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俺の自由は。

 「ぎゃああああ!」

「大人しくしろッ!」


 朝九時半。本当ならもう二人とも学校に行ってなきゃいけない時間だったが、俺と白咲はまだ彼女の部屋の中にいた。憧れの美少女に手を引っ張られて部屋に連れ込まれた俺に、次の瞬間彼女はどこからともなく縄を取り出した。女の子みたいな悲鳴をあげて慌てて逃げようとする俺を、彼女は華奢な見た目とは裏腹な剛力であっという間に組み伏せた。


「観念しろ! 私の偽者!!」

「はぁはぁ……や、やめて……!」

「ちょ……ッ!? 私の声で変な声出すな!」

「ぐあ!」


 白咲の容赦ない拳骨が俺の右頬を襲う。女の子にグーで殴られた……あまりの衝撃に、俺は思いっきり舌を噛んだ。口の中に広がる鉄の味に、改めてこの珍現象が夢ではないことを思い知らされる。抵抗虚しく、一瞬で俺はお縄になった。

「さあ説明してもらうわよ! 貴女は誰!? 目的は何なの!?」

 厳しい口調で責め立てる高嶺の花の生徒会長に、俺は涙を滲ませながら今朝の出来事を語り始めた……。






「……フゥン。なるほどね。黒田誠一郎君。それで、君は私と体が入れ替わったと勘違いしちゃったワケ?」


 一通り説明を聞き終わった白咲は、椅子の背もたれに顎を乗せくるくる回りながら呟いた。俺は少し驚いて口をポカンと開けた。

「……信じてくれるのか?」

「信じるというか……こうして現実に起きちゃった非常事態から、常識や定説と言った色眼鏡で目を逸らしたって仕方ないでしょう」

 彼女はことも無げにあっさりそう答えた。


 意外なことに、彼女は俺が何故か出現した二体目の白咲の中に入っていることをすんなり受け入れてくれたらしい。やはり頭が良いのか、柔軟な思考とそれを受け入れる度量も持ち合わせているようだ。ホッとしつつも、未だ不安を拭きれない俺は身動きの取れないまま捲し立てた。


「でも……昨日まで俺は男子高校生だったワケだぜ? 勘違いっつーか、入れ替わる以外に何があるっていうんだ?」

「本当に入れ替わったんなら、貴女は私の部屋で目覚めるはずでしょ。でも君は目が覚めたら自分の部屋だったんだから、体が入れ替わったワケじゃない」

「あ……」

 彼女はハンドミラーの前で髪を梳きながら、さらりと述べた。その小さい鏡に映る自分の……いやもう一人の白咲の間抜けな表情を見つめていると、オリジナルが俺の方を振り返って不敵な笑みを浮かべた。


「……これは、チャンスだわ」

「え?」


 なおも口を大きく開ける俺の顎に、彼女はその細長い腕でそっと手を添えるとぐっと口を閉じさせた。唐突なスキンシップに、俺の……いや彼女の心臓が跳ね上がる。

「間抜けな顔しないで、『雪花』」

「ファ……ファに……?」

 白咲の顔が、おでことおでこがひっつきそうなくらい近づいてきた。その息遣いが俺の……いや……いやもういいや、『俺』の唇を撫で、その透き通った瞳に思わず吸い込まれそうになった。


「私の考えてることが分かる? 『雪花』?」

「ファ……ファかりません……」

 顎を押し付けられたまま、俺は必死に言葉を紡いだ。俺はまじまじと白咲雪花を見つめた。


 俺が遠目から見ていた彼女の印象は、文武両道・才色兼備のお嬢様といった感じだった。だがこうして実際に近づいて話してみると、予想外なほどに彼女は快活で、さらに遠くからでは気づけなかった妖艶な美しさを放っている。彼女のことは一年前から大好きで見つめていたはずだが、少なくともこんな笑い方をするとは、俺は今の今まで知らなかった。何故か背筋にゾクゾクくるものを感じながら、俺はさらに胸を高鳴らせた。


