(17)エリート小学生
「あ、あの……ありがとうございます」
逃げていった中学生たちを見据えていた大男に頭を下げる。
ところが彼は雅也に向き合うと、笑顔を見せて言った。
「お前ら、すげーな! どうやったんだ?」
「えっ?」
意味がわからない。
「あなたたちね、今年のエリート小学生って」
そばの女性がにこっと笑って、ささやくような声で言った。
「僕らのこと、知ってるんですか?」
「噂になっているわ。頭脳明晰な子供たちがいるって」
(噂? 僕らが? いったいどこで?)
疑問が頭をよぎる中、後ろから玲と真奈美がやってきた。
「あ」
声を出した真奈美はその女性を知っているようだ。
「さっきはどうも。一緒に学食行きましょうか」
「は、はい」
そう返事した雅也たちは、にこにこ顔の女性と男に連れられて学生食堂に向かった。
◆◇◆
テーブル席に向かい合って座り、食事を注文し終わると、女性が自己紹介を始める。
「初めまして、高橋霞といいます。こっちは篠原良助」
「よろしくな! デックって呼んでくれ」
「「「デック?」」」
雅也たち三人が声を合わせて聞き返した。
ニカッと笑う筋肉の塊のようなこの男には、そんな名前が似合わなくもない。
「わたしはかすみんでいいわ」
「「「か、かすみん?」」」
やはり三人で聞き返す。キュートな真奈美とは対照的なクールビューティで、おとなしそうな笑顔と小さな声、しかしその割に積極的なところがミスマッチだった。あか抜けた白のジャケットに丈の短いスカート、紺のハイソックスが人目を引く。
「で、あなたたちは?」
「僕は田中雅也。こっちは同じクラスの大杉玲。この子は――」
「木村真奈美です。まなみんって呼んでください」
「あらあら、わたしたち、似ているわね」
そう言って霞が真奈美に優しい目を向ける。逆に真奈美はにらむような目つきで霞を見ていた。若干不穏な気配が漂う。
「あ、あの、さっきはありがとうございました」
雅也は良助と霞にもう一度頭を下げた。
「えっ? オレは何もしてないぞ? あいつらが勝手にビビってただけで――」
「あら、あなたたちの学区では知られてないのね。この子、地元では有名なのよ」
霞が良助の言葉をさえぎる。
「そうなんですか?」
「うん。いろいろあってね」
「おいおい、そんな話はいいだろ!」
あわてる良助にかまわず、霞はにこにこして続けた。
「さっきあなたたちが絡まれていた時に、助けようかと思ったのよ。そうしたら、ほら、真奈美ちゃんがあなたたちを探しているみたいだったから、教えてあげたの。そこの壁の中にいるわよって。それだけ」
「知ってるんだったら助けてあげればよかったのに!」
真奈美が不服そうな目を向ける。
「だってあなたたち、エリートなんでしょ? 興味があったの。どうするのかなー、と思って」
霞は悪びれずに答えた。
「実際、オレらが何もしなくてもあいつらの方が逃げ出してきたしな。で、どうやったんだ?」
「いや、それは……その……」
良助に聞かれ、真奈美の顔が真っ赤になる。
「まなみんがあいつらの――」
「ちょ! こっ、これでもレディなんですけど!」
玲の口をあわててふさぐ真奈美を見て、霞は笑いながら言った。
「あなたたち、仲いいわね。どう? 二次試験、一緒にチーム組まない?」
「僕らと、ですか?」
ちょうど運ばれてきた食事越しに雅也が聞き返す。
「そう。わたしは地理地学、良助は化学専攻なんだけど、あなたたちは?」
「僕と玲は物理です。僕は心理学を研究したいんですけど。で、まなみんは生物学」
「あら、見事にばらばらね」
「ちょっと待って、勝手に決めないでよ! あんたたちに頼まなくたって、あたしたちだけでなんとかするわよ!」
やけに霞につっかかる真奈美。だが霞は気にしていないかのように答えた。
「そう簡単にいくかしら? エリートはあなたたちだけじゃないわよね?」
「えっ?」
「あら、気がつかなかったかしら? 一次試験の受験生の中に、あなたたちと良助のほかに、もう一人小学生がいたの」
「は? デックって小学生?」
雅也が驚いて目を丸くする。
「実はそうなんだ」
「ええーっ? じゃあ僕らと同じ?」
「あら、わたしは中学生よ。中1だけど」
「それもうそでしょー?」
真奈美が信じられない! という表情を見せた。
「本当よ。じゃ、もう一人のエリートをスカウトしてくるわね」
そう言うと霞は席を立ち、食堂の隅に向かった。そしてジュースを飲んでいる女の子の横に座る。
ツインテールでしまうまハイサイソックスという、自分たち以上に場違い過ぎて目立っていたその子は、真奈美より小柄で、どう見ても小学校低学年だ。
「女の子じゃないのよ! あたしより小さくない?」
「かすみんの話によれば、相当切れた奴らしいぜ」
眺める真奈美に良助が答えた。
「あんたとかすみんって、同じ学区なの? っていうかあんた、勉強とかできるの? 筋肉ゴリラみたいなのに」
「おいこらっ!」
雅也があわてて真奈美をたしなめたが、良助は意に介さずに返した。
「いやー、そうはっきり言われるとなんだけど、実はオレ、ダブりなんだよね」
「は? どゆこと?」
「もともと勉強とかガラじゃなかったんだけどさ、かすみんの話聞いてたら、興味湧いてきてさ、化学の勉強始めたのも最近なんだよ」
「なにそれ? じゃあ今まで何やってたのよ?」
「空手」
「不良? ひょっとしてあんた不良なの?」
「ちげーよ! むしろいじめられてたし」
「えーと、ごめん、ぜんっぜん意味わかんない。あんたみたいなのを誰がいじめようと思うのよ! さっきの中学生だってめっちゃ震えあがってたじゃない! 地元で札付きのワルだったんでしょ?」
「いや、それはだな……っていうか、いつの時代の言葉だよ!」
「だいたいね、あんたらなんであたしたちのこと知ってんのよ?」
「すまん、お前のことは知らんかった」
「ムキーッ‼ いったいどういうことよ!」
「それがオレもよくわかんねーんだが、かすみんが言ってたんだ。お前らの学年でスゲーのがいるって。で、オレにも勉強しろって。そのとき聞いたのが玲と雅也とあの涼音って女の子だ」
「は? あのちびっ子そんなに凄いの? 本当に玲ちゃんとか雅也レベルなの?」
「らしいな。だから今、こういう話になってるわけだ」
「信じらんない! こんなイカレた奴らが他にいたなんて――」
「うるさいな!」
「お前が言うな!」
ずっと黙っていた横の二人から即ツッコミが入った。
「そんなわけでオレはかすみんとは同い年なんだが、あいつには頭あがんねーんだよな」
「だけどさー、あんたは今日の試験合格できんの? ダメだったらあんただけ外れちゃうかもよ?」
「大丈夫よ、この子、天才だから」
振り向くと、にこにこ顔の霞があの女の子を連れてテーブルに戻って来ていた。
「交渉成立よ」