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俺の理性は。

 「な……な……!?」


 目の前に広がる光景に、俺は言葉を失った。教室で席に着き、真面目に授業を受けているクラスメイト達。その全員が、白咲そのものになっていた。一緒にお昼ご飯を食べるあの子も、昨日ノートを貸してくれたあの子も、誰もかれも白咲雪花……。それだけではない。教壇に立っているはずの教師も白咲雪花なら、授業に遅れてきた俺達二人も白咲雪花。俺の隣にいた白咲雪花が、戸惑ったように白咲雪花達に叫んだ。


「どうなってるのよ……もう!」

「どうなってると申されましても……」

「別に特段、変わったことはございません」

「どうぞ自分の席にお座りなさいな、白咲さん」

「と言ってもどのクラスのどの席に座っても……」

「……そのどれもが、白咲さんの席なんですけどね」


 クラスにいた白咲達が、代わる代わる白咲の問いかけに答えていく。オホホホホ、と高笑いの大合唱が教室に響き渡り、俺はぞっと背筋を凍らせた。すると、白咲オリジナルが弾かれたように隣の教室まで駆けて行くと、急いでその扉を開いた。


「…………!」

「おい、どうしたんだよ……!?」


 その途端、石像のように固まってしまった白咲を追って、俺は隣の教室を覗き込んだ。その光景が飛び込んできた瞬間、俺はぽかんと口を開けた。


「おいおい……!?」

「全員……!?」


 隣のクラスでも、同じような光景が広がっていた。中にいたのは、みんな同じ顔……お馴染みの白咲雪花の顔が、所狭しと並んでこちらを眺めている。流石に気持ち悪くなってきて、俺は眉をしかめた。それから白咲はその隣のクラスにも走って行った。それからその隣も、その上の階も、職員室も、購買部も、食堂も……。どこに行っても、誰に会ってもそこにいるのは白咲雪花。学校中を走り回り、色々な教室の扉を開ける度に、俺達の顔は青ざめていった。


 吹きざらしになった連絡通路に立ち止まり、俺達は息を切らしながら途方に暮れた。


「なんなのよ……なんなのよこれは!」

「ハァ……ハァ……落ち着け、俺だって分かんねえよ」

「これが落ち着いていられるもんですか!」


 白咲が苛立ったように声を荒げた。朝っぱらから汗だくで、地べたに座り込む俺達を、目の前から歩いてきた白咲雪花達が怪訝な表情で眺め通り過ぎていく。何とも奇妙な光景だった。まるでこの学園にいる全員が、白咲雪花になってしまったかのようだ。いや、もしかしたら、学園の外だって……。


「どうしたんですか、そんなところで」

「え……」


 すると、一人の白咲雪花が見かねたように俺達に声をかけてきた。声も、髪の毛も、着ている服も何もかもが本人と同じ……こうして近くで並ばれると、一体どっちが本物の白咲雪花か分からないほどだ。『白咲ゲシュタルト崩壊』とでも呼ぶべき、奇妙な感覚に襲われながら、俺は恐る恐る新たな白咲に話しかけた。


「すいません実は……朝学校に来たら、全員が白咲になちゃってて……」

「まあ……そんなことが」

「ちょっと! 何気軽に話しかけてんのよ! 危ないやつだったらどうするの!?」


 白咲オリジナルが慌てて俺の肩を掴んだ。目の前の白咲が、ちょっとムッとしたように口を尖らせた。


「そんなことありませんわ。私はこう見えても白咲家の長女、かの白咲財閥の正当なる……」

「その顔、やめて!」


 軽やかな口調で自己紹介を始めた白咲に、白咲が金切り声を上げ詰め寄った。財閥のことを軽々しく口にされ、オリジナルの逆鱗に触れたようだ。俺は慌てて二人の間に割って入り、瞬く間に白咲と白咲のサンドイッチが出来上がった。間に入ってる具材役の俺も、勿論白咲の姿だ。白咲が……区別するために白咲’(ダッシュ)と呼ぶことにしよう……白咲ダッシュが、オリジナルを嗜めるように声を低くした。


「貴方こそ、そのヒステリックな感情をお納めなさい。かの白咲雪花は、そんな乱暴な物言いはしません」

「は? アンタこそ、私の何を知ってるって言うの?」

「おい、よせよ……」


 だんだんとオリジナルの目が座ってくる。マズイ。このままでは白咲の、白咲による、白咲のための争いが巻き起こってしまう。ダッシュの立ち振る舞い、話し方はまるで貴族のパーティにでも出席しているかのようなそれで、俺はその感じに見覚えがあった。家にいる時とはまた別の、『外用』の白咲の顔……素の自分を抑え込んでいる時の白咲だ。