「フゥン……感覚や思考は共有してないみたいね」

 昆虫でも観察するような目で、オリジナルが俺をジロジロ眺めた。やがて彼女はとても嬉しそうに笑った。

「これはきっと……神様の贈り物なんだわ!」

「ファ……?」

「だってそうでしょう? もう一人の自分が現れるなんてギャグみたいな珍現象、これはもう、『扱き使え』とそういうことに違いないわ」

「ファんだって!?」


 俺は目を丸くした。彼女は逆に、目を細めた。

「貴女も考えたことない? 授業や部活で疲れた時に……『もう一人自分がいれば、かわりばんこに休んだり一度に二つのことができるのに』……って」

「ファー……」


 ……確かに。辛い時に肩代わりしてくれる、もう一人の自分。一度は誰もが妄想することかもしれない。白咲は戸惑う俺の目を捉えてニンマリと微笑んだ。


「黒田誠一郎君。もちろん私達もずっとこのままではいられない。必ず元に戻す方法を探すわ。でも正直言って、『どんな原因でこうなったのか』が分からない内は、『元に戻す方法』を知るのは難しいわ。そうね……正味一年くらいかかるかしら」

「ゲホ……ゴホッ……い、一年!?」


 ようやく顎を解放された俺は、咳き込みながら彼女に問いただした。

「そう。私、今ちょうど受験生なの……分かるでしょ。勉強との両立は簡単じゃないわ。この一年、貴女は私のスペアとして生活してもらう……そうすればその間に、私は効率良く勉強ができる……」

「ちょっと待ってくれ! 俺だって受験生なんだけど……」

「そんなの、私が教えてあげるわよ」

「え……マジで!?」

 俺は思わず飛び上がった。何という棚からぼた餅だ。あの白咲雪花と一緒に勉強ができるなんて、やはり今日の俺は、最高にツイてるのかもしれない。内側で心臓を高鳴らせる俺を知ってか知らずか、白咲は何でもなさそうに肩をすくめた。


「それにその姿のままじゃ、貴女家にも帰れないでしょ? 親に何て説明するの?」

「そ、それは……」

「現実世界で突然体が女の子になったなんて、『自分』というものを剥奪されてるのと同じ。自分で自分を証明できないなんて、貴女は今、社会的に非常に弱い立場にあるのよ」


 彼女が潤った瞳でじっと俺を見つめた。一方俺はというと、目の前の女子と全く同じ容姿をしていながら、しどろもどろに目を泳がすことしかできなかった。……確かに。漫画や映画じゃあるまいし、突然体が女の子になったなんて、両親や妹に何て説明すれば良いんだろう? 


「私だって、自分の格好した別の誰かが勝手に街を彷徨いてたら、そりゃゾッとしないわ」

「…………」

「協力してあげる、『雪花』。貴女は今日から、『もう一人の私』としてここで一緒に生きていきなさい」

「…………!」

 そう言って白咲は右手を差し出した。……なんだかとても、とても向こうの都合の良いように丸め込まれてしまった気がする。釈然としないが、今の俺に選択肢はなかった。とにかく彼女の協力なくしては、俺は碌に外にも出られなくなってしまう。


 ……と思い込まされ、俺はその時、まんまと彼女の右手を握り返してしまった。


「白咲……その、ありがとう……。俺、正直どうして良いか分かんなくなってた……」

「フフ……安心して、『雪花』」

 肩に手を回し俺を抱き寄せながら、白咲はそっと耳元で囁いた。彼女の手はどこまでも暖かく、俺はまるで救いの神に出会ったかのように、夢見心地のままぼうっと彼女に身を預けていた。


「……『私』には、『私』がついてる」



 ……今思えば、それが悪夢の始まりだった。


 その日から俺は、憧れだった少女・白咲雪花……いや、白咲『様』の分身として、文字通り扱き使われることになったのである。

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