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(2)二人の過去

 3時間目はロボット工学。


 雅也は工学の授業が好きだった。4年生になって製図を習ったのをきっかけに、電子ギターを自作するようになると、どんどんのめりこんでいった。トミーのような簡易ロボットも自分で部品から設計し、備品供給システムにオーダーして作ったものだ。


 自宅で勉強しない雅也は、学校の授業のほとんどを工作を介して理解していた。


 ただロボットについては授業で習うレベルの知識を習得してしまったため、興味はロボットに設定する「知能制御」や「人間心理」に移っていた。


 そして何より今は、玲のことで頭がいっぱいだった。


(気づいたこと……気持ちが悪いこと……)


 直感めいたものが玲の言葉と何かを結びつけようとするが、うまくいかない。


 考えがまとまらないまま、授業終了のチャイムが鳴った。


「次は基礎化学の授業ですね。設定を理科室に変更してください」


 先生の声が響いた。



 ヘッドセットを一度脱ぐと、高く昇った太陽の日差しが部屋の中に注がれていた。雅也は座ったまま時計に目をやる。


(玲の考えていること、何か気持ちの悪いこと、なんだろう? テストで0点を取ってわかることって――なんだ?)


 彼にしか見えない世界に思いをめぐらせ、くせ毛を触りながら短い休憩時間を終えると、雅也は再びヘッドセットをかぶった。




 化学は、どちらかというと好きではなかった。


 ホログラムが再現する実験を他の子供たちは喜んでやっていたが、雅也はどうしてもリアリティを感じることができなかった。実験以外の概念的な授業は手を抜く癖がついていたし、すべてが予定通りに運ぶ授業をなんとなく「気持ちが悪い」と思っていた。


(ひょっとして、これかな?)


 直感した雅也は席を立つと、隣の班で実験をしていた玲のところに行き、ささやく。


「仮想空間での実験って、意味あると思うか? なんか気持ち悪くないか?」


「ん? そうか?」


「あれ? そこじゃないの?」


「ああ、俺が考えているのはもっと別の事だ」


 どうやら玲の感覚は違ったらしい。


 思い違いにあわてながら、雅也は席に戻った。




 昼休みになり、再びヘッドセットを脱ぐ。


 自分の部屋を出ると、ちょうどフードデリバリー(宅配ロボット)が食事を運んできたところだった。


 皿の並べられたテーブルにつき、両親と昼食を取るが、朝と同じで二人とも黙ったまま。ここ数ヶ月、家族の会話らしい会話は一切なかった。


(玲が考えたこと……気づいてしまったこと、気持ち悪いことってなんだ? テストで0点を取って気がつくことってなんだ?)


 食べながら雅也は繰り返し考える。だが手掛かりが少なすぎ、どうしても玲のイメージに届かない。


(ダメだ。あいつに聞かないとわかんないや)


 そう思った雅也は残りのご飯をかきこむと、箸を置いた。


「行ってくる」


 小さくそう言って部屋に戻り、再びヘッドセットで教室に入ると、玲の机に向かった。



「で、どういうことだよ」


 そう問い詰めると、彼はメモを書いて雅也に渡した。


「ん? なんだ?」


 メモには、暗号らしき文字列が並んでいる。


 何なのか聞こうと思ったが、そっぽを向いた玲が答えそうにないことを雅也は察した。


 しょうがなく自分の机に戻り、解読する。暗号自体は簡単なものだった。


 『――今晩7時、昔の公園で待つ』

 

 文字列の意味を理解した瞬間、雅也は5年前の記憶を思い出した。



 ◆◇◆



「僕はいいよ、外で遊んでも」


 1年3組の教室で小さな玲に小さな雅也が話しかけた。


『本当か?』


「ああ。授業が終わったら公園に行こうぜ」



 ◆◇◆



 小学生が外出することが禁じられたのは、雅也が一年生になった年度からだった。もっとも、二人ともそれまで、外出したことが一度もなかったわけではない。小学校に上がる前はよく近所を出歩いていた。


 出られなくなったのは、フードデリバリーが子供に衝突する事故が起きたのがきっかけだった。そのことを雅也が知っていたのは、一年生になってすぐに「危ないから今後外出しないこと」と母に言われ、しかしそれを破って玲と公園で遊んだ後、両親からこってりと絞られたから。翌日学校で玲と互いに愚痴を言いあったところまで覚えている。そしてそのとき「いつか公園で決着をつけよう」と話したことまで雅也は思い出した。


 あれから数年たち、学校にも生徒の不穏な動きをチェックする仕組みが作られ、「外出」とか「遊びに行く」といったNGワードを発すると教育システムにマークされ、リアルな活動まで監視されることになったらしい。玲が暗号を渡したのもそのせいだろう。




 どうするか思案しているうちに、チャイムが鳴り、次の授業が始まった。


 5時間目は「ホログラフィ理論」。


「今日は脳の錯覚を利用した浮遊感、重力感、加速度感についてです。テキストは156~」


 授業が始まったものの、雅也は相変わらず上の空。


 だが突然、現実とも仮想ともつかない状況に引きこまれる。


(えっ? またこれ?)


 雅也は以前、この授業で高速旋回系のデモを体験したとき、酔ってヘッドセットのまま吐いてしまったことがあった。今も暗い宇宙空間イメージの中、地に足がつかない感覚のまま身体が高速曲線運動に巻き込まれ、腹の底から徐々に何かがこみあげてきている。


 しかし逃げ場はなかった。集中力が薄れ、目をつぶろうとするたびに、先生の声がいろんな角度から耳に響いてくるのだ。


(ううっ……気持ち悪い)


 そう思いつつも雅也はなんとか授業を乗り切った。仮想の中の仮想はきつい――と感じながら。



 ◆◇◆



「オーケー」


 トイレに行ったせいで短くなった休憩の最後の10秒を使い、解読した暗号の答えを玲に返す。


「じゃあ、後でな」


 玲はにこりともせずに短く答えた。



 6時間目の「ネットワーク概論」は、その名とは異なり、人間のコミュニケーションが中心の、雅也の好きな授業だった。通信や暗号の歴史と手法が、まるで完成されたパズルのように美しく、魅力的だった。玲もきっとそう感じているに違いない、と雅也は確信していた。実際、玲の作った暗号は美しかった。同じ時間を共有する自分たちだからこそ解読できる暗号、その着想が美しく思えたのだ。



 授業が終わり、ヘッドセットを脱いだ雅也は窓の外をのぞいた。空はまだ青い。玲の暗号の7時というのはつまり、夕飯の後で家を抜け出せ、ということだろう。頭の中で公園までのルートをイメージしながらベッドに転がる。


 しばらくしてやきもきしながら起き上がると、雅也はもう一度外を見た。誰もいない。いるはずもなかった。


 子供だけでなく、大人にとっても外出する必要などない世界なのだから。

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