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(4)少女

「なっ!」


 暗がりから突然声をかけられ、二人とも跳び上がった。近づく影に得体の知れない恐怖を感じた雅也は、思わず玲の腕をつかみ、


「逃げろ!」


 とっさにそう言って駆け出した。


「ちょ、待てよ!」


 遅れて玲も続き、二人で公園を飛び出すと、住宅街の知らない道を走った。


 後から考えれば気が動転していたのかもしれない。だが玲の話の後では冷静ではいられなかった。この世界の秘密を知ってしまった以上、捕まったらどうなるかわからなかった。本能的に危険だと思った。


 後ろから音が徐々に迫ってくる。どこに向かって逃げれば良いのかわからないまま二人で走っていたそのとき、前から声が聞こえた。


『あんたたち、こっちよ!』


 見上げると、向かいの明かりのついた民家の二階から、手を振る女の子が見えた。


 迷う間もなくその家に駆け込み、二人でドアを閉める。


「「ハア……ハア……」」



「おやおや、大丈夫かい?」


 白髪に白いヒゲをたくわえた小柄な老人が中から現れ、玄関で息を切らす雅也たちに声をかけた。


「ど、どうも……」


 老人は雅也の言葉にうなずくと、細い目をさらに細めながら二人を交互にながめる。そして玲に近づき、


「君の指だね。血が出てる。出血に反応して巡回ロボットが出てきたんだろうね。ちょっと待っててね」


 そう言って奥に下がると、止血スプレーを持って戻ってきた。


「少しみるけど我慢してね」


 腰を曲げた老人が、しわの少ない手で玲の指をとり、スプレーを吹きかけたとき、


 ――ピンポーン♪


 玄関の呼び鈴が鳴った。


「ロボットかな。ちょっと待っててね」


 老人は再び奥に下がるとインターホンで何か話していたが、すぐに戻ってきて二人に声をかけた。


「もう大丈夫ですよ。大杉くん(・・・・・)田中くん(・・・・・)


「……え?」

「僕らのこと、知ってるんですか?」


 驚いた二人が聞き返したとき、老人の後ろの階段を、小さな色白のかわいらしい女の子が下りてきた。


「おじいちゃんが『仮想空間』を作ったの」


「「は?」」


 唐突すぎて何のことか意味不明だったが、それ以上にこの子の、やけに堂々とした態度にどう反応すればよいのかがわからない。


 ピンクのパジャマ着で、肩にかかるくらいの赤茶けた髪を右手でかきあげながらとんとんと下りてくる。風呂上がりだろうか? 少し濡れた髪と首元の青いペンダントが光っていた。


 声からして間違いなく、窓から二人に呼びかけた子だ。老人の前に出てくると、彼女は再び口を開いた。


「玲くんと雅也くんよね? 二人とも南区小学校?」


「そうだ。君は?」


 玲が顔色を変えずに聞き返す。


「あたしは真奈美。女学院初等部なの。ここで立ち話もなんだから、お上がんなさいよ」


 そう言いながら階段横のドアを開けると、彼女は玲の次に雅也に目を向けた。


「どうする?」


 横目で見ると、不敵に玲が言った。


「いいんじゃないか? せっかくだしお邪魔しようぜ」



 ◆◇◆



 靴を脱いだ二人は、応接間に招かれた。低いテーブルを中心にソファが置かれ、入口の向かいにはピアノが見える。


「今、お茶をいれてくるわね」


 真奈美と名乗った女の子はそう言ってうれしそうに奥のキッチンに向かった。


「真奈美、浮かれすぎてこぼさないようにな」

「はーい!」


「さ、どうぞ」


 老人にうながされ、二人とも向かいのソファに腰を下ろす。


「あの子も、私との二人暮らしが長いものでね。あと、帰りは気をつけて帰んなさいよ。ご自宅からここまではそう遠くないでしょう。フードデリバリーにぶつからないようにだけ気をつければいいから」


「ありがとうございます。ただ……なんで僕らの名前をご存じなんですか?」


 最初に聞くべきことを雅也は聞いた。


「君たちがマークされていたからね」


「「えっ?」」


「今日の6時間目の前に玲くんが『じゃあ、後でな』って言ったでしょ? あの言葉で君たちマークされちゃったの。教育システムに」


「ってことはおじいさん、教育関係の方ですか?」


「まあ、そうです」


 答えながら老人は目を細めた。特に怒っているようには見えないものの、監視されている自分たちの立場が微妙だということは理解できた。


「うかつだった……俺としたことが……」

「暗号、意味なかったね」


 こめかみを押さえる玲に横目でぼそっと答える。


「だけど、かえってよかったですよ。あの程度ならシステムも特別なアクションは取らないし。逆に私が君たちに気がつくことができましたから」


「僕たち、どうなるんですか?」


「どうって、何も。危険視されているわけじゃないですし」


 そう言われても、さっきからの緊張が急に解けるわけではない。


「あの子から仮想空間のことを聞いたが?」


 話を切るように玲がたずねる。確かに教育と仮想世界の関係が雅也にもわからなかった。このおじいさん、いったい何者? 


「ああ、昔の話です。最近はスカンディナビアを中心とした、教育システムの構造を研究しています。ただ、今となってはシステムが進化しすぎて、人が関与する余地はほとんどないんですけどね」


「なら俺たちが外出した理由まではわからない、ということか?」


「さすがにそこまでは。私が調べてわかったのは、お二人が南区小学校の6年3組の生徒で、成績がずば抜けて優秀、という程度ですよ。他には今日の一時間目の高等数学のテストで玲くんが0点を取った、ということくらい」


「なにっ?」


 ぎょっとする玲。


「そんなことまでわかるんですか?」


「ほとんどの人は知らないけど、初等教育のテスト結果は公開されていますからね。あと申し遅れました。わたくし、こういうものです」


 そう言って老人はポケットから二枚の名刺を差し出した。

 二人でそれを受け取り、まじまじと見る。


「木村(あつし)研究室 室長 木村敦」


 確認するように玲がつぶやいた。


「周りからは博士と呼ばれています」


「えーと、では博士、うかがいたいのですが、僕らのクラスの生徒って、みんな実在するんですか? というか、僕や玲のほうがおかしいのかな?」


 自分の気持ちを整理するように、小出しに質問してみた。


「……その疑問にいつ気がつきました?」


 聞き返され、言葉に詰まった。玲が言っていたことはやはり本当だったのか? それをここでしゃべっても良いのか? と、絶望と不安を感じつつも、思考が追いつかないのがもどかしい。


「今日だ。本当は少し前から疑問に思ってはいたんだが、今日のテストで確信をつかんだというか――」


 代わりに玲が答えたとき、


「あら、そうなんだ。あたしは前からわかってたけどね」


 お茶を運んできた真奈美が会話に入ってきた。

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