〈13〉アラート
その後の霞の生活は、一言でいうと、地獄だった。必死に勉強して学校で良い成績を上げ、さらに学習レベルを上げていかなければならないのだ。良助にはテストに合格して研究職に就く、という目標があったが、霞にはそこまでモチベーションを高められる自信はなかった。目標と言えるものは単純に組織の任務のためだった。しかもターゲットがテストを受ける保証すらないのだ。
それでもなんとか学習を続けられたのは、やはり良助がいたからだった。昔と立場が逆転し、良助が霞の勉強を見ることが多くなったが、良助のことを「自分以上の存在」と認めることさえできればそこまで腹が立つこともなかったし、良い距離感を保つことができた(昔の霞はスパルタ指導で、良助に「鬼のかすみん」と呼ばれていたのは内緒だ)。
そんなある日、霞がターゲット付近に配置していたリサーチロボットのアラートが鳴った。
(何かしら?)
霞が確認すると、ターゲットの一人、田中雅也に荷物が届けられた、という情報だった。荷物は、雅也が作った設計図に基づく基盤や電子部品、金属の線、ねじ、金具、工具、指定された形にカットされた工業用素材など。
(こんなことまでわかるなんて……)
霞はあらためて組織の凄さを感じた。その一方でもし、自分が他人にここまで見張られていたら、と思いぞっとする。プライバシーの侵害にもほどがある。だけどそんな組織なのだ。自分だって他の誰かに調査されているのかもしれないのだ。「俺たちは嫌な奴の集まり」って誰かが言ってたっけ?
ただ、雅也のその注文内容がなんなのか、そしてそれが何を意味するのかが、霞にはまったく見当がつかなかった。
(こういうときは亀の甲より年の功ってやつか?)
そう思った霞は、聡を頼ることにした。
「お父さん」
「おっ、どうした?」
「これ、なんだと思う?」
そう言って聡に雅也の設計図や素材の寸法などを見せる。
「これって……エレキギターじゃないか?」
「エレキギター?」
「そう、楽器の」
「へー」
「なんか、楽しそうだね」
「よくわからないんだけど……男の子って、楽器とか自作するものなの?」
「俺は考えたこともない。最近若い子の中で流行ってるとか?」
「そうなのかな。良助もバイオリンやってるし」
霞はよくわからなかったが、危険性はないのだろうと考えた。
しかし数週間後に来たアラートは、霞を悩ませた。また雅也のオーダーだ。
部品数が前回に比べ、極端に増えている。
「お父さん」
「おっ、なんだ?」
「これ、なんだと思う?」
そう言って聡に設計図や素材の寸法などを見せる。
「これって……ロボットか?」
「ロボット? なんの?」
「いや、わからない」
「…………」
「でも、この雅也くんって子、授業でロボット工学とかやってるんじゃないかな?」
「何それ?」
「大学の工学部とかで習う内容だよ」
「そうなの? これも趣味なのかな?」
武器になりそうなものも特に見当たらなかったため、危険はないのだろうと霞は考えた。
ところが、さらに数週間後に来たアラートは、簡単にはいかなかった。今度は大岡涼音のオーダーだ。部品数が雅也の時とは比較にならないほど大幅に増えている。
「お父さん」
「……今度はなんだ?」
「これ、なんだと思う?」
そう言って聡に素材の寸法などを見せる。
「……わからん」
「え?」
「すまん、まったくわからない」
「…………」
「っていうか、この大岡涼音って子、小さい女の子なんだよな? 大きめのロボットでも作りたいのか?」
「いやーどうだか……小さな女の子がロボットに興味を示すかなぁ?」
そう思った霞はダメもとで良助のところに素材情報を持って行った。
「これって……ひょっとして……あれだよ、あれ。フードデリバリー?」
「は?」
良助は、意外な言葉を口にした。
「だからフードデリバリーの部品だよ」
「……なんのために?」
「さあ。でもこの板を組み合わせてコンテナにして、大体フードデリバリーになるイメージなんだよ」
「というか、なんであなたはわかったの?」
「オレ、結構フードデリバリー好きだからかな?」
「…………」
天才の考えることはよくわからない、と霞は思った。でもそれって職務放棄? いや、理解しろってのが無理だろこんなの。というか、我々がチェックしているのを知っていて嘲笑っているんじゃないのか? それとも何か? フードデリバリー作って自宅に飾るのか? 頭おかしいんじゃねーか?
というところで、霞の思考は停止した。
その後、雅也と涼音はいくつかの追加発注を繰り返したものの、霞はあまり深く考えないようにしていた。




