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〈18〉そういうことだったのか

 聞かれた西崎はうつむいたまま、苦笑いを浮かべた。


「ふられたよ」


「そうだったんっすか! すいません」


「いや、最初それを聞かれるかな? って思ってたんだ。回りくどくて意外だった」


 言われた良助が頭をかきながら思わず口に出した。


「西崎さん……やっぱいい人っすね」

「なんで?」


「わかんないっす」

「なんだよ、それ」


 苦笑いのまま答えた西崎に対し、良助は意を決したように立ち上がる。そして、何か思いついたように言った。


「西崎さん、オレ、二代目デック、名乗っていいですか?」


「えっ?」


「オレ、あいつにあこがれてたんすよ。それに――」


 道着の帯を締め直しながら続ける。


「それに、オレがデックを名乗れば、オレの前にあいつの仇が現れるかもしれない」


 座ったままの西崎に良助が鋭い目を合わせた。


「危険だぞ?」


 目線を落とした西崎に、良助がにやりと笑って答える。


「今の、上っ面だけ幸せな世界に生きるほうが、よっぽど危険な気がしますけどね」


 その言葉の意味に、はっとする。そしてまた苦笑い。


「君ら姉弟、本当に意志が強いんだな」


「ええ。オレら、曲がりませんから」


 そう言ってから良助は、立ち上がろうとする西崎に手を差し伸べた。



 ◆◇◆



 道場からの帰り道、良助は歩きながら、これまでの霞との日々を思い返していた。


 入院していた自分を見舞う霞、リハビリと同時に勉強を教えてくれた霞、道場で自分をかばう霞――


(そういうことだったのか……)


 目覚めた日からの記憶を頭の中で一つひとつ組み合わせながら、良助は霞に対する気持ちをどう処理すれば良いのか、わからなくなっていた。先日の霞の涙を思い出しながら、一人首を振った。


(やっぱ情けねーやつだぜ、オレ)



 ◆◇◆



 夕方、良助の部屋を霞が訪ねてきた。


「良助、いる?」

「ああ」


 霞が部屋に入ると、良助は上半身裸で椅子に座ったまま背を向けている。


 回り込んでみると、腕や胸にあざが浮かんでいた。


「どうしたの? その傷」


「西崎さんに稽古つけてもらったんだ」


「えっ?」


「勝っちまった」


「え…………ええ?」


 にっと笑う良助と驚く霞。


「オレ、かすみんが嫁に行くまで一緒にいてやるから。そう決めたから――」


 そっぽを向きながら言った良助に、霞は表情を和らげる。


「……ばかね」


「え、何?」


「こんなコワモテが一緒にいたら、男が寄ってこなくなるってことよ」


「ひでーなおい!」


 良助の反応に笑いながら、霞は彼の胸の傷口に手をやった。


 ――ぺたぺたぺた


「うわっ! ちょっ、やめれ、傷治んなくなるから、っておい!」



 ◆◇◆



 自宅に戻った霞は、テーブルでお茶を飲みながら京子にたずねた。


「お母さん、なんで組織うちに入ったの?」


「そうね、凄い人がたくさんいたから、かな?」


「それだけ?」


「そうよ。あこがれるじゃない。聡さんとか篠原さん……って今の良助くんのご両親のほうだけど、すごいのよ、ああ見えて」


「そうなの?」

「うん」


「じゃあさ、辞めようと思ったことは?」


「あるわ。何度も」


「なんで辞めないの?」


「なんていうか、うちって、ほぼボランティアでしょ? だから辞めるのは勝手なんだけど、なぜかなかなか辞められないのよね。実際まわりは嫌な奴ばっかりなんだけどね。嘘つき連中と心の底ではつながってるっていうか――」


「変なの」


「うちみたいな組織って、正義感とか使命感とかが薄い人のほうが逆に合ってるのかな? って時々思うのよ」


「それ、署長のような?」

「いや、あれは論外」


「ははは」


「あんたはなんで辞めないの?」


「辞めたら、目標、失っちゃうから。自分の存在意義がほかに見つからないもの」


 答えて霞もお茶をすする。


「そっか、そっちのほうが正しいかもね」


「何が?」


「うちを辞める人が少ない理由。今の時代、なんのために自分が生きているのかなんて、わからないじゃない? 存在意義を感じられることって確かに大事だなって。実際私も聡さんも、霞ちゃんには感謝してるもの」


「…………」


「だから私たちに迷惑かけてる、なんて思わないで。あんたも親になればわかるわ」


「はい」



 ◆◇◆



 同日深夜、カムチャッカ本部の署長室。


 呼び出した京子をソファに座らせると、署長が自分の席からたずねた。


「尾崎誠の事件、君はどう見る?」


「組織内部の者の犯行の可能性が高いと踏んでいます。これだけ解決の糸口が見つからない事件、というのは常識的に考えて、ありえません」


「……では、どうする?」


「私の方でうちに所属する全員の可能性を演算にかけてみます」


「それで該当者が見つからない場合は?」


「それこそ『来訪者案件』ですね」

「…………」


「だけど、霞ちゃんには絶対にこの情報を入れないでください。それと、最終的な処理はお願いできませんか?」


「わかった」


「では、失礼します」

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