朱塔の攻撃をおざなりに受け流しつつ、鉄ヶ山の攻撃に対してのみ向き合っていた。

 これは本来は逆でなければならない。

 危険性で言えば、まずクルミを叩き、次に朱塔を潰す。そういう確実性を持たせなければいけない状況のはずなのだ。

「遊びか……!」

 朱塔は苦し紛れにそんな言葉を吐くが、本条は取り合う気もないようだった。

「さすがだよシン」

 朱塔の跳び蹴りがはずれ、着地した朱塔の上を鉄ヶ山の跳び蹴りが過ぎる。

「でもね」

 それをいなし、自分の左に流すと、本条はそのまま鉄ヶ山の方を向く。

 横に回りこんだ朱塔はちょうど本条の後ろに位置する。動きながら抜いた刀を首めがけ横なぎに払ったが、目が後ろにもついているかのごときタイミングで本条はしゃがみこみ、かわす。

「こんなの意味ある?」

 朱塔から見て本条の向こう側に位置する鉄ヶ山は、本条がしゃがみこむ瞬間に起き上がった。

 起き上がるのと同時に、鉄ヶ山は左足を右上に蹴り上げ、大きく円を描いた。

 それに合わせて、朱塔は切り抜いた刀を逆の手に持ち替え、刃を返している。

 鉄ヶ山の足が刀の切っ先、背の部分を捉え、刃をのせた蹴りを放った。

 つまり、踵にかかる足刀部で、朱塔の刀を左斜め下の本条に向かって蹴り込んだのである。

「全部読めてるんだ」

 本条は逃げない。起き上がりながら、張った鞭で刃を滑らせ、切っ先が鞭から抜ける瞬間に鉄ヶ山の足を飛び越え、横向きに回転しながら鞭をしならせた。

 刀を振りぬいた朱塔の背中側の肩が裂けた。

「意味ないね」

 装甲の隙間を滑らせるだけの本条の鞭さばきである。本来ならば、この瞬間だけで、朱塔も鉄ヶ山ももっとボロボロになっていなければおかしい。

 曲線に対して直線は不利だ。しかし、本条は積極的に攻め込まない。

 朱塔が感じたように、これは本条にとっての遊びなのか。

「ボクとシンじゃ決着つかないよ」

 答えは違う。鉄ヶ山と本条の動きは本質が同じなのだ。

 『敢死必倒』は、相手の攻撃をギリギリまで避けない。それどころか、触れる瞬間までが攻撃と攻撃の合間、すなわちインターバルとして見ているのである。

 攻撃に対してまったくタイムラグのない受け、防御。

 意味がない、読める、という本条の言葉は嘘ではない。攻撃が攻撃として成り立った瞬間に防御するのだから、いかなる策も技も基本的に意味を成さないものなのだ。

 もちろん凌駕することは不可能ではない。そんなものを超える速度やパワーがあればいいだけのことだ。だが、問題は、それで慣れてしまっている人間の閾値は、とんでもない領域にあるということだ。

