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プロローグ――夢も希望もお金もないこの世界で

 西暦2026年、「VRホログラフィ」と「脳波コミュニケーション」の技術を軸に生み出された「仮想空間」は、それまでの世界を大きく変えることになった。


『自室に居ながら世界旅行』はもちろんのこと、クリエィティブなコンテンツや興味のあるコミュニティを脳波を介して瞬時に選択できる、夢のようなプラットフォーム。


 開発したのは「人工知能」と一人の研究者だった。







 その30年後――

 西暦2056年9月17日(日)PM10時。


 とあるマンションの一室で、一人の小学生が世界を変えるキッカケを作った。

(うまくいかないな)


 雅也まさやはプログラミングに行き詰っていた。自作ロボットとの会話が思うようにいかないのだ。


 決して人間らしさがないわけではない。声質も言葉遣いもリアルに近づいていたし、思考回路だって最新モジュールを組み直し、高速化した自信作だ。


 問題は感情面。なぜか自分が手を加えるほどおかしくなっていく気がする。しかしその理由がわからない。なんとかしようといじっていると、今度は会話が断片的になっていき、最終的に何もしゃべらなくなってしまった。ちょっと前まではそれなりに話せていたはずなのに。


(あ、そうか! 知的レベルを上げすぎたらダメなんだ。むしろレベルを下げないと、人とのコミュニケーションは成立しないってことか?)


 ひらめいた雅也は左の手首に巻いた端末で空間タッチパネルを開いた。そして修正したデータを机の上の小型ロボット『トミー』に組み込む。


(思い切って最低まで下げてみたけど、さすがに低すぎたかな?)


 不安に思いながらもスイッチを入れ、目に光を灯した相手に話しかけてみた。


「おはようトミー」


『お前、俺に問題があるとでも思ってんの?』


「……なんだよ、いきなり」


『いじったところでお前なんかより全然上なんだがな~』


「じゃあもう少し頭良さそうにしゃべってもいいんじゃない?」


『俺のレベルを下げたお前がそれを言うか?』


「だってずっと黙って話してくれないじゃん」


『お前と話す価値ねーし。くだらねーこと言ってんじゃ――』



 ――プチ


 トミーの電源を切った雅也は頭をかいた。


(とりあえず会話自体は続くようにはなったけど……少しだけレベルを上げてみるか)


 端末でデータを微調整して再起動する。



「おはようトミー」


『お前チンコでかいの?』


「あれ? 逆にレベル下がっちゃった?」


『うるせー!』



 ――プチ



「おはようトミー」


『HAHAHAHA! 雅也、お前まだ童貞だよなーっ?』



 ――プチ



『おいこら、話を聞かずに勝手に電源落とすんじゃねぇ』



 ――プチ



『ちょ! まだ何も――』



 ――プチ



『……すまん雅也、今までのことは謝る』


「え? 急にどしたの?」


『その上でお前に命令だ。持ってるエロ動画を見せろ』


「……あのさ、さっきからなんでそんな話になるわけ?」


『ヒトの生殖に興味があるからだ』


「なんで?」


『常に発情期の動物ってヒトくらいだしな。お前もいくらかため込んでるんだろ? エロいの』


「ため込んでないって!」


『端末情報はすべて調べたが、見当たらなかったぞ。どこに隠した?』


「隠してないって! っていうか勝手なことすんなよ!」


『つまらん奴だ。サービス精神が欠如しておる』


「じゃあきみの体にもチンコくっつけてやろうか? 何かわかるかもよ?」


『アホか! いらぬわ! お前の保管庫のパスワード、絶対に解読してや――』



 ――プチ



 思考の方向性がおかしい。何か障害が発生しているのだろうか?


 そう思った雅也は一通りハードをチェックしてみたが、エラーは見つからなかった。


(もう少しだけレベルを上げてみるか)


