〈20〉あの子たちは天才なのよ
「おー、ちょっと僕ちゃんたち、面かせや」
「お前ら小学生だよな?」
「えっ?」
二人の小学生は中学生らしき三人組に取り囲まれた。
「え? ちょっと、なんですか?」
抵抗する雅也の声が聞こえる。
「君たちにお願いがあってね」
言葉の意味とは裏腹な高圧的な語気が脅しをあらわしていた。
あわてて飛び出そうとした良助の袖を、霞が掴んで留め、小声で言った。
「ちょっと待って」
「ほっとくのか?」
「様子を見ましょう。あの子たちは天才なのよ」
玲と雅也はそのまま三人の男たちに構内の隅に連れていかれる。曲がり角からのぞくと、中の一人がポケットから小型投影機を取り出し、外から見えないよう壁のホログラムを張っていた。二人は完全に袋小路に追い詰められたようだ。
「なんかあいつら、どこかで見たことがあるような気がするな」
「わたしも」
そう言って霞が振り向くと、後ろから女の子がきょろきょろしながら歩いてくる。試験前に玲たちと一緒にいた子だ。どうやら二人を探しているようだ。
「こんにちは」
霞が歩み寄り、声をかけた。
「え? あ、はい、こんにちは」
「お連れさんたち、そこを右に曲がったところの壁の中にいるわよ」
霞はにこにこしながら二人が連れて行かれた先を彼女に指し示す。
「壁の中、ですか?」
「うん。つきあたりの壁、触ってみて」
「は、はい」
女の子は一瞬、けげんそうな表情を浮かべたが、霞に言われた方に歩いて行った。
「さて、どうなるかしら(あの子も受験生、よね?)」
霞がそう思ったそのとき、先程の不良っぽい男が吹っ飛んできて目の前の通路に転がった。
「うわあっ‼」
三人の中学生たちが声を上げ、自分たちに向かって走ってくる。
「おいおい、何が起きたんだ?」
「さあ(わたしが知りたいわよ!)」
思わぬ展開に顔を見合わせる良助と霞。その前まで来た中学生が、二人に気づき、顔色を変えた。
「ひっ!」
「お前は!」
「高橋霞!」
(えっ? わたし?)
「おっ、こいつら道場の……」
彼らは昔、霞と良助が通っていた空手の道場で当時の良助をいじめ、霞にやりかえされていた子供たちだった。あわてて立ち止まろうとしたが、三人ともその場で足がもつれて転倒した。良助がその中の一人に近づき、持っていた投影機を取り上げる。
そこに血相を変えた雅也が走ってきた。
「あ、あれ?」
角を曲がったところで中学生たちが見えたようだ。
「ちょ、ちょっと、勘弁してくれ!」
鼻血を垂れ流した不良っぽい男が言う。受験生らしい二人は廊下にへたり込んでいた。
「こいつらどーするよ? そこのにいちゃん」
良助は左手をズボンのポケットに突っ込んだまま、右手で取り上げた投影機にスイッチを入れ、そばにホログラムの壁を作りながら雅也に聞いた。
「ごめんなさい! さっきは悪かったです!」
「冗談だったんだ! だから許して!」
言われた雅也が拍子抜けしたように手を振ると、三人の男たちはあわてて逃げていった。
(なんだったんだ? あいつら?)
彼らを見ながら良助がそう思ったとき、頭をさげて雅也が言った。
「あ、あの……ありがとうございます」
「お前ら、すげーな! どうやったんだ?」
「えっ?」
良助の言葉にぽかんとする雅也。意味がわかっていないようだ。
「あなたたちね、今年のエリート小学生って」
霞がにこっと笑いかけ、ささやくような声で言った。
「僕らのこと、知ってるんですか?」
「噂になっているわ。頭脳明晰な子供たちがいるって」
霞が言ったそのとき、雅也の後ろから玲と先ほどの女の子がやってきた。
「あ」
女の子が霞に気づく。
「さっきはどうも。一緒に学食行きましょうか」
「は、はい」
霞と良助は、雅也たち三人を連れて学生食堂に向かった。
◆◇◆
テーブル席に向かい合って座り、食事を注文し終わると、霞は目の前の三人の様子を見ながら口を開いた。
「初めまして、高橋霞といいます。こっちは篠原良助」
「よろしくな! デックって呼んでくれ」
「「「デック?」」」
三人が声を合わせて聞き返した。
「(なぜにデック?)わたしはかすみんでいいわ」
「「「か、かすみん?」」」
さっきと同様、三人が声を合わせて聞き返す。
「で、あなたたちは?」
「僕は田中雅也。こっちは同じクラスの大杉玲。この子は――」
「木村真奈美です。まなみんって呼んでください」
「あらあら、わたしたち、似ているわね」
そう言って霞は真奈美に微笑んだ。ところが真奈美はにらみつけるようにこちらを見ている。
(この子、なんなのかしら?)
