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其は微笑みの代価  作者: 千代田 定男
第一章 逃亡者
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第五話・スペシャリスト(A)

「チホは無事なの?」

「開口一番それってマジかよ。なかなかキモ座ってるなぁ」

 澤本の声にヨモギは嫌悪した。

「頭もいい。どこかで俺のこと疑ってやがったな。てめえで思い込ませるしか方法がなかったぜ。いるんだな、なにやってもメッキを剥がしてくるヤローってのは」

 ヨモギは女なので野郎ではないのだが、そういう意味で使ったのではないだろう。とにかく、澤本は上機嫌なのである。

「だが、まだガキでよかったぜぇ。自分の見たい現実を好んでチョイスしてくれるからな。経緯はどうあれ結果は予想できる。ちょっと餌ばらまくだけでコレよ。いいか? おつむってのはこうやって使うんだ。自分のだけじゃねえ、相手のも使う。わかったか? おまえら」

 見せびらかすように小脇に抱えた仮面を上下させると、澤本は腕に巻いていたなんでもない包帯を放り投げた。

 周囲からわざとらしい感嘆の声があがる。

「騙したの! ひどい……! ひどい!」

「なあ、俺のどこががフォールだって? バカ女が、信じやがってよ!」

 ひとしきり笑うと、澤本はそのままさらに奥へ進む。地下へと降りる階段があるのだ。

「満足したら連れて来い。殺すなよ。そっちは接待用の玩具じゃなくて、商品なんだからな。終わったら『ハンス』と合流しておけ」

 消える前の、澤本のその一言がすべてを語っているような気がして、ヨモギは抵抗する気にもなれなかった。

「チホは……ガーダーだって、信じて……」

 ヨモギは力なく呟く。それを聞いた周囲では含み笑いが起こった。

「おいおい。ここは隔離地域なんだぜ? わかってるか? 王都の誰がそんなとこに助けをよこすってんだよ。あいつら細歩なんてダニの巣ぐらいにしか思ってねえんだぜ? いつまでも夢見てんじゃねえよ」

「ほら、そう気を落とすなよ。鷲が言ってただろ? おまえは商品なんだからまだマシさ。だからさ、俺達と楽しくやろうぜ? 具合が良けりゃ、うまく売り込んでやるよ」

「おいおい、そういう商品じゃねえって。サンプルなんだとよ」

「そうだっけ? でもよ、数値がいいって、俺なんの数値か知らねえんだよ」

 ヨモギに覆いかぶさりながら男がぼやく。そして、男は下卑た興奮の中、何か不思議な音を聞いた気がした。

 自分のぼやく声に紛れて、たしかに何かが折れる音がしたのだ。

 周囲には一瞬の沈黙。

 同時に、おぼろげだったヨモギの瞳が何かを捉え、唇が何かを語った。

 お、お、う? 違う。舌が動いていた。

 お、お、る? 違う。唇が狭まっていた。

 も、お、る? これも違う。

 違う。違う。そんなはずがない。そんなわけがあるはずがない。

 現実感の喪失をもって、男の意識が空白になった。

「ああ、その数値はな、マインド能力の高さを表しているんだよ」

 機械で加工された声がして、男の足元にひしゃげて壊れた機械が転がってきた。

 『数値』を測るときに使う機械だ。全滅させられたグループが持っていたものだ。

 危機感が濁流にように流れ込んで、空白の意識を真っ赤に染め上げる。

「ふぉ、お、る……」

 ぎこちなく振り返った男は、首と舌とを地に向かって垂れ下げ、グッタリとした仲間の姿を見た。

「おまえ達の番だ」

 ぞんざいに仲間の体を投げ捨てるフォールの姿は、男には、どこか無機質なロボットのように見えた。

「どこから、入って……!」

 一人が言葉を振り絞る。

 フォールは答えるように、黙ったまま天井を指差した。天井には、壊れた通気口が真っ暗な口をあけている。

 馬鹿な。なんの物音もなくあの中を這いずり、しかも音もなく降りて、一人仕留めたというのか。そういう疑問が駆け巡る。

 一人はそれで終わりだった。余計なことを聞いて、どうでもいい答えに惑わされた。

 壁と拳に頭を挟み潰されて、顔がアルミ缶のように変形して、地に向かって崩れたところを膝で撃たれ、空中をしゃちほこばって飛び、壁に首を折り畳まれ、そのまま壁を伝い、ようやく地面に寝た。

