3.放課後の体育館(上)
運悪く、見つかった相手が校内で有名なおしゃべり好きだったため、またたく間に噂は広がった。
おまけに、あの後私がすばらしい平手打ちをくらわしたため、彼の左頬は赤く腫れ上がってしまい、それがまたさまざまな憶測を呼んだ。
「あの吉田広人が、実は児玉瓜子と付き合ってた。」
「朝から、二人でこっそりデートをしていた。」
タチの悪いのだと、
「放課後の教室で、二人で最後までやった。」だの
「隣のクラスの三沢(どうやらあの日の女の子らしい)とドロドロの三角関係だ。」
とかなんとか…。
おかげで、吉田広人ファンからは呼び出しくらうわ、下駄箱に剃刀いりの封筒が届くわで、散々な目にあったのだ。
女の子達の標的は私に集中したため、その間奴は随分のんびりと過ごしていたようだ。
利用するってこういうことだったのかと、むかつくやら情けないやらで、しばらくは吉田恐怖症に陥った。
その噂も少しずつ収まっていった頃、不覚にも私と吉田はすっかり公認カップルとなってしまった。
幸か不幸か(もちろん不幸だ!)、3年間クラス替えなしが特色の我が校のため、奴とは嫌でも顔を合わしてしまうし、奴もまた全く反省の色を見せず話しかけてくる始末。
そんなこんなで、ズルズルと2年生になった今でも公認カップルぶりは相変わらずで、吉田には迷惑をかけられまくっていた。
「あんたもつくづく不幸よね。」
肩ほどまでもある綺麗な黒髪をかきあげながら、香織が沈んでいる私の頭を軽くポンポンとたたいた。
放課後、例によって吉田ファンの女の子に別れてくれと詰め寄られていたのだ。
1つ年下のその子は、それなりにみれる顔を鬼のように変化させ、かわいい口から尖らして、とんでもない言葉を発した。
「児玉先輩は、吉田先輩に釣り合いませんっ!!!」
慣れているとはいえ、傷つく言葉は何度言われても傷つく。
すっかりしょげている私をいつものように香織が慰めてくれているところだ。
「もう嫌。あんな男、大嫌い!」
机にうつ伏せている私に、香織の大きな溜息が聞こえてきた。
「吉田ってさ、本気で誰かと付き合ってるところ見た事ないんだよね。誰とでも話すんだけど、誰とも心から打ち解ける事はしないって感じ。どこか一線置いてるっていうか…。誰と付き合っても長続きしないし。本当に好きな人がどこかにいるのかも知れないね。」
「…そうだとしても、あたしには関係ないよ。ほんっと最低!あの噂で人がどれだけ苦労してきたことか…。」
「はじめて、男の子に抱きつかれて動揺しちゃったしね。」
「そ、そんなんじゃないっ!!」
慌てて否定すると、香織がにやっと意味ありげに微笑む。
香織は知ってるんだ。私が男というものに全く免疫がないことを。
男の人に抱きしめられたのは、悲しいかな、あの時が初めてだった。
不覚にも吉田に抱きしめられた時、非常にどきどきした。
奴のシャツからは太陽のにおいが微かにし、密着した肌からは奴の体温が感じられた。
1秒がすごく長く感じられた。
心臓の音を聴かれまいと懸命に自分の胸を押さえているのが精一杯だ。
思い出したら、顔が熱くなってきた。
そんな私の顔を不思議そうにのぞきながら、香織は再び口を開く。
「私さ、結構、吉田は児玉のこと気に入ってるんだと思うよ?」
なんて事を口走るんだ、この娘は?
思わず、ポカンと口があいた。
「なんだかんだいって、あんたの事よく構うし。それにね。あんたといる時が一番楽しそうなのよ。」
「あ〜ほっ!そんなわけないでしょ!?アイツはめんどくさい女関係から逃れるために、私という“身代わり”を立てたの!彼女という名目の人がいれば、奴のファンだって黙っているしかないでしょ?ほんとうまく利用しただけなんだから!」
「それはそうなんだけどさ。」
香織は、鼻息荒い私を横目に再び溜息をついた。
「おいっ、児玉、池田!!」
いきなり声がして、驚き後ろを振り向くと、担任のサトセンだった。
サトセンの本名は、佐藤武、45歳一児のパパだ。少し薄くなった頭がこの季節妙にさみしげだったが、生徒からは割りと好かれているお茶目な先生だった。
「お前ら、まだいたのか?」
何をしてたんだ?といういぶかしげな視線を感じ、慌てて席を立つ。
「もう、帰るとこです〜!」
「いんや、丁度いい。児玉!お前、吉田にこれを渡してくれ。」
そう言って、紙袋に入った何やら角ばった四角いものを渡された。
「ちょ、ちょっと、なんで私なんですか!!?」
「ほら、だって、あれだろ?お前、吉田の彼女なんだろ?」
…やっぱり、そうきたか。
「あれは、デマです!何を聞いたかしらないけれど、全くの嘘話ですっ!!」
「そう向きになるな。おれは良いコンビだと思うぞ?心配してたんだ。吉田は、見てくれはいいけど、あんな奴だろ?でもお前みたいなしっかり者が相手じゃ安心だな。いや〜若いっていいなぁ。俺も後20年若かったらなぁ…。」
こりゃ、だめだ。完全に瞳がキラキラして、どこか遠くに行ってしまっている。
香織と眼が合い、二人して肩をすぼめ合った。
やっと話が動きだしました…かな(汗)