 超えればいいという単純な話だが、超えなければならない壁が単純に高すぎるのである。

 だから、決着がつかないというのも当たり前だったし、朱塔の方が鉄ヶ山より傷が深いのも当たり前だった。

 それを鉄ヶ山も気づいていた。武器を手にしていないのは、腕の柔軟性を殺すことにしかならないのを知っていたからだ。

 いや、それだけではない。それはアームランサーを使わない言い訳でしかない。

 迷いがある。

 鉄ヶ山も、本条も、迷いがあるのだ。

 だから決着がつかない。

 しかし、優劣は決まる。

 本条の蹴りで、鉄ヶ山はクルミの近くまで飛ばされていた。

 クルミの封殺、鉄ヶ山との拮抗、朱塔への攻撃。

 朱塔の一人では勝てないという予想は誤りだった。対決という形では何人いても本条に勝てはしない。もはや数の問題ではないのだ。

 圧倒的な強さ。それが本条のすべてである。

「フォール、次はどうする?」

 クルミは鉄ヶ山を気にかけながら、なんとか隙を見つけて銃を放つが、やはり無意味だ。

「澤本クルミ……逃げろ……」

 鉄ヶ山はなんとか声を搾り出す。どうしようもないほどに焦燥している声だった。

「なに考えてるか知らないけど、あたいは逃げないよ。あいつが戦ってるんだから」

「だから、朱塔を連れて逃げるんだ……!」

 クルミは驚愕した。鉄ヶ山の声には決意がこもっていたからだ。

 三人で勝てないものに一人で挑もうとしている。

 クルミにしてみれば、『フォール』の行動として不思議はない。しかし、『百戦鬼』がそんな真似をするだろうか。

 朱塔ならありえないと言うだろう。ありえるとしたら、裏があるはずと言うだろう。

「後のことは心配しないで。全部こいつが仕組んだんだ、()()()()がね……大丈夫、今すぐこいつの首をはねてやるから!」

 逃げる朱塔から離れず、間合いを維持したまま本条が叫ぶ。

同次郎(あんた)!」

 クルミが思わず走り出した。

「百戦鬼! あなたはこんなところで終わるために生きてきたのですか!」

 鉄ヶ山の迷いを本条も気づいていた。

「朱塔……」

 気づかないわけがない。朱塔の知るかぎり、鉄ヶ山が敵を前にこれほど心を乱したことなどないからだ。

 鉄ヶ山は、ここまできてもなお、本条を敵として見れていない。

「こんなことを許すのですか! 私のことを許せないと言った言葉は嘘ですか! この所業、私の思想と比してもなお下劣とは思わないのですか!」

「オレは……」

「あなたは私人も公人もとうに捨てた! ならば、知に働かず、情に棹さず、意地だけを通す、公平無私で不撓不屈のマシンになりなさい!」

「もちろん――」

 朱塔に本条の鞭が伸びる。急激に制動をかけた反動が乗った鞭だ。アームランサーと同じ指向性を持った絶対の武器が、極限のしなりを蓄えて、放たれようとしている。

「シッ!」

 朱塔を庇うようにクルミが飛び込む。本条は思わず顔をしかめた。先を予想したからだ。

「フォール! 後をまかせたよ!」

 朱塔とクルミが窓に飛び込む。外に出れば、少し落下はするが、隣の棟の屋上に下りれるはずだ。

「――戦うさ!」

 鉄ヶ山は腰に手をあてると、ブースターの摘みを外に引っぱった。

 カチンと音をさせ、一つ外に出た摘みをさらに回転させる。

 朱塔達が飛び出た窓を目で追いかけていた本条は、振り返り、鉄ヶ山の行動を見て声をあげた。

「ブーストレベル、3!?」

 本条の言葉に応えるように、鉄ヶ山はバチンと摘みを叩いた。


――ひどい戦いだな、泥仕合じゃないか。これがガーダーの仕事かね? オレ達はまだいいが、先輩達はいったい何人生き残れるか――

――怖いの? シン――

――まさか! と言いたいけど、やっぱり怖いものは怖いな――

――最初からわかってたことでしょ? ガーダーはいつ死ぬかわからないって――

――覚悟はしてるつもりだ。それに、次はオレ達があそこに立つんだからな。まあ、せめて悔いのない死に方をしたいね――

――そうだね――

――ムツ、おまえはどんな死に方がいい? オレは苦しまないのがいいな。死体は汚くてもいいから、楽なのがいい。あー、いっそ景気よく木端微塵になるぐらいがいいな――

――えー、それは嫌だなぁ――

――じゃあ、どんなのがいい?――

――うーん、そうだな……真面目に聞いてくれる?――

――いいから言えよ。笑ったりしないって――

――ボクは、どうせ死ぬなら……――


 これから予感される死闘の果てに、食い違う歯車の数はいくつか。

 この場にある四つだけか。

 それだけですむはずはない。六つも七つも、九つだってありえる。

 数えてみれば、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここの、たり。これらすべてもやはり鬼。

 大君の国、これほどに鬼が住まうは、いかに。

 だが、それら、もも、ち、よろづの鬼どもを、ただ悪鬼と吐き捨てることなど、誰にもできない。

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