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俺の抱擁は。

 当の本人は、意外とあっさり見つかった。

 白咲財閥の豪邸……白咲本家の前に、人だかりができている。緩やかな坂道の上から家の前の門を見下ろすと、お姫様のような煌びやかなドレスに包まれた、たくさんの白咲達に囲まれている制服姿の白咲が一人見えた。放課後教室を出た『量産型白咲』達は、この時間は毎日全員で生徒会室に集まってすし詰め状態になっているから、あの制服姿は今朝逸れた白咲に違いない。俺は急いで銀杏の香る坂道を駆け下りた。


「白咲!」

「!」


 俺の言葉に、全員が一斉に振り返った。そりゃそうだ。人だかりの輪の外側にいた白いドレスを纏った白咲達が俺をジロジロと眺めた。

「あ……すいません、間違えました。ちょっと通してください……」

 白咲の間をかき分けて行き、制服姿の白咲オリジナルの元に俺はそっと近づいた。俺がそばまでたどり着くと、制服姿の白咲が怪訝な顔をして囁いた。


「何よ?」

「こんなとこにいたのか……何してるんだ?」

「こいつらが、家の中に入れてくれないのよ!」

 白咲オリジナルが、毒々しい目で大勢の白咲達をにらんだ。一触即発の空気にも動じることなく、白咲達が優雅にドレスをはためかせた。


「あら」

「だって貴女は、白咲家に入るのに」

「その……ごめんなさい? つまり……」

「ふさわしくないのですわ」

「どういうことよ!」


 全方位からサラウンドで響き渡る白咲達の声が、俺の頭の中でぐるぐると駆け巡った。どうやら白咲は、ここで白咲に門前払いを食らっているらしい。白咲の大合唱が続く。


「いいから家に入れなさいよ!」

「あら」

「だって、そんな格好じゃ、ダンスパーティにも行けないじゃない?」

「きゃんきゃんと甲高い声で喚いて……野良犬じゃないんだから」

「もう少し落ち着いてくれないと。格式高い場所には、ねえ?」

「ふさわしくないのですわ」

「うるさいわね! 後から私になったくせに!」


 一番近くにいた白咲が、白咲に噛み付いた。


「いい加減にして! なんで私の家に入るのに、私に邪魔されなくちゃならないの!? ……そうやって着飾って、取り繕って誤魔化して……『そんな』姿を私に見せて、どうしたいわけ!? はっきり言って嫌いなのよ、アンタ達なんか!」

「あら」

「奇遇ですわね、私も……私達も」

「貴女のことは、好きになれなかったんですよ」

「!」


 ……だがこれでは、多勢に無勢である。ジリジリと詰め寄ってきた白咲達に、俺達は思わず身を竦ませた。


「自分を隠して……みんなにはいい顔するくせに」

「わがままで。怠惰で。強欲で。あとは、ええと……」

「とにかく、罪深い」

「すぐ暴力に訴えるし、ガサツだし」

「思いやりってものがないのかしら?」

「だから普段、隠してるんでしょう?」

「ふさわしくないのですわ」

「ねえ黒田君? 貴女もそう思いませんこと?」

「お……俺!?」


 突然俺の方に一斉に視線を向けられ、俺はたじろいだ。たじろいだ先にも白咲がいて、俺は逃げ場を失った。徐々に間隔を詰められて、気がつけば周りは白咲だらけになってしまった。俺の一番近くにいる白咲だけが、一人笑っていなかった。


「な……何で俺のことを……」

「黒田君。貴女が好きになったのは」

「『私』でしょう?」

「そこの私じゃなくて」

「おしとやかで、気立てが良くて」

「生徒会長として、みんなから尊敬を集めてて」

「財閥の令嬢で」

「美しい私」

「高嶺の花の私」

「可愛げのある私」

「ふさわしい私」

「お……俺は……」


 俺の視線は優しい微笑みを浮かべる白咲達と、一人表情をなくした白咲の間を何度も行き来した。


「ねえ」

「だからそんな弱い私なんか放っといて」

「嫌いな私なんか見殺しにして」

「ダメな私なんか切り捨てて」

「ふさわしくない私なんか毛嫌いして」

「私と一緒に、ダンスを踊りましょう? ほら……」


 そう言って白咲達が、俺に手を差し出した。千手観音のように、目の前の景色いっぱいに彼女の手が埋め尽くされる。


「どうされましたの?」

「……どっちを選ぶの?」


 白咲か、それとも白咲か。

 俺はもう一度目を泳がせて、彼女達を見渡した。


「黒田君?」


 良い白咲か、悪い白咲か。美しい白咲かわがままな白咲か綺麗な白咲か、好きな白咲か、はたまた嫌いな白咲か。


「そりゃもちろん……」


 どっちを選んだって、白咲だ!



 俺は一番近くにいた、白咲オリジナルの手を握りしめた。

「ちょ……!?」

「白咲、もうこんなことやめてくれ……」

「な……何言ってんのよ! 私のせいみたいに。私がやったわけじゃないわよ、こんなこと!」

「違う。もう自分同士で傷つけ合うのは、やめてほしいんだ」


 驚いて逃げようとする白咲の手を、俺は離さなかった。


「や……あの……」

「いいじゃないかよ、嫌いな自分がいても。どっちかじゃなくても。だって、お前が言ってくれたんだろ? あの時……」

「私は……!」


 俺は公園での出来事を思い出していた。黒田家に男の俺がいたことが分かって、自分を見失ってしまった時。あの時、白咲は……。


「『俺は俺でいいんだ』って。だから俺は、女の体になった自分が偽者なんじゃないかって、いない方がいいんじゃないかって、すごく不安だったんだけど……。白咲がここにいていいって言ってくれたから、俺はここにいるんだよ!」

「…………!」


「だからお前も、お前のままでいいし、自分を偽ることがあったっていいんだって。みんながみんな同じじゃ、つまんねえよ! たとえ自分では嫌ってようが、俺はそういうお前にいてほしいんだ!」

「私……」


 俺は白咲が嫌ってる白咲を……一番近くで見てきた白咲を、ぎゅっと抱き寄せた。

「白咲……!」

「黒田……君……」


 周りの白咲達が両手を下ろし、そっと俺達を包み込んだ。


「その…………」

「…………」

「…………」


 白咲が耳元で、俺だけに聞こえる声で囁いた。そして俺達はそのまま、これ以上ないくらいに近づいて……。

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