8話 『マクラバスター』
「すいませ〜ん」
町の中央付近、人だかりの多い商店街。
二つの建物に挟まれたこの家が町長の家らしい。
「はいなんでしょう」
扉が開き、小さい優しそうなお爺さんが顔を出す。
「すいません、町長のお願いを一つ聞けば家がもらえると聞いてきたんですけど」
途端にお爺さんの目つきが変わった。
しばらく三人の顔を見た後、またさっきの笑顔に戻り
「そうでしたか。さあ、どうぞ中へ」
「「「お邪魔しま〜す」」」
一番に俺が中に入る。
「ただし」
突然大きな音をたてて扉が閉まった。
「この子だけだ」
二人は外に取り残され、俺だけが家の中に。
「ちょっとどうゆう事よ! ユキトを返しなさい!」
「大丈夫ですかユキトさん! 返事をしてください!」
外の二人が扉を叩きながらそんな事を叫ぶ。
「安心しなさい。一晩この子を借りるだけだ。君達のために宿屋を予約してある。そこでくつろぐといい」
どうゆうつもりだこのジジイ。
急いでこの場から逃げるか? でも扉はジジイで塞がれてるし、何より今逃げたとこで俺達に帰る家は無い。
ここは様子を見るか。
「おいミエラにレイク! 心配するな! たった一晩ならたぶん大丈夫だと思う! だからお前達は宿で休んでろ!」
「心配するななんて無理に決まってるでしょ! 大事な仲間が殺されたらどうすんのよ!」
「そうですよユキトさん! 今助けます!」
……
「あ、そうそう。今回予約したのは一番クラスの高い部屋でな、勿論ルームサービスもし放題だ。ちなみにそこの宿の料理は領主様もわざわざ食べに来るほど絶品」
「頑張りなさいよ!」
「頑張ってください!」
そう言って二人は足早に家を去っていった。
一瞬でもあいつらに感動した俺が恥ずかしい。
「邪魔者はいなくなったな。じゃあついて来ておくれ」
町長の後ろをついていくと扉が一つ。
そこを開けると、10畳くらいの広さの部屋に大きなL字ソファーと四角いテーブルが。
隣にはキッチンがありカウンター越しにリビングと繋がっている。
「ここがリビングであっちがキッチン。そこの扉を出ると廊下があって、右にはトイレとお風呂が、左には二階への階段がある。まあ、座ってくれ」
言われた通りにする。
「あの、お願いって何ですか?」
とりあえず一番の疑問を聞いてみた。
町長はしばらく黙ったまま遠くを見つめていたが、大きく深呼吸をし、話し始めた。
「君に一晩だけ息子になってほしいんだ」
「……はい?」
思わず聞き返してしまった。
「私はずっと息子が欲しかったんだけど息子どころか娘すらできなくてね。妻が死に一人になった今、この広過ぎるこの家を売ろうと考えたんだが、ただ売るだけではつまらない。だったら願いをかなえてみようと思ったわけだよ」
そのくらいならいいか。
俺が想像していたお願いよりかははるかにマシだ。
「それならいいですよ。ユキトって言います」
途端に顔が明るくなる。
「そうか! じゃあ早速!」
どこからともなく桶とタオルを出す。
「ユキト! 風呂に入るぞ!」
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「はあ〜」
お湯につかると無意識に声が出てしまう。これは誰でも一緒だ。
こっちの世界に来てからはシャワーしか浴びてなかったからかすごく気持ちいい。
「ユキト! しっかり肩まで浸かって100数えるんだぞ!」
このジジイは少々年齢設定を勘違いしているようだが今は触れないでおこう。
にしても露天風呂とはなあ、さすが町長の家だな。
夜空に見える星が綺麗だ。
「ユキト〜背中を擦ってくれ〜!」
まあ、息子なんだしな。そのくらいはするか。
「は〜い」
湯船から出て、石鹸を染み込ませたスポンジで背中を擦る。
「ユキト〜父さんの背中は広いだろ〜?」
正直、俺の背中どころか下手したらミエラよりも小さいが今は黙っておこう。
「凄く広いね〜憧れちゃうよ」
「はっはっはっ! ユキトも直こうなるさ! なんたって父さんの子だからな!」
まあ、他人だけどな。
「ユキト! 父さんはもう上がるからお前も早く上がって来いよ!」
「は〜い」
湯船に浸かりながら適当に答える。
いちいち呼ぶときに名前を付けるあたりとかウザいけど、仕方ないよな。ずっと欲しかった息子がこんな形とは言え手に入ったんだから。そりゃテンションも高くなる。
少しは我慢しよう。家のためにも。
しばらくして脱衣所に入ると、俺の服があった場所にはなぜか動物の刺繍がされた子供向けパジャマが。
これを着ろと? いやいやいや明らかに子供用だろ?! 17にもなってこれは流石に着たくないぞ! そもそもこれ入るの?
