いつもと同じく進展無し
その恋文は、心を何処かに置いてきてしまった人が自分の思いを綴った束の様だった。
「やっぱり モンブランも...」
一人ケーキ屋で悩む男と云うのは、顔が良ければ可愛いなんて思われるかも知れないけれど、僕みたいな奴がやる事ではない。
そんな事は分かってはいるのだが、このケーキ選びが僕の恋路に少なからず影響を与えるのだから、最善を尽くしたいと思うのは当然だろう。
そして
「ショートケーキとチョコレートケーキを一つずつ。」
結局いつも通りの二つを選んだのだった。
ノックをして横開きのドアを開ける。
「私はショートケーキね」
コンピューター機器に埋もれた彼女が、キーボードを叩きながら言う。
「はーい」
返事を返しながら冷蔵庫にケーキの入った箱を仕舞い、もう一度彼女に目をやる。冷房が効いた部屋に白い肌の彼女は、季節外れの雪女みたいだなぁと考えながらお湯を沸かす。
その間に部屋の隅の小さなテーブルの片付けをしてお皿とフォークを並べる。
お湯が沸いたらインスタントの珈琲を淹れて冷蔵庫に仕舞っておいたケーキの箱を取り出しお皿の上に取り出す。
「美織さん珈琲が冷めちゃいますよ。」
「まぁこの位進めれば...」
ブツブツと呟きながら名残惜しそうに立ち上がり、ガサゴソとコードの海を掻き分けてテーブルの前まで来るとむしゃむしゃとケーキを食べ出した。
相変わらずの変人振りに安心しながら僕もケーキを口に運んだ。
秋守 美織と云えばプログラマーの世界では有名人の部類に入ると思う。彼女のしている事にそんなに詳しくない僕は、その凄さについてはあまり頓着ないが、以前見掛けた雑誌にはデカデカと天才と銘打ってあった。
目の前の彼女は、ボサボサの髪にくたくたのシャツを着ているけれど
「美織さん何日帰ってないんですか。」
「3日くらい。」
ソファに腰を落ち着け珈琲を飲みながら答えた彼女は、何故か誇らしげだった。
「今日は帰りましょうね。」
返事が帰ってこない、また何か考え事をしてるんだろう。と僕は珈琲のおかわりを淹れた。