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(8)プライド

 少し考えていた雅也が、おもむろに口を開いた。


「わかった。僕も割り切る。その上で自分のことを考えたい。博士、僕、心理学に興味があるんです。最近ロボットを作りながら、今のままだと結局、おもちゃしかできないことに気づいたんです。けどそのうち深いレベルで人間の深層心理と融合させたいなって。決して自分に物理の適性がないから逃げたい、ってわけじゃないんです。いまだに玲に負けたとか認めたくないし――」


「お前、そんなこと思ってたのか?」


 玲が驚いた顔で雅也を見た。それにうなずいて続ける。


「思ってた。その上で知りたいんだ。博士、僕の適性って何ですか? 本当に才能ってあるんですか? 人工知能には僕、ダメな人間だって思われてるらしくて、実際自分でもこのままじゃ通用するとは思えないんです」


「先に聞きたいですね。雅也くんには心理学を研究するその先に、何か理想が見えるのかな?」


「今は何も……ただ、これまで物理全般やってきたけど、そこに意味は見い出せませんでした。それが将来何の役に立つのか、自分が何を目指すのか、まったく考えてませんでした。残念だけど、なんとなく生きていくんだろうな、としか思ってなかったので」


 話しながら、ひざの上で組んだ指を落ち着かないように組みなおす。


「だけど、ここ数ヶ月でなんというか『このままじゃいけない』という気になったんです。親に対する嫌悪感のせいか、仮想世界にも疑問を抱くようになりました。その結果僕の心に生まれたのは、不安だったんです。玲には、親に対しても仮想世界に対してもあらがう強い気持ちがあったと思う。でも僕には『このまま親のようになってしまうんじゃないか』という恐怖しかなかった」


 そこまで伏し目がちだった雅也は、顔をあげた。


「でも僕、このまま終わりたくないんです。気持ちが不安定なままで仮想世界の住人になりたくないんです。絶対ダメな方に流されると思う。僕弱いから。本当は人類を救えるような存在に憧れるし、そのために人として強くなりたい。それだけなんです。心理学とか物理とか、その先に何があるのか、とか、全然リンクしないけど。このままじゃダメだってことだけはわかってるから」


 そこまで一気に言って雅也は再び下を向く。博士は目をつぶって考えていたが、しばらくして口を開いた。


「雅也くん」

「はい」


「君は少し勘違いをしているようだ」

「…………」


「私は君に『物理の適性がない』とは思っていない。むしろ君はこれまで、玲くんと互いに高めあってきたはず。でなければ人工知能の予測を超えた君たちの成長は説明がつかない」

「…………」


「学問に適性なんて、ほとんどないんです。自分が学びたいものを学べばいい。研究したいことを研究すればいいんです。だって人間の考えなんて、ころころ変わりますから。それに、どの学問もなんらかの形で世界と関わっていますし、なんらかの形でつながっています。物理世界と精神世界さえも互いに影響を及ぼすことが、最近の研究でわかってきました。雅也くんの物理学のセンスと発想は、どんな研究においても活かされる、私は本当にそう思っているんです」


「そうなん……ですか?」


「はい。だから何かにとらわれる必要はありませんよ。ただね、『学習』と『研究』は別物です。雅也くんは玲くんと比べて、素直すぎる。これまで敷かれたレールか何かに乗って来たつもりでしょうが、そのレール自体が間違っているかもしれない。それぐらい疑う気持ちが研究には必要なんですよ」


「疑う気持ち?」


「だって、君たちが学んだことが世の中のすべてなのであれば、新しく研究する必要なんかないわけです。これまで学んできたことも含め、本当に正しいのか? ということを疑うことから始めなければならない。そこが現時点における君と玲くんとの大きな違いじゃないですか?」


「そんなにまじめな奴でもないと思うけどな?」


 茶化すように玲が口をはさんだ。


「それでもお前のほうが研究者には向いていると思うけどな!」


 横目でそう返しながらも雅也は頭の中で何かが氷解した気がした。昨日、常識を疑って答えを出した玲に、大きく影響されていることは明らかだった。


「そうそう、君たちに話しておくべきことがもう一つありました」


「何でしょうか?」


「なぜ人間の科学者が必要なのか、そして何のために研究をするのか、に大きく関わる話、『失われた30年』についてです」


「失われた30年?」

 玲がまゆをひそめる。


「昨日も触れましたが、現在の科学の成長は人工知能の進化によってもたらされています。ところが最近、そこに様々な限界があることがわかってきました。それを発見したのは奇しくも人工知能システム自身だったのですが――」