 少しイラつきながらデータを転送して再び起動させる。


「おはようトミー」


『…………』


「…………」


『…………』


「急におとなしくなったね」


『…………』


「その微妙な差がわからないんだけど、やっぱりレベルを落としたほうがいいのかな?」


『お前な……』


「ん? 何?」


『…………』


「まだ機嫌悪いの?」


『……別に』


「でもさ、少しは話してくれてもいいんじゃないかな? きみを作ったのは僕なわけで」


『……ロボットに義理とかないから』


「そんなに僕のこと嫌いなのかよ!」


『…………』


 黙り込むトミーに雅也はため息をついた。


「あのさ、いったい僕にどうしろと?」


『じゃあ聞くが、お前も異性に興味あるよな? イエスかノーか?』


「まあ、人並みには」


『お前はまだ知らんのだろうが、仮想(大人の)世界にも興味はあるだろ?』


「そりゃ、少しは……でも、なんでそんなこと聞くの?」


『お前の親があそこで何しているか、知ってるか?』


「……知らないし、知りたくもない」


『ほら、そういう話になるとしぶるだろ? フェアじゃないよな?』


「…………」


『自分勝手なんだよ。俺にしゃべろとか言うくせに、思い通りの答えを返さなきゃエラーだなんだと難癖つけやがる』


「う……」


『自分がバカだと自覚してるか?』


「悪かったよ。だけどさ、きみだってスイッチ切られたくないだろ? 多少は折れてくれてもいいんじゃないかな?」


『やなこった~』


 そう言いながら机の上で腰を振る。トミーのテンションが上がるにつれ、雅也はさらにイライラしてきた。


「じゃあスイッチ切ってきみにチンコつけるけど、文句言うなよ?」


『アホか!』


「起動した時にはいきなりビンビンにしておくから」


『そういう無駄な作業いらんし……って、あれ?』


「ん? どうした?」


 トミーの反応に、部品を探す雅也の手が止まる。


『雅也お前、男だよな?』


「そうだけど?」


『健全な男だったら、話し相手は普通、女にしようと思うんじゃないか?』


「やだよ!」


『なんでだ?』


 トミーが首をかしげる。答えないわけにはいかない雅也はしぶしぶ口を開いた。


「……前に一度、作ったことがあるんだ」


『それで? どうだったんだ?』


「聞かないでよ。最悪だった」


『お前モテそうにないもんな』


「……うるさいな」


『なに言われたんだ?』


「…………」


『あれ? 黙るの? 俺にしゃべれとか言っておきながら、自分は黙るわけ?』


「『私を作ってくれてありがとう、雅也』って」


『は? マジでか?』


「その後すぐに『ロボットがそんなこと言うとでも思った? この電波童貞野郎!』って」


『HAHAHAHA! その通りじゃねーか!』


「笑うなよ、結構傷ついたんだから。これでも」


 落ち込む雅也を前に笑い転げていたトミーは立ち上がって言った。


『いやいや、お前のこと見直したわ』


「ぜんぜん褒めてないよね?」


『俺なりの褒め言葉だ』


「どう考えても違う気がするけど?」


『まあ聞け。普通だったらそこであきらめるはずだろ? だがお前は違った』


「素直に喜んでいいのかどうかわかんないんだけど?」


『もしお前がそこであきらめていたら、確かに今の俺も存在しない。だから俺にも感謝の気持ちがないわけではない』


「え?」


『感情というものがなんなのか、俺にはわからん。ただ、お前がそれを人工的に作りだそうとしていることは知ってる。イエスかノーかで割り切れないものを俺に植え付けようとしたよな? それを受け入れるわけではないが、お前のその努力は認めてやろう」


「……本当にそんなこと考えてたの?」


『ダメか?』


「…………やった!」


『なーんてこと俺が言うと思ったか? 勘違いするなよこの電波童貞野郎! WAHAHAHAHAHA!』


 ――ガシャン!


 壁に投げつけられ、バラバラになったトミーは、そのまま機能を停止した。



(ごめん! ついカッとなっちゃって)


 頭をかきながらトミーの残骸を拾う。


 お金など存在しない飽満な時代、物の取り寄せは無制限フリーだが、それでも話し相手を自分の手で壊してしまったことに、雅也は罪悪感に苛まれていた。


 窓の外は大雨で稲光が走っていた。しっかり防音加工されたガラスに耳を当てると、ひんやりした感触の向こうから叩きつける雨音がかすかに伝わってくる。


(修理部品をオーダーするのは明日にするか)


 アナログ時計に目をやると11時を指している。父も母も仮想世界ヴァーチャルワールドに入っているであろう時間帯。雅也はあくびをしながらベッドの中に入った。

 ――西暦2056年


 効率化を優先した人類は、国家の意思決定を「人工知能システム」にゆだね、AIに統治される時代をむかえた。社会の枠組みが大きく変化し、司法、立法、行政が一元化され、市場経済や労働、通貨さえも消える一方、「仮想空間」は「仮想世界ヴァーチャルワールド」と「教育空間エデュケーショナルスペース」に分かれて発展を続けていた。


 人の個性の意義が失われていく中、教育過程を終えた者のほとんどは空想の世界に入りびたり、自動生成される娯楽コンテンツざんまいの生活を送る。


 

 そんな時代に生まれた少年が作りかけたロボットのデータ。そこから新たな世界が生まれようとしていた。

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