「あ、あの、さっきはありがとうございました」
雅也がもう一度頭を下げた。
「えっ? オレは何もしてないぞ? あいつらが勝手にビビってただけで――」
「あら、あなたたちの学区では知られてないのね。この子、地元では有名なのよ」
良助の後、すかさずフォローを入れる霞。
「そうなんですか?」
「うん。いろいろあってね」
「おいおい、そんな話はいいだろ!」
あわてる良助にかまわず、霞はにこにこして続けた。
「さっきあなたたちが絡まれていた時に、助けようかと思ったのよ。そうしたら、ほら、真奈美ちゃんがあなたたちを探しているみたいだったから、教えてあげたの。そこの壁の中にいるわよって。それだけ」
「知ってるんだったら助けてあげればよかったのに!」
真奈美が不服そうな目を向ける。
「だってあなたたち、エリートなんでしょ? 興味があったの。どうするのかなー、と思って」
霞は悪びれずに答えた。
「実際、オレらが何もしなくてもあいつらの方が逃げ出してきたしな。で、どうやったんだ?」
「いや、それは……その……」
「まなみんがあいつらの――」
(えっ? この女の子の仕業だったの?)
「ちょ……こっ、これでもレディなんですけど!」
顔を真っ赤にして玲の口を必死にふさぐ真奈美の胸元で青いペンダントが揺れた。
「あなたたち、仲いいわね。どう? 二次試験、一緒にチーム組まない?」
「僕らと、ですか?」
ちょうど運ばれてきた食事越しに雅也が聞き返す。
「そう。わたしは地理地学、良助は化学専攻なんだけど、あなたたちは?」
「僕と玲は物理です。僕は心理学を研究したいんですけど。で、まなみんは生物学」
「あら、見事にばらばらね」
「ちょっと待って、勝手に決めないでよ! あんたたちに頼まなくたって、あたしたちだけでなんとかするわよ!」
やけにつっかかってくる真奈美に霞は内心ムカッとしたが、表情には出さずに続けた。
「そう簡単にいくかしら? エリートはあなたたちだけじゃないわよね?」
「えっ?」
「あら、気がつかなかったかしら? 一次試験の受験生の中に、あなたたちと良助のほかに、もう一人小学生がいたの」
「は? デックって小学生?」
雅也が驚いて目を丸くする。
「実はそうなんだ」
「ええーっ? じゃあ僕らと同じ?」
「あら、わたしは中学生よ。中1だけど」
「それもうそでしょー?」
真奈美が信じられない! という表情を見せた。
「本当よ。じゃ、もう一人のエリートをスカウトしてくるわね」
そう言うと霞は席を立ち、食堂の隅っこに座ってジュースを飲んでいる涼音のところに向かった。
◆◇◆
「大岡さん、遅くなってごめんなさい」
「…………」
涼音はジュースを飲みながら、霞の連れてきた玲たちをじっと見ていた。
(この子たちにどんな接点があるのかしら?)
そう思いつつ、慎重に切り出す。
「率直に言うわ。わたしたち――わたしとあそこのテーブルで話している子たちだけど、チームで二次試験に挑むつもりなの。大岡さん、さっき二次試験受けないって言っていたけど、わたしたちと一緒に――」
「やりたい」
「えっ?」
断られると思っていた霞は、びっくりした。
「……一緒に……研究……やりたい」
「そうなの?」
「……年が近い子……いないと……できないと……思った……の」
「あ、なるほど! そりゃそうよね」
「……うん」
「一緒にあっちのテーブルに行きましょうか?」
「……うん!」
立ち上がった涼音の表情に変化はなかったが、声は少し上ずっているように感じた。
(あの二人とは、これまで面識がなかったのかしら?)
考える霞の耳に、良助たちが話す声が聞こえてくる。
「そんなわけでオレはかすみんとは同い年なんだが、あいつには頭あがんねーんだよな」
「だけどさー、あんたは今日の試験合格できんの? ダメだったらあんただけ外れちゃうかもよ?」
「大丈夫よ、この子、天才だから」
そう言って涼音と一緒に話に加わる。
「交渉成立よ」




