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奴隷市場

場所はローマの中心街。街を行き交う人々は終始笑顔が絶えない。

娯楽と贅沢の街ローマ。

民は無償で穀物が提供され、娯楽も只で享受することが出来た。

また、街のあちらこちらで公衆浴場がたくさんあり、街の住民たちはこの場で快適で優雅な時間を過ごした。

そのため、この浴場を支える水道設備もかなり発展している。

建物は火山灰の煉瓦を隙間なく、積み重ねて出来たものがほとんどであり、強度のほうも頑丈で問題ない。

そんな人々の笑顔が交錯する中、今日も奴隷市場は盛大かつ、賑やかに開かれていた。

奴隷商人が、奴隷を一人ずつ、呼び、それに対して、裕福なローマ市民の貴族達は下卑た笑いを浮かべながら、品定めして、自分のお目にかかった奴隷を購入する。


「中々いいな、千セステルティウスだ」


如何にも金持ちそうな贅肉の塊のような貴族が、女奴隷を見て、興奮しながら言った。

奴隷商人は、嬉しそうにうなずき、お金を受け取った。

あの顔からすると、相場が高いのだ。

奴隷の買われた後の、その後は主人にどう扱われるか次第なので、何ともいえないが、あの鼻息の荒い豚のような男だ。

あの女奴隷の未来は、明るいものではないと俺は思った。

仕方のない話だ。

望むべくして、自分の望む道に進んだ者など奴隷では、本当に一握りだ。


「よし、私はこいつだ。いくらだ」


今度は、男の奴隷が売れていった。

ここでは、このような取引が数え切れないほど行われる。

奴隷は、主に戦争での敗戦国の捕虜か、借金を返せない市民が奴隷になったり、親に捨てられた子供が育てられて奴隷になるということも珍しくない。

かく言う俺も親の顔など知らない。

会って、捨てたことについて問いただし、一発お見舞いすることすら叶わない。

何のために生まれてきたんだろうかとたまに考えてしまう。

俺は、今日もただぼんやりと売り物として出されているが、誰も買ってはくれない。何故なら他の奴隷に比べて金額が安いからだ。

つまり、相場の価格よりも下回る価格で売られているということは、何かしら問題があるということだ。

俺はそれに該当する。

反抗的な態度で、何回も首になっている。

だから値段が安い。

よって、その問題があるから、俺の金額は他の奴隷に比べて、安いのだ。

また、優雅に着飾った貴族のような男が入ってきた。後ろには、俺と同じくらいの年齢の男を連れている。おそらく従者であろう。

何だぁ!? 女みたいな奴だな。

薄緑色の長い髪に、身長は百七十ちょいくらい。何よりも端正の整ったその顔のつくりが際立っている。両親が美男美女で、そのいいところを全て凝縮されて出来たかのような。

気に入らねぇな。

両親の顔すら分からない俺に取って、それは何故だが気に入らないことだった。

普段ならやり過ごすはずが出来るのだが、何だが今日はそれが出来なかった。

その貴族と従者も奴隷をじっくりと見ては、品定めしているようだ。

そして、やがて俺の前でも止まりそうになった。

しかし、俺の値札を見るなり、貴族は何も見なかったかのように、俺の前を通り過ぎ、従者の優男も一瞬、俺の方を見て、目が合い、ふんっといった表情で人を小馬鹿にした様子で、身長では俺のほうが大きいが、この優男は何だか俺を見下ろしているかのような印象を受けた。

