表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

夢の最後は。

 「お兄ちゃん! お兄ちゃんってば!」

「うぅん……」


 朝。

 妹の琴音が、いつまで経っても起きようとしない俺を見かねて、体を揺さぶってきた。未だ夢の中を彷徨っていた意識が、一気に現実へと引き戻される。ぼやけた視界が琴音のしかめっ面を捉えた。


「早く起きてよね!」

「うぅん……」


 妹に急かされ、俺は妙に重たくなった体を持ち上げた。昨日と変わらない街の中で、昨日と変わらず同じ部屋の中で目を覚ます。ぼんやりとしたまま下の階まで体を引きずって歩き、俺は洗面台の鏡を覗き込んだ。そこに写っていたのは、昨日と変わらない『俺』の顔……、冴えない男子高校生、黒田誠一郎の眠そうな顔が写っていた。


「早く食べないと、学校遅れちゃうよ!」


 まだ夢見心地でリビングの入り口に突っ立っていると、制服に着替えた琴音が食パンにイチゴのジャムを塗りたくりながら俺に鋭く声をかけた。朝っぱらから元気な奴だ。俺は欠伸を一つ、のろのろと朝食の用意されたテーブルに腰掛けた。


「まだ寝ぼけてるの? 夜更かししすぎじゃない?」

「ん……」


 そう妹にからかわれても、反論する気にも慣れなかった。何だかとても長い、奇妙な夢を見ていた気がする。

「奇妙って、どんな?」

 夢の話をすると、珍しく妹が食いついてきた。俺はもう一度欠伸をかました。

「それが……起きたらすっかり忘れてるんだよな。思い出せるのは、目を覚ます直前くらい……」「分かった。白咲様の夢でしょう?」

「な……!?」


 何でその名前が出てくる。密かに想っている相手の名前を出して、ニヤニヤと笑みを浮かべる妹に俺は舌を噛みそうになった。


「最後、どうなったの?」

「へ?」

「夢の最後、どうやって目を覚ましたの?」

「そ……そりゃ……」

「?」


 慌てて食パンをそのまま喉に突っ込む俺を、琴音が不思議そうな顔で眺めていた。





  「行ってきます」


 なおも追求しようとする妹の視線を避けるように、俺は急いで準備を済ませて家を飛び出した。肌を突き刺す冷たい朝の空気が、吐く息も白く染め上げる。足早に坂道を駆け上りながら、俺は再度欠伸を噛み殺した。


 それにしても、本当に奇妙な夢だった。詳しい内容は全く思い出せないのに、そんな変な感覚だけが胸の中で渦巻いている。妹には黙っていたが、最後夢に出てきたのは片想い中の相手、隣の女子高に通う生徒会長・白咲雪花に違いなかった。


 俺は頭を掻きむしった。夢にまで見るなんて、何だかくすぐったくて素直に口に出せなかった。せっかく夢に出てきてくれたのに、全部を思い出せないのがもったいない気がする。点滅する横断歩道を駆け足で渡りながら、俺は何とか記憶を手繰り寄せた。一体どんな夢だっただろう? 好きな人に夢中になると、その人のことしか見えなくなるというが……むしろ他の全員も、白咲に見えてしまうような……。何だか自分が、自分で無くなってしまったような……。そして夢の最後、俺は白咲と……。


「きゃっ!?」

「!」


 突然、曲がり角に人影が現れて俺は避けきれず尻餅をついた。ぶつかった相手も地面に倒れ込み、ひび割れたアスファルトの上にカバンの中身が散らばった。ぼんやりしていたせいか、完全に前が見えていなかった。俺は慌てて起き上がると、倒れこむ相手に手を差し出した。


「ご、ごめん……大丈夫?」

「!」


 『彼』は驚いたように俺の顔を見上げた。


「く……黒田君……!」

「え? 何で俺の名前を……?」


 ウチのじゃない、違う制服の学生に名前を呼ばれ、俺はぽかんと口を開けた。別の学校にまで名前が知れ渡るほど、そんなに俺は有名人だっただろうか。よく見れば、こいつ男なのにセーラー服を着込んでいやがる。なんて趣味だ。朝っぱらから妙な奴と『ごっつんこ』してしまったと、俺は内心後悔した。一体どんな顔をしているんだろうと、俺はそいつの顔を覗き込んだ。


「ん? アンタ……どっかで見たことあるような……?」

「黒田君……私……!」


 困ったように頬を染めるその顔に、俺は何だか見覚えがあった。いつも洗面台の鏡の前で会う、冴えないあの顔だ。俺はピタリと差し出した手を止めた。


「お……お前……一体……!?」

「私……その……朝、起きたら……!」

「もしかして……し……白咲……!?」


 俺は今朝見た夢を思い出して、思わずその名前を口にしていた。


 いつも鏡で見る冴えない青年が、近づいた俺の瞳に映る自分の顔を覗き込んだ。やがてみるみるうちに泣き出しそうになりながら、『彼』はゆっくりと頷いた。



「私の体は……?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