「白咲家の長女として、もっと気品高く振舞っては如何です? 貴女を見ていると、まるで野良犬のよう……」

「アンタこそ、いい加減人の真似ばっかして『ブって』ないで、正体現したらどう!?」

「止めろ、白咲……!」


 とうとうオリジナルとダッシュが俺を挟んで取っ組み合いを始めた。そういえば、ドッペルゲンガー同士は出会うとよくないことが起こる……なんて都市伝説もあるが、こういうことなのだろうか。だがこれは、ドッペルゲンガーどころの騒ぎではない。突然始まった喧嘩を眺めるギャラリーも、目に映る全ての人物が白咲、白咲、白咲だ。このままではきっとこの世界から、ダッシュの数が足りなくなってしまうだろう。柔らかい二人の白咲に挟まれた俺の力無い言葉に、片方は気取ったように優雅に、片方は獣のように鋭い睨みを効かせながら俺を見つめた。ダッシュがぱあっと顔を輝かせた。


「まあなんてお優しい! 貴女はまるで、私がお慕いした黒田誠一郎さんみたいな雪花ですのね!」

「は?」

「え……」

 上手く意味を飲み込めていないのは、俺もオリジナルも一緒だった。


「ええ。私常日頃から夢見ておりましたの。『誰でもいいから、この避けられない白咲の名の運命から私を連れ去ってくれるような、白馬の王子様のような方が現れないかしら』って。そうしたらなんと、黒田さんがやって来てくれたのですわ!」

「な……な……!?」

 ダッシュが饒舌に語るほど、オリジナルの顔が真っ赤に染まっていった。突然の想いの吐露に俺はどうしていいか分からず、ただただぽかんと口を開けて二人の白咲を見上げた。


「……残念なことに、容姿も性格も理想とはちょぉ、っとかけ離れておりましたけれど……。でもいいの、私を愛してくれさえすれば別に誰でも……。黒田さんこそ、私の白馬のお」

「勝手なこと言うなあああああああ!!」


 オリジナルが吠えた。渾身のストレートがダッシュの右頬に炸裂する前に、終業を告げるチャイムが鳴り、ぞろぞろと生徒達が通路に姿を現した。オリジナルがピタリと手を止めた。俺も通路の向こう側からやってくる白咲の集団に釘付けになった。まるで陶器でできた人形のように、美しく、『同じ』顔が何人も何人もこちらに迫ってくる。


「ま……マズイ……!」


 このままこの集団の波に飲まれてしまっては、きっと誰が誰だか分からなくなってしまう。いや、誰もが白咲ではあるんだが、今俺の隣にいる白咲とはぐれてしまうのは、何だかとても怖いことのように思えた。


「逃げろ!」

「ちょ……!?」


 俺はオリジナルの手を引いて、急いで集団とは逆方向に駆け出した。










 「ハァ……ハァ……!」

「……なんなのよもう、ホント意味分かんない……!」


 誰もいない公園の片隅に座り込み、オリジナルがイライラしたように頭を掻きむしった。学園から離れ、街に出た俺達を待っていたのは、さらなる絶望だった。商店街のおばちゃん風の白咲、車を運転する、サラリーマンの格好をした白咲、覚束ない足取りでヨボヨボと散歩をする白咲に、犬のように四つん這いでそれを引っ張る白咲……。怒涛の白咲ラッシュに、最早理性が追いつかない。この世界の人間、いや生命全てが白咲になってしまったかのようだった。


「まさか次は、無機物が私になるんじゃないでしょうね……?」

「はは……」


 公園のベンチや噴水が白咲になったところを想像して、俺は乾いた笑いを漏らした。かんかん照りの日差しだと言うのに、薄ら寒いものを感じてしまう。まるで悪い夢を見ているとしか思えない。一体どうすれば、この悪夢は終わるのだろうか……。


「そういえば……さっき白咲が言ってたこと……」

「え? 私、何か言った?」

「いや、学校で会った方の……。そういえば、白馬の王子様がどうのこ」

「今はそれどころじゃないわ! とにかく、一旦本家に行って見ましょう。雅樹の無事を確かめなくちゃ!」

「お、おう……そうだな」


 突然白咲は立ち上がり、俺の手を引っ張った。









「雅樹!」


 本家の門の前に人影を見つけて、白咲がホッとしたように安堵の声を上げた。ツインテールで入り口に立っていたのは、久しぶりに見る弟の雅樹に違いない。今日はもうどこもかしこも白咲なので若干見分けがつきにくいが、あのツインテールに、姉からプレゼントされた手作りのリボンは彼のトレードマークだった。俺達は顔を見合わせ、急いで彼の元に駆け寄った。


「良かった、雅樹! 心配したんだ……か、ら……」


 白咲の弾んだ声が、だんだんと小さくなっていく。やがて、俺もその異変に気がついた。いや今日はもう朝から異変だらけだったから、この程度別にどうってことないのかもしれないが、それでも俺達にとっては、今朝のどの出来事よりも衝撃的な異変だった。


 正面に立つ雅樹に、『胸』がある。

 あれだけ筋肉質だった太ももや二の腕は、まるで女の子のようにほっそりと、華奢になっている。ごつごつしていた彼の肌は柔らかそうな色白へと変貌を遂げ、その顔は、いつにも増して化粧に気合いが入っていた。


「雅樹……?」

「? いいえ? 私は、白咲雪花ですけど……」


 雅樹が、ツインテールをほどきながら俺達と同じ顔でにこやかに微笑んだ。

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