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〈12〉魔性の女

 霞は自分の部屋のベッドに横になって、今日の良助とのやりとりを反省していた。思い返すたび、(ヤッテシマッタ……)と後悔せざるを得ない。だけど、ほかに言いようがなかったのも事実だし……。


「ごはんよー」


 ドアの外から京子の声が聞こえた。

 霞は返事をせず、ベッドから起き上がる。


「どうしたの? 元気ないわね」


 鋭い京子が心配そうに言った。


「実は――」


 霞は、今日良助と話したことをそのまま伝えた。


「ふははっ」


「ちょっと、笑わないでよ! お父さん」


「ごめんごめん、でもなんか、青春って感じだな」


「いや、良助が何考えているのかわからなくて、困ってるのよ、本当に」


「それなら心配いらないよ。良助くんぐらいの男の子は、考えがころころ変わるものだから」


「そうなのかな?」


「良助くんに『あなたのためにやるのよ!』みたいな言い方はしてないんだろ?」


「それはしてない。わたしだってそういう言い方されたら嫌だもん」


「なら大丈夫だ。それに――」


「それに?」


「……それに、うちには京子がいるからな」


「え? 何よそれ?」

 京子が食べながら聞いた。


「いや、なんていうか、男の転がし方はやっぱり、魔性の女に聞いたほうがいいかな、って思ってさ」


「な……何よその言い方!」


「あれ、相談に乗ってやらないの?」


「乗るけど、いかにも私がたらしこんだみたいな言い方をしなくても――」


「そういえばお父さんとお母さん、どうやって知り合って結婚したの?」


 唐突に霞が聞いた。


「ある日突然、聡さんに猛烈にアタックされたのよ。若い時に」


 京子が即答した。


「あれ? そうだったっけ?」

「そう。だからしょうがなかったの」


 聡の言葉を圧殺した京子はにこにこしている。


「本当?」


 霞が聡に疑いの目を向けた。


「まあ霞も、うちがどういった組織かってことはわかってるしな」


「何よ、私が嘘ついてるとでも?」


「いやー、そこまでは言ってないさ」

「ならどーいうことよ!」


 京子が口をとがらせたが、聡はにやにやしながら言う。


「ま、これだけ婚姻率が低いこの社会で、我々は結ばれているわけだから、どういうことかは明白ってことさ」


「ちょっ、何よそれ!」


 めずらしく怒る京子に霞は思わず笑ってしまった。


「いや、それだけ君が魅力的だった、ってことさ。ごちそうさまー」


 そう言って聡が自分の部屋に逃げ帰る。


「ちょっと! 過去形?」


 その言葉の前で聡の部屋のドアが閉まった。


「まったく……」


 そう言いながらごはんを口に入れる京子。


「でも仲いいよね、二人とも」


「……そうね」


 霞に言われ、京子はすぐにいつもの笑顔を取り戻した。


「わたしも将来、京子さんみたいになれるのかな?」


「何言ってるの。あんたすでに十分魔性の女よ。私なんか足元にも及ばないくらい」


「なんで?」


「霞、周りからどう見られてるのか、わかってないの? あんたなら狙った獲物は確実に仕留められるわよ。いつもの任務みたいに、ね」


「いやいや、そんな簡単にはいきませんよ」


 その言葉に京子は思わず噴き出した。


「この子ったら、任務のほうが簡単だなんて」


「え、だって、任務だと思っていれば、冷静でいられるじゃない?」


「へー、そういう割り切り方なんだ。でも恋愛だってそうよ」


「そうなの?」


「うん。熱くなったら負け」


「じゃあ、お母さん、お父さんには熱くならなかったの?」


「さっき言った通り。しょうがなく(・・・・・・)、よ」


 京子はにこにこしながら答えた。


「……お母さん」


「何?」


「霞は今日、魔性の女の怖さを知りました」


「おほほほほ」



 ◆◇◆



 翌日、考えがまとまらないまま、霞は良助の部屋の前まで来た。


 結局のところ、嘘をついてもしょうがない、と思ったのだ。


「良助、今いいかな?」


「いいぜ」


 霞がドアを開けると、良助は勉強していた。


「かすみん、ちょっと相談なんだけど」


「えっ、なに?」


 良助のほうから切り出されるとは思わず、ドキッとした。


「オレやっぱ地学とか性に合わねーと思うんだよ。でな、ほかの選択科目調べてみたら、化学やりたくなってさ。ほら、実験とかいっぱいあるじゃん」


「は?」


「だからオレ、将来化学の研究者になろうかな、って思って」


「へ?」


「だから、テスト受けるよ。だけど、地理地学はオレ選ばないから、そこは一緒にはできないと思う。それでもいいか?」


 霞はあっけにとられた。


「…………良助」


「な、なんだ? それじゃダメだったか?」


 うろたえる良助に、霞はうつむきながら微笑んだ。


「あなた、やっぱ凄いわ」

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