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ダノン

俺が差し出した手を男が握った。

ごつごつとした岩のような掌だ。

俺と手の大きさは、同じくらいだが厚みが違う。一体この手がこうなるまで、男は何をしてきたのであろうか?

俺が、少し思案していると、


「気になるか?」


男が、俺に向かっていきなり話しかけてきた。

俺は、初めは男の言葉が何を意味するのか、分からなかったが、少ししてから気がつく。


「うっ……」


突然、俺の手に痛みが走った。

俺の手を握る男の拳にどんどん力が入ってくる。

こいつ!?

俺は、顔をしかめながら男の顔を見るが、男はにやりと不敵な笑みを浮かべたまま、こちらをただ見ている。

しかし、俺の右手を握っている奴の右手に込められている力は普通ではない。

こちらの手を握りつぶすかのように、力が込められている。

俺も何とか力を込め、握り返そうとするが、奴の手の甲が太く、厚みがあるせいで、中々力が入りにくい。


「ぐっ……」


俺の顔が苦痛にゆがむ。

始めからこの男は、俺の握手に応じる気などなかったのだ。

この不敵に笑みを作っている顔が全てを物語っている。

てめぇ、こっちは重りの鍵を開けてくれて、そっちに本当に感謝したのによ。

それに対して、この仕打ちはふざけんな!

俺は、開いている左手で男に向かって、殴りかかった。

俺の怒りの感情がこもった拳が、唸りを上げて、男の顔面に迫る。

捉えた!

俺は握りつぶされている右手の痛みに耐えながら、その右手を打ち込んだ。

しかし、俺の拳は男の顔面まであと少しというところで、男の左手に受け止められた。

んだと!

鋼の鉄板のように厚いゴツゴツした男の左手は、しっかりと俺の拳を受け止めた。

俺の拳と男の掌がぶつかった瞬間、軽快な音が鳴り響いた。

その直後に、左手も男は握りつぶすかのように、力を込めた。


「てめぇ……」


俺は、左手も受け止められてしまったため、完全に両手をふさがれてしまった。

俺は、はげしく睨みつけるが男はどこ吹く風かという表情で、俺を見ている。

ふんっ、その涼しげな顔。

気にいらねぇぜ!

