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(29)エラーメッセージ

 玲と良助、涼音の三人が入り口側の壁側の机に向かい、各自コンピューターの設定を進めながら打ち合わせていたとき、


「ところでお前ら、どうやって研究からタイムマシンにアプローチしていくんだ?」


 良助が二人に聞いた。


「……仮説……確認……演算……の流れ」

「まあ、そうだな」


「だから全然わかんねー!」


「いや、簡単だ。俺たちで仮説を立てまくって、人工知能で可能性を確認し、演算して立証する。ここでは仮想実験も可能だし、ビッグバンやブラックホールもデータ上で再現できる」


「だけどよー、その仮想実験って、現在の物理学が前提なんじゃねーのか?」


「あながちそうでもない。今でも学説的に大きく分かれている分野があるんだが、それも含め、まだ解明されていない他の研究者の仮説を暫定的に組み入れることもできるらしい」


「じゃあ手数が必要ってことだな?」


 涼音がこくっとうなずいた。



 ◆◇◆



 雅也たち三人も、反対の壁側の机でコンピューターの設定を進めていた。


「アシュレイの件、さっきはあんなこと言ったけど、前にまなみんが話してたタイムマシン像にイメージが近いのかもしれない」


 モニターを見ながら雅也が言った。


「空間移動の疑似体験のことかしら?」


「そうです。あの時まなみんは脳波って言ってたけど、アシュレイのデータベースから情報を取り出すことができれば、脳波も必要ないんじゃないかなって」


 雅也はこの30年間すべての事象がアシュレイのデータベースに保存されていると予想していた。現在の気象予報が過去のデータとの整合性から成り立つのと同様、AIがこの世界のありとあらゆる情報を取り込み、事実を検証してきたからこそ今の社会があるわけで、そのためには過去の情報すべてがデータベースに残されている、そう考えたのだ。


「なるほど。過去30年分の現実世界は見ることができるはずってことね」


 霞の言葉にうなずきながら雅也がデータベースを立ち上げる。


「まずはそこから、そしてその後の科学の進化スケジュール予測を引っ張ろうと思うんだ」


「結局人工知能頼みなのね。研究って」


 ほおづえをつきながら真奈美がため息をついた。


「使えるものはなんでも使えってことよ」


 セッティングを終えた霞がコーヒーを一口飲んで答える。



 ところが、


「あれっ? 開かない」


 データベースにアクセスしようとした雅也が声を上げた。


「えっ?」

「なに?」


 両脇から真奈美と霞が顔を向ける。


「アシュレイのデータベースには閲覧、参照の規制がかかっているみたいだ。


『Error No.42 他者のプライバシーの侵害の恐れのある行為は禁止されています』


 だって」


「これってプライバシーの侵害になるの?」


 椅子を滑らせてきた真奈美が聞いた。

 霞はコーヒーを飲みながら様子を見守る。


「まさか。なんでだろう?」

「ひょっとしてあんた、アダルトサイト見てた?」


 ――ブーッ!

 霞がコーヒーを吐きだした。


「なんでだよ! ちょっと待って、エラー調べるから」


 そう言って雅也がコンピューターを操作すると、次の文面が表示された。


『Error No.42 ――他者のプライバシーの侵害の恐れのある行為は禁止されています。これは現在生存する人間のプライバシーを守るため、生存期間の情報を第三者が無作為に取得できないようにするためのものです』


