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其は微笑みの代価  作者: 千代田 定男
第一章 逃亡者
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第五話・スペシャリスト(B)

「あ、の……」

 ヨモギがフォールに声をかける。

 フォールは奪い取った盾を自分に着けていた。装備の配置も変えているようだ。

「もうすぐ助けが来るはずだ。保護してもらえ」

 返ってきた声は加工が強く、やはり感情は読み取れない。

「あなたは、誰なんですか?」

 率直な質問だった。しかし、当然の質問だ。フォールの正体をめぐって起こったことでもある。

「誰でもない」

 突き放し、決して近づけさせない。

 フォールが、つけた仮面と同じように人との間に壁をつくっているのは、なにかしら理由があるのだろう。しかし、ただそれだけとも思えない。

 もしかしたら、フォールの目的は、実際にフォールが誰であるかに関係しないのかもしれない。

「あの! チホを!」

「うん」

 フォールは頷く。

「それに、黒い仮面のは……!」

「それも」

 手で(さえぎ)り、フォールは奥へと向かった。

 同時といってもいいタイミングで、階段を下りる音が聞こえた。

 振り向くと、ユリアが扉から入ってきた。

「先生と……先生!」

 ヨモギが二人の先生を呼ぶ。ユリアの後ろから、さらに四柳が入ってきたからだ。

「志乃原ー! 無事かー!」

 やたらに大きな声で四柳が叫ぶ。

「はは……大丈夫ですよ」

「慎之介から頼まれたの。自分は動けないから、助けてやってくれって。だからワタシ達は、自警団としてではなく個人としてここに来たわ」

 ヨモギは嬉しくなった。

 誰かが来てくれる。誰かがいてくれる。それがこんなにも頼もしいことだとは。

 ヨモギも、チホも、それを忘れてしまっていた。いてくれるだけでいい。ただ、それで足るには、彼女らは多くのものを奪われすぎていたのだ。

 ヨモギもまた、両親を失っていた。動禅台事件の日、目の前で、両親を殺されたのだ。

 その日、暁町でなにが起こったのかを知る者は少ない。幼いヨモギ自身ですら、それがなぜだったのかはよくわかっていないぐらいなのだ。

「鉄ヶ山さんが言ってくれたんですか?」

「ああ! あいつは大した奴だ!」

 四柳が手放しで誉める。そして、周囲を警戒しながら、出口への道へと向かった。

「ねえ、どうして慎之介に頼んだの?」

 ユリアもヨモギを起こし、出口へと向かう。

「え……?」

「慎之介が事情を知っていそうだから? それとも、自警団じゃないから?」

「え……と……」

「それに、ほかの同級生とも少し違っているから?」

 ユリアの指摘は合っている。だが、どうにも責められているようで、ヨモギは答えられなかった。

「それ、とても残酷な意味もはらんでいるって、わかっているかしら?」

 ユリアは怒っている。それは、ヨモギの自分勝手な行動にではなく、鉄ヶ山を巻き込んだことに対してのようだ。

「ほかの人は巻き込みたくない。でも、慎之介ならいいって、そういう意味が感じられるのよ……たとえあなたにその権利があったとしても、そうすべきじゃないと思うわ」

 ユリアの言葉に、ヨモギは声を詰まらせる。

 たしかにその通りであるのだ。

 言葉を詰まらせたまま、なにかもどかしい気持ちで出口へと向かう。


 外へ出て、区長の『城』を見に行こうとして、ヨモギは腕を引っぱられた、

「駄目だ、志乃原」

 四柳だった。

 ユリアと四柳はヨモギを助けに来た。だが、しかし、助ける対象はヨモギだけだった。

「チホは……?」

 ユリアは首をふる。

「無理なのよ」

 ヨモギは知らなかった。覚悟や思い切りだけで『城』は崩せない。

 城の中には、傭兵と呼んで差し支えない武装の者達が守っているのだ。正面から向かっても、裏から回り込んでも蜂の巣になるだけである。

 影の七星はピンからキリまでの悪徳の集合体であるが、ここで待つのはその最たるもの。きりのない悪意なのである。

「それに、助けならもう行ってる」

 ユリアの言葉に四柳も頷く。二人もフォールが来ているのを知っているらしかった。

 四柳の車に乗り込み、その場を後にする。

 しばらく走って、後ろを気にするヨモギにユリアが声をかけた。

「ごめんなさいね。さっきあなたに言ったこと、ワタシ達にも言えることだわ」


***


「……来ないぞ」

 銃声は先程から途絶えたままだ。

 二人の男が声を殺し、息を殺して潜んでいた。既に何人かの仲間が一人に倒されている。腰に下げた拳銃がありながら、それさえ使っていない一人を相手に、だ。

「う……」

 あまりに突然にそれは現れた。男の一人が照準をあわせる。訓練を積んだ彼らにとっては必殺の距離である。

