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其は微笑みの代価  作者: 千代田 定男
第二章 暗殺者
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第九話・臨界点(A)

 天野へ送られる視線の持ち主一人一人が行動を起こす。

 銃口を上へ向ける者。声をあげようとする者。伏せようとする者。

 ハンスの行動は一風変わっていた。サングラスをかけたのである。

 ヨモギは朱塔を睨みつけたが、振り返った先に朱塔はいなかった。

 場にいる者が一様に行動をはじめるかと思われたが、実際に動けたのはハンスだけだった。

 銃撃は起きたが、それは残党に向かって行われたものだった。朱塔が銃を奪い、残党に向けて放ったのである。

 弾は誰にも当たらなかった、が、天野に向かうものはあった。

 ハンスが飛んだ。

 いつの間にか、ハンスの背中には大きな装置が取り付けられていた。

 数瞬で起きる出来事が網目のように交差して、駆け巡る事態を曇らせる。

 だがヨモギは見抜いた。起こりうるすべてがわかった。チホを夢に見たときのように、思いと出来事が頭の中に浸透したのだ。

 天野の恐怖。ハンスの怒り。朱塔の焦り。生徒の困惑。四柳の覚悟。シズの期待。菊池の侮蔑(ぶべつ)。外から向かってくる者。

 膨大な情報が神経に痛みを起こしてヨモギは目を(つぶ)った。すると一つの違和感を捕えた。

 違和感はとても静かで、何もない心だった。虚無だ。心だが、人の心とはとても思えない。

 ペシミズム。そんな言葉がヨモギに浮かんだが、それだけで済まされるものではない。


 誰だ。誰もが命を危険に(さら)されている中、何も感じなていないこの者は。

 誰だ。幽鬼のごとき(うつ)ろな心のまま、もっとも激しく戦おうとするこの者は。


 ヨモギはその者を知っている。

 ヨモギの知るその者は、誰よりも強く己の意思を振るっているはずだった。

 何も語らず、しかし、熱い砂煙のごとく吹きすさんで悲劇を一掃する。たとえ正義ではなくとも。

 そのはずだった。少なくともヨモギはそう思っていた。それでいいと思っていた。だが、これはなんだ。これが彼の正体なのか。何を求めればこうなるというのか。

「おまえがフォールか!」

 勘違いしたハンスが天野に叫ぶ声の向こうに、ヨモギは疑問を投げかける。

(鉄ヶ山さん、あなたはいったい……)

 ハンスの横から飛び掛る影。宙でハンスに蹴りを叩き込む仮面の男を見て、ヨモギは愕然(がくぜん)としていた。

 鉄ヶ山の中には、暖かい心など欠片もない。


***


 学校の周囲に潜むように動く集団がいた。

(見事なものね)

 ユリアは自警団のメンバーと合流していた。

 ハンスの声明文を受けた自警団は、鉄ヶ山にすべての仕事を持っていかれたものの、なんとかしなければならないという使命感からこのように隙を(うかが)っていた。

 だが、相手は力量を上回る武装を持つ残党である。できることなど少ない。ハイテクで実力を埋めようとするのは人間の心理だ。

 だが、それは本物相手ではうまくいくものではない。たとえば、いまここにいる朱塔の部下のような存在相手には、だ。

 朱塔の部下が来たことで、ユリア達の仕事はここでもなくなってしまった。

 容赦なく銃器を構える彼らは、鉄ヶ山や朱塔に見られるような『古きよき時代のガーダー』ではない。ほぼ兵士と化した近代のガーダーなのだ。

 それもかなりの錬度である。射撃における基本にして最も重要なことは、焦らずにスマートに撃つことであるが、ここにいる誰もがそれをできただろう。

 フヂナが朱塔の部下に中の情報を伝える。

 フヂナは学校から抜け出していた。朱塔の指示を伝えるためである。

 その指示とは、突入と制圧。

「総員、ゲージアップ」

 朱塔の部下は数名。全員が腕についた装置を操作すると、全身から小さな駆動音が聞こえてきた。

 ディサイドアーマー。朱塔が使用しているものと基本的には同じ、パワーアシストつきの鎧である。バトルジャケットの代わりに現行のガーディアンで使用されている武装であり、彼らのものはその簡易版である。

 朱塔の部下であるテクノクラスガーダー達は、滑り込むような速度で校内に入り込むと、とんでもない跳躍で会館へと迫った。

「朱塔君、あなたは……」


***


「逃げたんだよ!」

 会館の中には鉄ヶ山もハンスもいなかった。会館の外で戦っているのである。

 周囲にいた残党は、ガーダーが迫ってくることを察知すると、少しずつ散り散りになってしまっていた。

 朱塔は賭けに出た。自分の側の人員を使ったのである。被害を最小限に抑えるためにはプレッシャーをかける必要があり、それには自警団では不足だった。

「フォールが?」

「あいつは、臆病者なんだ!」

 なんとか助けられた天野だったが、様子がおかしかった。

「落ち着け、泰司。なにがあったんだよ」

「なにもあってたまるか!」

「泰司、来てくれるって信じてたよ」

「そうだよ! 俺は……おまえらのために来たんだ! それであんな目にあったんだ!」

「泰、司……?」

「ふざけやがって! なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだよ! 俺はフォールじゃねえってのに、なんで狙われる!」

 天野は恐怖から混乱していた。

「シズ、少しそっとしておいた方がいい」

「泰司は泰司だよ! 私は信じてた! だからそんなこと言わないで!」

「どいつもこいつも口ばっかりでよ! くっだらねえんだよ! なんでこんなヤツらのために俺がこんな目に合わなけりゃならないんだ!」

「泰司、やめてよ……」

「シズ」

「触らないで!」

 ヨモギは天野達に自分を重ねた。

 どうにもならない理不尽な期待と現実。かける言葉は見つからなかった。

 ヨモギは朱塔も探すが会館の中にはいない。鉄ヶ山と同じく姿を消してしまっていた。

 外で音が聞こえる。どこかで聞いたような音。ゼロサイクルの音である。

(あの乗り物だ)

 音が遠くなる。

 ヨモギは無事を祈ろうとしたが、それが正しいこととは思えなくて、ただ、嵐が過ぎ去るのを待つことにした。

 捕えられる残党や、ガーダーに向かう残党。逃げる生徒、声を荒げる教師。怯える教師と、励ます生徒。

 ここでは誰もが孤独だ。戦場は誰をも孤独にする。祈りの声はかき消される。

 だから、祈らない。

 ヨモギは、祈らない。

 それでも、思いを止めることはできず、意識は、鉄ヶ山に向かって網目を超えて向かっていくのだった。

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