「じゃあ仮に今、120歳の人が最年長だとしたら、過去120年の歴史は開けないってことかな?」


「言葉だけ見ればそうね。だけどAIの歴史自体がそこまでないわよね? すべて閲覧できなくなるなんてことはないと思うけど?」


 モニターをのぞき込みながら霞が釈然としない表情を見せる。


「あまりに広範囲の検索をかけようとすると出るみたいだ」


「状況を絞れってことかな?」


 そう言った真奈美が少し考えて、続ける。


「ということはさ、範囲を限定して、部分的に抽出してから、保存してみたら?」


「例えば?」


 腕を組む雅也がたずねた。


「過去の人の遺伝子情報がデータベースにあれば、そこから多くのことが類推できるから、かなりの効率化がはかれるんじゃない? 歴史とは人が作るものだから――」


「まなみん冴えてるわね! だけどそれこそプライバシーの侵害じゃない?」


「試してみようか」


 そう言って雅也がコンピューターに条件を打ち込む。



『抽出可能。3時間15分かかります』



「……できるってさ」


「やった! っていうか、アシュレイの言うプライバシーってなによ?」


「めんどくさい演算を断る方便かしら?」


「この程度なら容量的に問題なさそうだから、まなみんの方に保存するよ」


「オッケー!」


「あ、それなら、わたしのほうに、これまでの世界の地質変動と衛星からの撮影データについても送ってもらえるかしら? それがあれば今後、かなり楽になると思うから」


「わかりました」


 霞に答え、再びモニターに向き合う。


 しばらくして操作を終えると、再び腕を組んで言った。


「というか、プライバシーってなんだ? 博士が言うにはスカンディナビアのデータって公開されてるって話だったよね?」


「ノバスコシアやアシュレイは情報取得が許される範囲が違うってことかしら?」


 霞も同じことを考えていたらしい。


「大いにありうるわ。あたしたちの成績なんか誰でも見たい放題だったし」


「わたしが確認するわ」

「お願いします、霞さん」


「ただ、ちょっと時間かかるかもしれない。もう一杯コーヒーもらってきてくれないかしら?」


「オッケー! 雅也、行こ!」


 立ち上がった真奈美が雅也を連れ出した。



 ◆◇◆



 研究者でにぎわうカフェテリア。真奈美がコーヒーメーカーからコーヒーを注ぐ横で、コップを乗せたトレーを持ちながら雅也がつぶやく。


「よくよく考えたらアシュレイって、システム全体のトップレベルだし、改変できないマスターだし、外部からはそう簡単には参照できないのかもな」


「だけどさ、過去の研究者はこういった研究してないのかしら? それがあったら無駄な演算はしなくてもいいと思うんだけど」


「あれ? 『空間移動の疑似体験』ってまなみんのオリジナルじゃないの?」


「オリジナルといえばオリジナルかもしれない。ほかの誰かから聞いたわけじゃないし。だけどすでに同じような研究が進められていてもおかしくはないわよね?」


「でもさっき、ほかの研究室とかあてにしないほうがいいって、言ってなかったっけ?」


「そうなのよ。だからなんかおじいちゃんの気持ちがわかる気がしたの」


 真奈美がコーヒーを雅也のトレーに置き、次のコップをセットする。


「だけどさ、結局は結果さえ出せばいいわけだろ? 僕たちのアプローチが他人より先に結果を残せれば、まなみんがオリジナルなわけだよ」


「は? あんたあたしのこと気にかけてくれてたの?」


「そうだよ」


「え……ええっ?」


 真奈美の顔が赤くなった。


「あ……その……なんていうか、まなみんの発想っていいなって、思ってたんだ」


「ばか……そんなこと言わないでよ! あんた、天才なんでしょ?」


「えっ? ダメなの?」


「……いや……ごめん、なんでもない」


 注がれるコーヒーがコップの表面張力ぎりぎりのところで止まった。



 ◆◇◆



 研究室に戻ってきた雅也と真奈美がみんなに飲み物を配る。


「さっきの件、わかったわ。結論から言うと、過去の映像として可視化できるものはダメみたい」


 コーヒーを受け取った霞が説明する。


「結局コンピューターの世界か。人間じゃイメージできないな」


「じゃあさ、データだけ受け取ってこっちで可視化変換するってのはどう?」


 真奈美が提案する。可視化できないデータも、専用ソフトを使えば読み取りは可能なはずだ。


「それって……つまり仮想世界のような状況を再現するってことか? あれ? そういえば」


 そう言って雅也が考え込む。

 霞と真奈美は雅也の言葉を待った。


「確か仮想世界のチャンネルに『過去の世界』ってのがあった気がする――」


「ん? あんた仮想世界に入ったことあるの?」


「え? いや……ははは……」

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