気に入らねぇ、あの目は。


「おいおい、なんだぁ? 女だと思ったら男だったか。見間違えってしまったよ。ははっ、俺は、てっきりそこにおられる貴族様の慰めものだと思ったんだけどなぁ」


俺はそう言い、にたにたと笑みを作り、二人を見た。

貴族様のほうは、俺を見て怒りを表情に沸々と出しているが、優男は違った。

侮蔑の念を込めたような表情で俺を見ている。

人を見下したようなその視線に俺は、ついに我慢ができなくなり、自分の感情が制御出来なくなってくる。

ぺっ。

俺は、遂にはその貴族に対して唾を吐いていた。優男にではなく、貴族に吐いたのが、俺流のやり方だ。


「貴様!? またやったのか!」


奴隷商人の男が、俺のした行いをどうやら見ており、眉を吊り上げ、俺に怒り心頭で怒鳴りつけてくる。

直ぐ様、ガタイのいい男達が現れ、俺を地面に押し付けた。


「すみませんねぇ、へへっ」


俺は口では謝っているが、特に悪びれる様子や態度もない。

その間に、唾を布切れで拭き、奴隷商人は貴族に謝っている。

その貴族は、気分を害し、もうここには奴隷は買いには来ないという言葉を残し、従者を連れて帰ろうとする。

主を侮辱したんだ。従者にとっては自分をも

馬鹿にされたのと同じことだ。

しかし、従者の優男は唾をかける前と全く変わらない表情で俺に、やれやれといった呆れた表情で俺を変わらない視線で見ていた。


「おい! ちょっ……ぐっ」


俺が、優男を呼び止めようとしたところ、口を塞がれ、羽交い締めにされる。

この奴隷商人に雇われている用心棒の男だ。

重しさえなければこんなやつ、いっちょ上がりなんだがな。


「おい、貴様。もうこれ以上余計なことはするな。いいな、貴様はもう半分売れないと諦めかけてる。こっちは今まで商品として扱ってきたが、これ以上こういうことが続くなら、商品として扱うことが難しくなる。分かるな?そうなったらお前は本当に終わりだ」


脅すように、奴隷商品の男は言った。

ふん、どうでもいい。

俺は、所詮一人だ。誰も俺一人が死んでも悲しむものもいない。


「お前にいい機会をやろう。あるお方が、肉体的にも、精神的にも優れた奴隷を求めている。もしそれでお前が最後まで勝ち残ったのなら、俺たちはお前を通常価格で商品として売ってやろう。しかし負けたら、お前はその金額でこれからも不当な扱いを受ける。どうだ? やるか?」


奴隷商人が嬉しそうに聞いてきた。

この表情は裏があるなと思いながらも、俺は承諾した。

何故なら、今のこの状況を打破するには、例え何かしらあろうとも行わない限り、前に進めないからだ。


「よし、話は決まった」


奴隷商人は、すぐに俺の元から離れ、如何にも胡散臭そうな男に耳打ちしている。耳たぶが大きく、とても特徴的だ。

あれだけ耳がでかいと、音もよく聞こえるかもなと俺はどうでもいいことを考えながら、目の前にこれから自分が戦うであろう簡易の随分雑だが簡易の闘技場が作られた。

周囲をもので囲み、脱走も困難な感じだ。

俺は、用心棒の男から解放される。


「まずはお前から行くか、中に入れ」


俺は闘技場の中に入り、鉄製の剣を持たされる。足の重しは軽いものに変更された。だがある程度の重さはあるので、逃亡は難しい。

俺が、鉄製の剣の刀身を眺めていると、対戦相手が出てきた。


「なっ……お前」


俺は一瞬驚いた。

俺の眼の前に出てきたのは、よく知っている顔だったからだ。


「へへっ、どーも」


ぺこぺこと頭を下げながら、入場してくる。

相手は、俺とよく会話をする比較的気弱な男だ。

俺の剣を握る手が緩む。

そういうことか。

俺は、奴隷商人のほうをひと目見た。

奴隷商人は、にたにたと、とても嬉しそうに笑っている。


「やり合う気か? やめろ、怪我をするだけだぞ」


俺は、男に注意を喚起する。


「こちらのご心配は、ありがてぇが。それは、まずは自分の心配をしてからしてくださいな」


男が、剣をかざし、こちらに向かって斬りかかってきた。

ちっ。

俺は軽く舌打ちし、男の振り下ろしの剣撃を、男と同じ剣で受け止めた。

剣撃の重みがのしかかってくる。

力では、俺のほうが上のようだ。

お互い鍔迫り合いの形ではあるが、ここで!