「本気か?」

 それが周囲に聞こえるように言い放つ。

「鍛え、経験を積み、武器を帯びた。その結果がこれか? そんなことで、誰かを踏みにじっていいと、本気で思っているのか?」

 それは壁を跳ねた。人間の挙動とは言いがたい。しかし、それは紛れもなく人間だった。

「思い上がりも甚だしい」

 それが目の前に立つ。男の一人がそれに追いつき、ライフルの銃口をそちらに向けた瞬間に、口の中に熱い鉄がねじ込まれた。銃口を口に入れられたのだ。

 あろうことか、もう一人の男がそれにライフルを奪われたのである。

「そんなだから、自分たちが捨て駒だということにも気づけない」

 それが冷徹に言い放ち、引き金を引いた。口の中で動いた銃の感触に反応して、男の全身の力が抜ける。しかし、弾丸は発射されなかった。

「せめて残弾ぐらいは把握しておくんだな」

 ライフルの肩当が欠けるほどの力で頭を殴り飛ばされ、二人の男は目を開けたまま眠りについた。

 フォールは城を進む。何人も倒す。どこか充てつけのようでもあった。

 疲労はあるらしく、体はそうした反応を時折見せているのに、態度に方はまるっきりケロリとしていた。


―――


「あれはバイオブースターの効果なんですか? アーマーではなく? 腰のやつですよね?」

「うん。だけど、それだけじゃないよ。あのマスクもだ。CPCマスクというんだけど、あれに補助機能があってね、薬剤の吸入と自己催眠によって、強烈な補正をかけるんだ。あれがないとね、苦しいんだよ?」

「今のとだいぶ違うんですね」

 監視カメラを通して仮面の者がフォールを見ていた。もう一人、スーツ姿の女もいる。

 城は何者かに監視されていた。監視者達の正体は、フォールにとって味方とは言いがたい者達であった。

「それよりさ、外の様子はどう? サンプルはどうしてる?」

「離れたっきり戻ってこないようですね」

「うーん。まあ、後で狩ればいいか。どうせ『蛹』(クリサリス)の方の世話もしないとならないし、時間いるでしょ」

 隊長と呼ばれた者は実に注意深く映像を見ていた。一つも見落としがないように、というような気負った様子ではない。とにかく興味があるようだ。

 フォールが走り、画面を抜け、別のモニターに映る。

 レンズを通したフォールはどこか優雅に見えたが、いくつもの画面を移り渡る根無し草のようでもある。

 フォールの戦いはやはり常軌を逸している。何人もの武装した者を、かたっぱしから叩いて砕いていた。

「隊長さん、アレ、こいつなんですかね?」

「車庄吉を抱き込んだ輩かい? 違うだろうねー。彼にはそんな器用な真似はできないよ。ま、心配しなくても、ここいらに現れるさ、そいつらも」

「このフォール、どうします? 任務外ですよね」

「『フォール』ね……その呼び方、気に入らないよ」

 怒気をはらんだような声だった。その声にスーツの女が少したじろぐ。

「う、ん、失礼しました。ええと、対象、どうされますか?」

「報告は後だね。どうせ動くから、彼」

「このままだと鷲どもとかちあいますが、生き延びますか」

「当然でしょ」

「あの、もしやご存知なのですか? この者の正体」

「あー、言っても知らないだろうしねぇ……ああ、でも、『百戦鬼(ひやくせんき)』って言えばわかるかな?」

「え! 聞かされたことがあります! ゼ号の英雄ってやつじゃないですか!」

「やっぱり『百戦鬼』自体のエピソードは知らないか。そこにも意味があってね、彼、二重の英雄なんだよ」

「そんな方がなぜ? いや、たしか百戦鬼はそのゼ号で死んだと……偽者?」

「いいや、本物だね。裏があるわけでもなく単純に死んでなかったんだろう。ちょうどいいから見ているといいよ、ここも生き残るから」

 隊長とされる者はずいぶんとフォールを買っているらしかった。

 画面では、フォールが一番奥の扉の中に入っていくところだった。

「さあ、どうする? どう思う? 百戦鬼」

 隊長とされる者はモニターの中のフォールに話しかける。

 どうにもその声は挑戦的で、じゃれつくように不敵なものであったが、その裏には、陶酔しているかのような、うっとりとしたものがあった。

 スーツの女はその様子をいぶかしんだものの、フォールとなにかあるのだろうと思って、それ以上踏み込むことはなかった。

フォールを見守るその男が異様だったからだ。怜悧なのはわかる。しかし、どこかから憤怒を感じるのだ。

 もっとも、そんなことよりも、フォールが生き残れるわけはないというのが一番の理由だった。

 ここにいるのは鷲だけではない。もっとおぞましいモノがいる。

「では、これで、隊長さん」

「ああ、ハンス」

 これから先のこともある。中折れ帽を深く被りなおし、女は黒一色の体を、夜の闇へと溶け込ませていった。

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