俺は、すぐに次の動作に行動を移した。

両手を塞がれても、まだ俺にはこの体を支える足もあるし、頭もある。


「おらぁ!」


吐き捨てるようにいい、俺は右足で蹴りを繰り出した。


「むっ」


男は一瞬声を出したかのように見えたが、すぐに俺の蹴りに対して、対処する。

俺を拘束していた両手を離し、後方に退いた。

俺の蹴りは残念ながら、空をきったが、おかげで両手がこれで使用出来るようになった。

まだ、男の凄まじい握力に握られていたため、痺れと圧迫感を感じるが、もはや関係なかった。頭に血が昇り、多少の痛みは感じていない。


「躊躇なく、金的か。剣闘士では考えられない行為だなだな」


男は、顎に手をやり、低くしゃがれた声でぼそりと言った。


「ふん!」


俺は、そんな男目掛けてもう一度蹴りをお見舞いした。長身から繰り出される蹴りは、男の左脇腹の部分に向かって飛んでいく。

しかし、今度は男が完全に蹴りの軌道を読んでいたので、受け止められる。俺は、接近戦で男に組まれると勝ち目はないと判断し、その受け止められた足をすぐに引っ込めた。


「警戒しているのか? 随分、慎重だな」


男が言葉を投げかけてきた。


「ふん、さっきみたいに捕まえられると、逃げ出すのに一苦労だからな。出来れば接近戦すらしないで、仕留めれれば一番いいんだが」


俺は、本心を言った。

まだまだこの男自身他に何か持っているかもしれないし、さっきの握力やらの力もある。


「まぁ、判断としては悪くないが、盛り上がりに欠ける消極的な攻め方だな」


男は、俺の戦い方に不満があるようだが、俺は気にしない。

俺にとって、勝ち方は二の次で、大事なことは勝つことだからだ。

どんなに華やかで優雅に戦ったとしても、戦いに破れては意味がない。

なので、どんな手段を使用しても勝てばいいのだ。

さっきの金的だってそうだ。

別に、俺は卑怯だなんて微塵も思っていない。

一つの攻撃方法にそれがあり、あの時にそれが一番俺の中で場面と使用状況があっていただけだ。


「何とでも言え。勝たなければ消極的も何も変わらないからな。少なくとも俺は負けるのは嫌いなんでね」


俺は、そう言い男を見据え、構える。

男もこっちを見て、構えてはいないが、男からは不気味なほどに圧力が押し寄せてくる。

嫌な嫌なこの感じ。

背中にじっとりと変な汗が浮かび、俺は自分から動こうとはしない。

隙がねぇ。

特に男は、構えは取っていないが、このどんな攻め方をしても、完璧に防がれてしまうような絶望感はなんだ。

ちぃ。


「来ないのか、来ないのならこちらから行くぞ!」


男はそう言い、ゆっくりと一歩また一歩とこちらに向けて、歩いてくる。

考えろ。

少しでも奴に対抗できる何かを。


「さて、お互い届く距離だな。では!」


男の雰囲気が変わった。

さっきまでの悠々自適な雰囲気とは異なり、今度は、電光石火のような攻めだ。

拳を振り上げ、俺に叩きつけようとする。

これは……!

目の前にいる男の存在が、何倍にも膨れ上がるかのような威圧感がびりびりと俺を刺激する。

こいつはやばい。

俺は、今まで生きてきた中で、感じたことのない恐怖に似た感情を抱き、またこの状況を何だか客観的に楽しんでいる自分がいた。

こういうときどういった顔をすればいいんだ。

俺はとっさに考えるが、浮かばなかったため、全てを悟ったかのような軽い笑みを作った。

そして、このままここにいたらまずいという感覚が俺の身体を動かした。

それは男の懐にさらに踏み出す動き。

俺は、二本足で地面を蹴り、男の懐を抱えるかのように突っ込んだ。

男は、途中から俺の動きに気がつき、振り下ろしの攻撃を変更してきたが、ときはすでに遅かった。


「ほう、自ら俺との接近戦の選択肢をするとは。何か勝算があるのか、それともただのイチかバチかの選択か」


男は、面白いといった表情で俺を見ている。

正直分からねぇ。

接近なんてしたくはなかったが、離れていても男に詰められて、どんどんと追い詰められていくだけだ。

だったらやられても接近戦、自分の得意な間合いで男と戦ってもいいなと思ってしまった。


「行くぞ!」


俺は、そのままの勢いで男を押し込み、男を壁にぶつけた。体格的には負けていないため、このくらいは可能なのだ。

そして、そのままの勢いで足をかけて、男を地面に倒そうとする。

男に立ったまま、満足に殴らせないためだ。


「むっ!」


男は、俺のこれからの動作にたいして、どうされるのかわかったらしく、すぐに対応してくる。

一体このおっさんは何なんだ!?