俺は強引に力で、男を後ろに追いやった。

男はひょろひょろと後方に倒れそうになっている。

悪いが、これで終わりだ!

俺は、よろめいている男に躊躇なく、剣を振りおろした。


「ひいいいいい、お助け。お願いします」


男の助けを求める声が、俺の耳を付いた。

ちっ。

俺の剣を振り下ろす速度が鈍った。

男は、その俺の鈍くなった振り下ろしを見逃さなかった。

すぐに体勢を整え、反撃を繰り出してきた。


「やっぱな……」


俺は、この男は確かに友人ではあるが、背中は預けることは絶対に出来ないと出会い始めた当初から、思っていた。

だからこそのこの反撃だ。

俺は、男の繰り出してきた攻撃を弾き飛ばした。

男の持っていた剣が、俺に弾かれて宙に舞い、ひらひらと宙から男の目の目に落ちてきた。


「ひいいいいい!」


男は悲鳴を上げて、ぶるぶると震えている。

俺はその光景を見て、特に何も感情も沸かずに、


「勝負ありだ。こいつはもう戦えない」


俺は、奴隷商人の男にそう言い、勝手に闘技場から出ようとした。


「本当にそうかな」


奴隷商人がほくそ笑んだ。

その直後に、男が最後の攻撃を試みた。

剣を両手で持ち、刃をこちらに突き立てて走ってくる。

馬鹿が……黙ってそこで降参していれば!

俺は、すぐに踵を返し、自分の剣を持っている手に力を込めて斬り上げた。


「ぎゃっ!!」


男から、聞いたことのない声が発せされ、男の剣を持った二の腕が宙に舞った。

男の腕からは、おびただしいまでの血液が流れ出ている。

俺は、その光景を見て、


「お前に止める機会は何回か与えたが、それにお前は気が付かなかった。残念だ。本当に」


俺は、首を左右に振りながら、悲鳴を上げて地面をのたうち回ってる男を見て、そう言い、闘技場から出た。


「ふん、あそこでトドメを打てれば完璧だったのにな」


奴隷商人の男が笑いながら言った。


「ふん、そこまで俺は悪趣味じぁない」


俺はそう言い、その場に座った。


「一緒の仲間を躊躇なく、殺すことが出来ればそいつは本物だ。だが感情がそれを邪魔してしまう。だからこそ試させてもらった、相手を君の知り合いにすることでね」


俺の隣にいつしか、さきほどの奴隷商人と話していた胡散臭そうな男が来て、話しかけてきた。


「その話は後にしてくれ。俺は戦いに集中したい」


俺は、耳から入ってくる雑音に耐えながら、耳を塞ぐようにして、瞳を閉じた。

まださっきの腕を斬り落とした感触が残っている。

一見、硬そうに見えて、人間の腕は柔らかかった。

結局、次の試合からずっとだが、中々致命傷になるような勝負がない。

やはり、どの奴隷も口では強気に言っているものの、心のどこかでは抑制や手加減が働いているようだ。

結局、死人らしい死人もでないまま、奴隷の品定めは終わった。

結局、あっさりだが躊躇なく相手の腕を斬り落としたということで、俺はこの胡散臭い男、興行師に買われた。

奴隷商人としても厄介者払いと、本来の定価通りの金額が支払われることにかなり満足していたと思う。

俺が買われる?

何だか今まで売り出されることばかりだったので、買われるということに違和感が自分自身であるな。

しかも、未だにこの興行師なる男は胡散臭い。

ただでさえ、この娯楽がどこにでも溢れている中で、さらに民衆を楽しませるために、よりよい娯楽を提供しているとは。未だに信じられない部分、怪しい部分も多いが、俺は興行師の後を着いて行く。