「人間の心理だけではなく、人工知能の発想では超えられない壁がある、ということか?」


「そうです。人工知能も所詮しょせんは人の研究の産物。しかし人間はこれまで、これに頼りすぎてしまった。この30年間、人工知能の後追いで人間は学習し、成長することはできましたが、殻を破ることはできなかった。その結果、人類は歴史を失ってしまったんです」


「歴史?」


「そう、歴史です。君たちは過去30年の間に、人間がどういったことをしてきたのか、習ったことはないと思います。君たちのご両親も知らないでしょう。なんせ世界は大きく変わりましたが、その間、人間は何もしてこなかった(・・・・・・・・・)のですから」


「それって、何か問題なのか?」


 顔色を変えずに玲が問う。


「さっき雅也くんが『恐怖を感じた』と言ったけど、そのイメージです。研究というジャンルにおいて人間が堕落してしまったんです。楽な方向に流れてしまった。自分たちの能力や成長が人工知能に追いつけない、と受け入れてしまった」


「…………」


「確かに今の人々は幸せです。それもほぼすべての人たちが、です。人類の歴史上、こんな時代はありませんでした。そして、それを成し遂げたのは人工知能システムだった。だからここで話が終われば何も問題はありませんでした。ところが、今のシステムには重大な欠陥があったんです」


「欠陥?」

「なんですか?」


 玲と雅也が同時に身を乗り出した。


「人工知能システムのマスター設計――わかりやすく言うとシステムの最上位レベルの設定にミスがあったんです」


「どんなミスですか?」


「本来このシステムは『人類の最大多数の最大幸福』を追求するために作られていました。そしてその判断基準を『アシュレイ』と呼ばれるマスターに置いています。アシュレイは社会の秩序を統制するため、ほかの『人工知能機関』とつながり、巨大なデータベースを背景にシステムの最上位から社会全体を監督しているんです。ここまではなんとなくイメージできますか?」


「まあ……そうだな」

「アシュレイがシステムの中では最上位、司令塔ということですよね?」


「そうです。しかしこのアシュレイには『人類の子孫の繁栄』という概念が欠落していたんです。『最大多数の最大幸福』と『子孫の繁栄』は、矛盾する定義ではないにせよ、人の生活を究極なまでに楽な方向に流すきっかけとなりました。結果的に人々は直接交流する機会を失い、出生率を激減させてしまった。その減った人口をアシュレイは仮想世界のホログラムを増やすことで埋め合わせようとしたんです」


「なるほど。確かにいろいろとつながるな」

 口に手をやりながら玲がつぶやく。


「今後、どうなるんですか?」

 暗い街並みを思い出し、嫌な予感を押し殺しつつ雅也はたずねた。


「昨日話した通り、このまま順調にいけば人類は滅亡、ですね」


「それを避ける方法って、あるんですか?」


「人類自らが『滅亡を避けたい』と思わなければ。あたりまえですが、しゅの保存が途絶えれば、どうしようもありません」


 あっさりと言われ、雅也は二の句が告げなくなった。

 直接自分たちの命が奪われるわけではないにせよ、滅亡と聞いて良い気はしない。


 しばらく何かを考えていた玲が口を開く。


「種の保存って、途絶えるのか?」


「そうよ。今の流れは簡単にはめられない。でもそれは男のせいだからね!」


 博士の代わりに真奈美が答えた。


「どういうことだ?」


「男なら誰だって仮想バーチャルのほうがいいに決まってるじゃない? 人間関係楽だし、責任負わなくていいし。女だって心の底ではいつまでもカワイイままではいられないことはわかってるもの」


「それってつまり、リアル社会では人間、どうしても年を取るし、見た目も理想とかけ離れていってしまうから、セックスアピールが仮想世界の女性に負けてしまう、ってこと?」


 雅也が言い直した。


「ま、まあ、そういうことね」


「性欲処理だけならリアルな相手はいらないからな」

 玲がさらに言い換える。


「まっ、お下品な!」


「お前が言うなっ!」


「この30年間、人間は素直すぎた。人工知能の出す答えがすべて正しいと盲目的に従い、疑う気持ちを失くしてしまった。スカンディナビアは確かに優秀な教育システムです。だけど結局、人間個々の知識、知能を高めることはできても、創造力を伸ばすことはできなかった。単純にアシュレイの方針に追従する人間を育成していただけに過ぎなかったんです」


 苦笑いしながら博士が話を戻した。

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