なぜかサイズはピッタリだった。
家のためだ。我慢。
どうにか羞恥心を捨てリビングに入るとそこにはさっきまであったソファーとテーブルは無く、かわりにちゃぶ台と座布団があり、ちゃぶ台にはパンとステーキにスープが用意されていた。
「ユキト! 遅いぞ!」
なんでちゃぶ台に座布団なの?! てかそこまで頑張ったなら料理もどうにかしろよ! ちゃぶ台に洋食はおかしいだろ! あとなんでさっきまで優しかったのに急に頑固親父なの?!
「ユキト! 突っ立ってないで早く座らんか! 飯が冷めるだろ!」
これはこれでウザいな。だが家のためだ。我慢我慢。
座布団に座りご飯を食べる。
何が良くてちゃぶ台でステーキ食べるんだよ……ってか美味い!
先に食べ終えた町長がこんなことを聞いて来た。
「ユキト、お前の夢はなんだ」
急にどうした。
そもそもなんで知り合ったばかりのやつに夢を語らなきゃならないんだよ。
ここは無いって事にしとくか。
「特に無いかな」
「バッキャロォォォ!!!」
ちゃぶ台が宙を舞う。
「熱い!! スープが熱い!!」
必死に俺は床を転げ回る。
が、そんなの目には入ってないみたいだ。
「俺の息子のくせに夢がねえってのはどうゆう事だあ!!」
他人だろ!!
「もういい! 俺は先に寝室に行ってベッドを用意する! お前も早く来いよ!」
そう言って二階へ上がっていく村長の背中めがけてナイフを投げようとする右手を左手で必死に抑えた。
あのジジイ……家のためだ……我慢しろ俺……
初めて生まれた殺人衝動を必死に抑え二階への階段を上る。
すると扉が二つあり、片方には『こっちだよ!』と書かれた紙が貼られていら。
あいつキャラブレ過ぎだろ。
「父さムゴッ?!」
貼り紙のある扉を開くと突然顔に何かが当たる。
「ユキト一回死んだ! ライフあと二個だからな!」
顔に付いたものを取ってみると白い枕だった。
バカってのは寝る前に枕投げをしたがるのか? そもそも枕投げは修学旅行の夜に友達とするものであって、親子でするものじゃないだろ。
「父さん、悪いけど今日は疲れたんだよ。だからもうムゴッ!」
またも枕が俺の顔にヒットする。
「はいユキト二回死んだ! 早く反撃しないと残りライフは一個だぞ! まあ、反撃したところでマクラバスターの異名を持つこのパパには当てられんだろうがなっ!!」
枕を破壊してどうすんだよ……クソジジイ……ダメだ……家のためだ……我慢我慢がま
「バスッ」
部屋中に枕が当たって生じた鈍い音が響く。
「はいユキト三回死んだ! ゲームオーバー! あれ? ユキト鼻血出てるぞ? ハッ! もしかしてパパと一緒に寝る事を想像したのか?! 残念だがベッドは2つだ! まあどうしてもって言うなら? 考えなくはなくなくなくないが?」
町長が体をくねくね動かしながら俺にそんな事を言う。
我慢の限界だ。
「なあ親父……」
「親父とはなんだ! パパりんとお呼びなさ……」
町長は空気を察知したらしい。
顔が引きつっている。
「反抗期って……知ってるか?」
その夜、俺はフカフカのベッドでぐっすり眠った。