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俺の想いは。

 「白咲。悪いけど明日のPTAのスピーチ、頼まれてくれるか?」

「白咲さん、実は進路のことで相談があるんだけれど……」

「お昼をご一緒してもよろしいですか、白咲様!」


 今日も学園では文武両道の生徒会長・白咲雪花の下に、学年問わず、教師までもが彼女の手腕を頼りにやってくる。そんな彼らを、我らが白咲は自慢の右ストレートで一発KO……なんて野暮な真似はしない。


「ご機嫌麗しゅう、皆々様」


 ……などとスカートの端を摘んで軽くお辞儀をして見せた後、軽やかな笑みを頬に浮かべながら彼らの悩みを次々と解決していくのだった。外面が良い、なんて言葉が霞んでしまうほど、彼らの前で彼女は超一流どころのお嬢様を演じていなければならない。それもそのはず、白咲は『財閥』だの『本家』などがさらりと出てくるほどの家系の少女だった。


「それでは皆々様、御免遊ばせ?」


 そして本日『白咲当番』を任された俺は、頬肉を引き攣らせながら生徒会室を訪れた彼らに深々とお辞儀をして見せた。一応にして彼らから集められる、期待と羨望、尊敬の眼差し……それは以前まで、俺が白咲に向けていた視線と同じものだった。彼らが満足げに帰っていく後ろ姿を見ながら、俺は心の中で深くため息をついた。


 彼らにとって、外側から見た白咲雪花は凛々しくて、可愛くて、かっこよくて、頭も良い超完璧なお嬢様……。だけどそんな彼女だって、内側から覗きこむと様々な悩みや葛藤、不安を抱えていた。そして俺はつい先日、そんな彼女の内面に触れてしまったのだ。







「アァ疲れたァ!」


 生徒会室から人がいなくなると、俺は思い切り体を伸ばして机に倒れこんだ。あけっぴろげに股を開いていた俺を、副会長の雅樹が目ざとく見つけて定規で太ももを引っ叩いた。


「女の子がそんなはしたない格好しない!」

「うるせえなァ。家じゃいつもこんな感じじゃねーかよ」

「あら? ここは家なのかしら?」

「疲れたんだよ……彼奴ら、ひっきりなしに相談に来やがって……。全く、白咲をなんだと思ってるんだよ。白咲の体は一つしかねーっつーの!」

「最近は三つくらいあるけれどね……だけどそんな姿見られたら、皆が失望しちゃうでしょう?」

「だったら本人がやれば良いじゃん……つーか今日、白咲は?」

「お姉様は今日、ちょっとご用があって出かけてるわ」


 雅樹はそう言って静まり返った生徒会室の窓の鍵を確認し、カーテンを閉めて行った。テキパキと戸締りをしていくもう一人の『姉』の背中を、俺は机でダラけたままじっと見つめた。

 あれ以来、雅樹にどう財閥のことを切り出したものか迷っていたが……俺は意を決して乾いた唇を舐め、口を開いた。


「用って……『本家』のことか?」

「!」


 俺の言葉に、雅樹は窓を閉める手を止め驚いて振り返った。俺が『本家』のことを知っているとは、夢にも思ってもいなかったのだろう。


「どうしてそのことを……」

「聞いたんだ。白咲本人から」


 固まったまま顔を歪める雅樹に、俺は静かに呟いた。雅樹はじっと押し黙ったままだった。二人きりになった生徒会室に、しばらく沈黙がオーケストラのように鳴り響いた。


「……『本家』って」

「お姉様は、白咲家の後継になる方なの。だからお外では決して失敗は許されない」


 沈黙に耐えかね俺が何か質問する前に、雅樹がそれを遮って俺の方を見ないまま矢継ぎ早にそう答えた。あまり聞かれたくないことなのだろう。家庭の事情なんて、誰だって詮索はされたくないに違いない。


「だから……だからせめて私といる時だけは、お姉様には肩の力を抜いていて欲しいなって……」


 雅樹はそういうと、目を伏せて再び押し黙った。白咲には白咲の葛藤があるように、雅樹には雅樹の葛藤があるのだろう。考えてみれば、こいつが『男』のままだったら、後継になるのは雅樹だったのかもしれない。俺の知らない時間の中で、『彼』と『彼女』の間に何があったのか、ここで問いただすのはあまりに無神経すぎるだろうか? 俺は結局雅樹に声をかけられずに、傷だらけの机の上に視線を落とした。



 『失敗』……そもそも失敗ってなんなのだろう? 他人の期待に応え続けることが、成功なのか? 自分の素を出せずに、本当の笑顔を押し殺していることは、失敗じゃないんだろうか? 


 ……外側から見れば、彼女は決して失敗はしていない。だけど、内側を知ってしまった以上……。少なくとも今日生徒会室を訪れた相談者のように、以前と同じ見方で彼女を見ることが、今の俺にはできなかった。




 俺は机から立ち上がって雅樹に近づいた。雅樹はまだ顔を伏せたまま、何か考え込むようにじっと床の一点を見つめていた。


「なあ……雅樹はどう思ってんだよ? 白咲、もう結婚相手もいるって……」

「それは……だって、仕方な」

「仕方ないってなんだよ? 白咲が俺とデートする時はあんなに反対してただろ? 俺とだったらダメで、『本家』が決めたことなら良いのか?」


 近づいてくる俺を、雅樹が睨み返した。

「だったらどうしろって言うのよ!」

「連れてけよ。俺を、白咲のとこに」


 ……とにかく今は、『本家』だの『失敗』だのとごちゃごちゃ考えても仕方がない。今優先すべきなのは、白咲だ。目と鼻がくっつきそうな距離で、雅樹が眉を釣り上げるのが見えた。


「アンタ、何言ってんの? 相手がどれだけの権力者で、違う存在なのか分かってるの?」

「関係ねえよ。あんな話聞かされて、このまま黙って指咥えて卒業まで待ってられるかよ」

「あのねえ、白咲家の取り決めも、お姉様の将来も、アンタが行ったところでどうにかできるような話じゃないのよ……」

「だからってここで動かなかったら、結局何も変わらねえぞ」

 怒りを通り越して呆れ果てる雅樹に、俺は真顔で答えた。



 別に白咲が本当はどう思ってるのかとか、真意を確かめた訳じゃない。だけどあの時、俺は声にならない彼女の声を、聞いてしまったような気がする。


 助けて、と。


 ……もしそれが勘違いでも、俺が助けようと手を伸ばさない理由にはならない。それならそれで、笑って手を跳ね除けてくれれば済む話だ。雅樹の言うように、結果的に助けられなかったとしても、助けようと『しない』理由にはならない。


 それに、もし俺の正体がなんであったとしても、今の俺は……。


「一体どうする気……?」


 雅樹が珍しく、怖気付いたように俺から一歩後ずさりした。風に揺れるカーテンの向こうから夕日が心配そうに部屋の中を覗き込み、俺達の顔を一瞬眩しく照らした。俺は腰に手を当て、じっと雅樹の目を見据えた。


「任せろ。今の俺はどっからどう見ても、『白咲雪花』そのものだ」

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