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〈16〉ロマン

(わたし、やるよ)


 テストまで残り4か月、霞は猛烈に勉強した。良助に「こんなかすみん、見たことねえ」と言わしめるほどに。


「試験範囲はとりあえず一通り網羅もうらしたけど、わからないところ、つぶしていかないと」


 良助との勉強時間が終わると、霞は自分の地理地学の教材を準備しながら言った。


「マジか? はえーな」


「理解は全然できてないから。特に物理系」


「地学にも物理関係するのか?」


「そりゃそうよ。地質上の物理学や、天体を理解するための宇宙物理学とか」


「化学が関係するところはねーの?」


「あんまりないわね。基礎科学で習うような鉱物や星の成分くらいかしら」


「オレも物理は苦手なんだよな」


「難しいわよね。物理学自体がここ数年、すさまじく進歩してるらしいし」


「結局物理と数学ができる奴が有利なんだな。だけどさ、かすみん、なんで地理地学なんだ?」


「好きだから」


「何が?」


「星座とか」


「えっ?」


「どうしたの?」


「なんか変なこと言うなって……」


「これでも女の子なんだけどね……」


「いや、そうじゃなくて、でも意外だ」


「そう? ロマンあるじゃない」


「そのロマンっていうのが意外なんだよ」


「あら、そうかしら?」


「だってロマンって、男のものじゃね? 女ってのは究極に現実主義者だろ?」


「何言ってんのよ! そんなことないわよ。あなた、世の女性をそんな目で見てたの?」


「ああ、まあ……」


「相当偏見だわよ、それ。誰をイメージしたらそうなるの? って、わたしか」


「…………」


「まあ確かに、あなたには女の子らしい面、見せなかったもんね」


「いや、かすみんだけじゃねーぜ、現実主義者ってのは」


「どうせ、あなたのお母さんとか、うちのお母さんとかのことでしょ?」


「ま、まあな」


「……みんな男以上に男らしいもんね」


「そうなのか?」


「本当は、女の子は強い男に守ってもらいたいものなのよ。わたしは違うけどね。女がリアリストというのは確かにそうだけど、同時にロマンティストでもあるの」


「かすみんにもあこがれとかあるのか?」


「そりゃ、あるわよ」


「ええっ!」


「……その驚き方はさすがに失礼よ」


「ごめん。っていうか、地理地学とかはやっぱその延長なのか?」


「なんで?」


「デートで星空を見るとか?」


「あなた、いったいどうしたの? 今さらメルヘン路線に転向するつもり?」


「いや、何がかすみんをそこまでやる気にさせるのか、わからなくてさ」


「えーと……でもまあ、そうね。そんなデート、してみたいかもね」


「どんな男と?」


「うーん、ありていに言えば『わたしを頼ってくれる強い男』かしら?」


「えっ?」


「ただしイケメンに――」


「それ以上は言うな」


「というかあなた、わたしに何か話があったんじゃないの?」


「ああ、そうだ、明日オレ、空手の昇段試験見に行くんだけど、一緒に行かねーか?」


「うーん……やめとく。試験まで時間ないし」


「わかった。じゃあオレ一人で行ってくる……けど」


「けど、何?」


「もし西崎さんに会ったら、何か伝えとくことあるか?」


「えっ?」


 霞は急に西崎のことを思い出した。昨年の大会で会った時のことを。


「なんか、会いそうな気がするんだよ。あの人と」


「……いや、いい」


「そーか。じゃ一人で行ってくるわ」

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