こっちがすることやること全部が通じる感じがしない。

俺の脳裏をそんな感情が流れたが、俺は強引に男を地面に倒そうとする。

重心をうまく利用して、相手の左右の足に掛かっている比重を予測してだ。


「ちっ、さっさと倒れやがれ!」


俺は遂には、心の声が口から出てしまっていた。


「ふん、心の声が出てしまっているではないか。戦いの最中に感情をむき出しにするのは、未熟だとは思うが、私は嫌いではないぞ」


男は全て理解しているようだった。

俺がこれから行う動きの全てが。

それでも、それでも俺に残された選択肢は。

男の重心の比重を崩し、足をかけて、俺は男を倒した。

男が地面に背中を強打し、倒れるがこうなることを予測していたらしく、うまく受け身を取れている。

俺はうまく男の上に跨がることが出来た。


「はぁはぁはぁ……」


自分の呼吸が上がっているのが分かる。

ここで焦っても無意味なので、心を落ち着かせようとするが、男のこの俺に跨がれていても、余裕綽々の表情でこちらを見ている。

まるでこの今の状況を楽しんでいるかのようだ。

今から、その余裕ぶった顔を泣きっ面にしてやる。

俺は、拳を高く振り上げた。

そして勢いよく男の顔面目掛けて振り下ろした。

直撃はしなかった。

男が、太い二の腕でうまく自分の顔を防いでいるからだ。

俺はそうなることは分かっていたので、男の太い二の腕の隙間を抜いて、腹部から胸部に渡る中間の辺りに拳を打ち込んだ。

男の身体が少しだけ一瞬浮いた。

だが、男の表情は変わらないように見える。

効いていないのか、いや直撃はしているはずだ。俺の拳にはしっかりと手応えが残っている。

ならば、このまま続けるだけよ。


「うおおおおおお!」


俺はまた、拳を打ち込んだ。

相手の二の腕の上だろうが関係なかった。

そのまま拳を打ち下ろす。

そして、隙を見て、男の防御の隙間を抜い、何度も何度も拳を打ち込む。

男の口元もさっきのにやけた表情から、少しは真面目な顔つきに変わり始めた頃だった。

俺の後頭部を激しい痛みが襲った。

な、何だ……!?