「中々貴方のように肝の座った奴隷はいないんですねぇ。もっといるのかと思っていましたが、私の気のせいでしたか。ほっほっほっ」


興行師は笑いながら、俺にきさくに話しかけてくる。


「俺は生まれながらにして、誰も信じられずに生きてきた。だから大抵のことは嘘をついているかどうか分かる」


俺は、捨て子で拾われたんだが、その施設からさっきの奴隷商人に売られた。結局は、金のために商品としてしか俺は価値はない。


「そうでしたか。でも貴方は今回で新たな道を開くことが出来たじゃないですか。ふふ、がんばってくださいね」


興行師の男は笑いながら言った。


「ふん」


俺は、そう言いながら歩行を助けてもらっている男に重心を移動させた。


「おい、重いぞ」


男は、嫌そうな顔でぼやいてはくるが、


「仕方ないだろう、重しを外してくれないんだ。あんたに厄介になるしか」


俺はそう言い、男にさらに体重をかけた。


「っぐっ、貴様」


男が鋭い視線で睨んでくる。

逃げられないように、身体に逃亡防止の重しを付けているので、満足に歩けない。

だから、誰かに手伝ってもらえないと、うまく歩けないのだ。

だから男には悪いが、頑張ってもらうしかない。

「ここだ、着いたぞ。ここがこれからのお前さんの働く場所だ」

興行師の男の声で、俺は正面に見える大きな建物を見た。周囲には他に建物はない。

作りとしては、火山灰の煉瓦積みで出来た建物である。

それはここローマでは一般的な建造物に使用されているものであり、珍しいものでも何でもない。

入口から入り、道なりにゆっくりと進んでいく。

建物の内部の構造も基本的には、煉瓦が隙間なく積まれている。匂いはどこか煤臭いような感じがする。

一番奥まで進むと、正面に木製の戸が見えてきた。

興行師の男が、すぐに中にいる誰かに対して、戸を叩いた。


「どうぞ」


中から、男の太い声が聞こえてきた。


「失礼します」


興行師の男が、、珍しく真顔で中に入っていく。中に入ると、筋骨隆々の男がこっちを眉をしかめながら見ている。


「入れ、入れ」


男が、俺たちがもたもたしているのを見て、早く部屋に入るように促した。


「すいませんねぇ」


興行師の男がぺこぺこと頭を下げながら、俺達を見た。

俺は目の前の男を見た。

ただならぬ雰囲気を持っている。

子供が見たら、きっと泣き出してしまうだろう。

髪の毛は、横の脇の方は生えているが、前からてっぺんにかけて、また後頭部にかけては、一切生えていなく、更地の状態になっている。

あと目立つのは、男の頬に刻まれた大きな切り傷だ。

傷痕がかなり太く残っているので、実際傷を負ったときは、かなりの傷と出血を伴っただろう。

肉体も手足は丸太のように太く、胴体は気の幹のように手足という丸太を支えるくらい太い。

興行師の男が、男の近くまでいき、耳打ちをしている。

一体何を話しているのだ。

俺が訝しげに見ていると、男と視線が合った。

視線が外せない。

男の視線はこちらの心の本質を見極めるかのように、ただ重く俺に突き刺さる。

息が詰まりそうになる。

なんなんだ、この圧迫感は。

目の前にいる男から発せられている息苦しさを感じながらも、俺は少しも視線を外すことなく睨み返す。

すると興行師の男が伝言を全て伝え終わり、こっちのほうに戻ってきた。

そして俺の方に来て、ぽんぽんと肩を叩いた。

にやにやした表情をし、俺の足に付いている重りの鍵を解錠してくれた。


「あ、ありがとう。おっさん」


俺は、突然の解錠という出来事に驚きながら、興行師の男に礼を言った。

足が、別人のものに変わったかのように軽い。

今までのあれはなんだったのか。

俺は地面に転がっている解錠された重りをみた。


「あんたも、ここまですまねぇな」


俺は、肩を借りていた男に礼を言った。

男もようやく開放されて、嬉しそうだ。


「礼は、あの方に言ってくれよ」


興行師の男は、筋骨隆々の男が解錠するように命じたことを教えてくれた。

そうだったのか。

俺は、男の前まで行き、


「恩に切る。ありがとう」


そう言い、おもむろに俺は、右手を差し出した。

男は、初めは訝しげにしていたが、俺の握手に対して、男なりの返答でこの後応えるのであった。


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