「おお……おおおお!」

 それを見て、一人が叫び声をあげた。

 叫び声の主が手にした銃を構えた瞬間、視界の左下にはフォールが、視界の右上には自分の両手首があった。

 あの奇妙な形の大きなナイフは、目を超えそうな速さのおかげもあって、人体を容易(たやす)く切断できる代物だった。

 それだけでは済まない。

 フォールは返した刃で腹部を深く抉って、背中に回り込み、残った回転で後頭部を蹴り飛ばす。

 叫び声は悲鳴にかわり、くぐもった声で終わった。一息で一人。

 次の息で蹴った足を地に着けたフォールは、体をフェンシングのように伸ばし、ナイフを突き出す。

 そこでようやくフォールの動きが止まった。

 盾だ。盾がナイフを止めていた。

 盾を持った男も驚いていた。

 受け止めることができたのは偶然なのかもしれないが、言い切ることもまたできない。

 フォールが急所を的確に捉えすぎたせいなのだ。つまり、本能的に(かば)った急所にナイフが吸い込まれていったのである。

 フォールはナイフを持つ手を変え、突きを斬撃に切り替え、飛び掛かる。

 上からの攻撃に、男はまた思わず頭を(かば)い、ナイフが盾を撫でた。

「こ、これなら防げる!」

 盾に厚みはあまりない。むしろ薄い方だろう。特殊な材質なのだ。

「いいぞ!」

「おい! これなら!」

 連携をとろうとした声が飛び交った瞬間、ナイフが盾を持つ男の反対に飛び、連携を呼びかけようとした男の鳩尾(みぞおち)に入り込んでいた。

「うっ……!」

 頑強な盾は、まるで安心をもたらしてはくれなかった。

 フォールと再び向き合って、盾を持つ男は恐怖する。

 フォールが構えている。緩く、握るか握らないかの手をし、軽く前のめりになった姿勢。

 つまり、その姿が、対抗策があることを思わせたのだ。

 男は奮起し、前に駆けた。それしかなかった。盾を構えたまま、押し潰そうと考えた。

「盾はただの遮蔽物(しやへいぶつ)じゃない」

 ただ闇雲に走るだけの男に対し、フォールが呟く。

 跳び、迫る盾の下を蹴り込む。

 男が走る速さと、フォールの軽い蹴りによって、盾が、男の腹に向かって傾いた。

「あ」

 男から言葉が漏れた。盾の上に手が掛けられているのがわかったからだ。

 盾の上部にはフォールの手が掛かっており、下の方は自分の腹の方に向いている。そして、フォールは軽く跳んでおり、自分は走っている。

 次に起こることを予想するだけで、その痛みを予感するだけで、男はもう降参しているも同然だった。

「盾はこう使うんだ」

 だが、フォールは、降参する暇すら与えてはくれない。

 勢いよく振り落とされた盾の縁は、盾を持つ男の左腰の辺りに打ち落とされ、その進行方向にあるものを、砕いて、削いだ。

 男は倒れる前にもう白目をむいていたが、やはりそれでは終わらず、地面に落ちる前に後頭部をフォールに踏まれ、加速され、そのままの威力を、そのまま地面に伝えさせられていた。

「鷲は恐ろしい奴だな」

 フォールが、最後に残った、ヨモギを襲おうとしていた男に歩み寄る。

「この広さに対して、的確な人数と装備を配置している」

 淡々と解説しながら、フォールの手が男の首に伸びる。手には血の滴るナイフ。

「そして、重要でない場所には、容赦なく捨て駒を撒いていく」

「たす、け……」

「もう迎撃準備は完了しているはずだ。時間を稼ぐ理由はなんだ?」

 自問自答しながら、フォールはナイフを男の延髄に突きたてた。

 ぬるりとした様子でナイフが抜かれ、周囲から音が消え去った。

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