痛みに耐えながら、後ろを振り向くと興行師の男が鈍器のようなもので俺をどうやら叩いたようだ。地面には、俺の頭を叩いて割れた鈍器の破片の一部が転がっている。

ちくしょ……。

俺がそう思い、男に視線を戻したときに、俺の体勢が崩れた。

男が力を振り絞って、起き上がってきたのだ。


「ちぃ!」


俺は体勢を崩し、そのまま地面に押し倒された。

気が付いたときには、今度は男が俺に跨っていた。

今度は、俺の番だ。

きっと男はそう言うに決まっている。

男の顔がそう言い放っていた。

俺の攻撃は見た感じ、男にあまり効いていないようだった。


「ふん、興行師め。いらん事をして」


男はそう言い、興行師のほうを睨んでいる。


「おい、てめぇの相手はこの俺だ。よそ見するんじゃねぇ」


俺はそう言い、興行師のほうを見ている男を挑発した。

男は、俺の声を聞き、すぐに視線を俺に戻した。


「ほぅ、このような状況でもまだそんなことを吠えるか。お前は馬鹿なのか、それとも大馬鹿なのかどっちだ?」


男が俺に聞いてくる。


「そんなことも知らないのか? だったらその自慢の拳で聞いてみろよ。少しは分かるかもしれないぞ、へへっ」


俺はそう言い、笑った。


「ふん、拳で聞かなくてどっちか分かったわ。どうやらお前は後者の大馬鹿野郎のようだ。ふん、言われなくても打ち込んでやるわ!」


男の拳が、俺に振り下ろされた。

俺はすかさず、防御体勢をとる。

男の拳が俺の腕に直撃した。


「ぐああ!?」


重たい金属で殴られたかのような錯覚が俺を襲った。それだけ男の拳は硬く、重い。


「ふんっ、一発目で音を上げてどうする。まだまだこれからだぞ」


男は、続けざまにもう一発、もう一発と打ち込んできた。

その度に激痛が、俺の二の腕を通じて襲ってくる。

くそ……これ以上もらったら。

俺の二の腕は骨折はしていないもののどす黒く腫れ上がり、打撲と内出血がところどころに見られた。

やがて腕の感触がなくなってきて、腕さえ上げることが出来なくなった。


「ふん、遂に腕さえ上がらなくなったか」


男が攻撃の手を緩めて言った。


「効かねぇんだよ、そんなへなちょこなんてよ」


俺は変わらず、減らず口を叩く。

どんな危機的状況になってもこれだけは変わることがない。


「ほう、まだ減らず口を叩けるとはな。全くこの状況で呆れるわ」


男は、やれやれといった体で首を左右に振り、呆れている。

男がそう言うと拳を高く振り上げた。


「ならばそのへなちょこと言われた一撃をお見舞してやるとするか」


そう言うな否や、男は拳を俺の顔面に打ち付けてきた。

拳は、右頬の方に当たり、俺の身体はその場で一瞬跳ね上がった。

口の中からは血の味がし、右頬には激痛が走っている。

そして、もう一発今度は左頬に男の拳は打ち込まれた。

意識が一瞬飛びそうになる。

いや、男の拳の威力に持って行かれそうになっているのだ。


「どうだ。少しは効いたか? 苦しそうだが」


男は、俺を見下ろしながら聞いてきた。


「はんっ、効かねぇなぁ……今、ようやく目が冷めたところだ」


俺は、ここでも減らず口を叩いた。

男の表情が少し変わる。


「ほぅ、そうか。だったらその減らず口ができなくなるまで、打ち込んでやるわ!」


男は叫び、俺の顔面を殴り始めた。

初めはきちんとした場所を殴っていたのだが、途中からはその細やかさが無くなり、顔面をただ殴っているだけになった。

何発殴られただろうか。

俺は、うっすらとかろうじてある意識で男をただ見つめていた。

もう身体を動かす気力も体力もない。


「これくらいにしておいてやる。流石にもう減らず口は叩けないだろう」


男はそう言い、俺から跨るのを止めた。

しかし、俺は未だに聞き取れないくらい小さな声で唱えている。

効かねぇなぁ、効かねぇなぁと。

残念ながら、この声は男には聞こえていないようだった。

身体が鉛のように重かった。

怪我をしているようだが、あまり痛みの感覚がない。


「やりすぎですぜ、ダノンの旦那。あれじゃ、商品として成立しなくなる」


興行師の男が男に話しかけている。


「ふん、あいつの減らず口を聞いていたら、ついついやりすぎてな。大丈夫だ、医師に見せて治すわ。それに奴自体頑丈だ。気にすることではないわ」


興行師の男にダノンと呼ばれた男が答えている。

ダノンか……。

名前をしかと覚えたぞ。

絶対にこの仕打の借りを返してやる。

だが、まずはこの身体の傷を癒やしてからだ。

俺はさっきまで何とか気力で意識を保たせていたが、もう限界が来ていた。

少しだけ、眠らせてくれ。

誰にでも言うわけでもなく、俺は倒れた地面の上で意識を失った。


ぴちゃんぴちゃん。

何か音がする。

何だ、一体この音は。

俺はゆっくりと瞳を開けた。

そして、音のするほうに集中して耳を傾け、視線を移そうとするが、身体を激しい激痛が襲った。

特に顔周りと腕が酷い。


「ぐああああああ!?」


声に出すほど痛い上に、その声を出す行為をするとまたさらに痛みが走る。

二重苦である。

なんだったっけ?

うっすらと覚えているのは、ダノンという男にぼこぼこにされただけだ。

そのことだけ、鮮明に覚えている。

周囲を見る。

音の正体は天井から床にしたり落ちる水滴の音だ。

ここは一体どこだ?

薄暗く、松明が定間隔で置かれているだけ。

俺がいるこの部屋のようなところは、俺が寝ているところに布切れが敷かれ、それ以外は洞窟のように石で天井、壁、地面と出来ている。

鉄格子の頑丈そうな扉があり、どうやら俺はここに閉じ込められているようだ。

おいおい、何で閉じ込められなきゃいけないんだ、俺が。

俺は訳も分からず、ここに連れてこられ、筋肉質のダノンとかいうおっさんにぼこぼこにされただけだ。

それがなんでこんな独房にようなところに。

ぴしゃぴしゃぴしゃ。

何やら足音のような音がしたので、俺はその足音がするほうを睨んだ。

すると、


「てめぇ……」


俺は来た男の一人の顔を覚えていた。

ダノン。

自分をこのようにぼこぼこにした相手だ。

忘れることもない。

鉄格子に掴みかかり、激しく睨みつける。


「ほぅ、一週間は寝たきりという判断だったが、もう立ち上がっているとはな」


ダノンが、俺の姿を見るなり、そう言った。

相変わらず、余裕綽々のその風貌が俺を苛立たせる。


「おい、ここから出せ! ここから出たら、もう一度戦え!」


俺は、ダノンに向かって叫んだ。

やられたらやり返す、それが俺の主義だからだ。










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