10.始まりの時
それから1ヵ月後。
体育館いっぱいに声援やら、黄色い声やらが溢れかえっていた。
隣で香織がなにやらボソボソ言っている。
「なに、香織? うるさくてよく聞こえない――」
「たいしたもんだって、言ったの! あの吉田にバスケやらせるなんてさ。アイツがうちのバスケ部に入ったおかげで今まで県大会どまりだったのにイキナリ決勝だよ?吉田ってば、すごすぎ。」
「それに、この歓声もね。」
周りを見れば、そのほとんどが女だ。
横断幕まで掲げちゃって、このご声援ぶり。
「さぞかし、吉田が喜ぶだろーね。」
「あら〜、嫉妬なんかしちゃって。かわいい〜。」
「だーっ! 誰が嫉妬なんかっ!!」
私がわぁわぁ喚いていたら、吉田が同点シュートを決めたらしい。
よりいっそうの歓声が辺りをつつむ。
やっぱ、かっこいいわ、アイツ。
ほーと香織に聞こえないように、溜息をついた。
やっぱり吉田は目立つ。
力強くドリブルし、次々と相手ディフェンダーを抜いていく。
ほら、また決めちゃったよ。
あれでブランクがあったなんて信じられない。
と、コート上の吉田がいきなりこっちを見た。
口パクで何か言ってる。
んん?
か、っこ、い、い、だ、ろ。
…。
思わずこめかみを押さえ、頭をかかえた。
ばかだ、アイツは…。
知ってたけどさ。
そういいつつも頬が緩んでしまう自分が悲しかったけれど。
結局その試合は吉田の大活躍のおかげで、かなりの大差で勝利を収めた。
「なぁなぁ。俺のシュート見ただろ?かっくいーだろ? 惚れた?惚れ直した?」
いつになく饒舌な吉田が歩調を合わせ、並んで歩いてくる。
「あー、はいはい。わかったからさぁ。なんであんたは私と帰ってるのさ。今日はこれから祝賀会でしょ? 早く行きなって。」
「いいの。児玉ちゃんと祝杯あげるから。」
にっこり笑って言い返す男の笑顔に不覚にも見とれてしまった。
あ〜これで何人の女をだましてきたんだ、この男は…。
シャワーを浴びたらしく、吉田の髪は少し湿っていた。
それがいつもと違って少しドキドキする。
「児玉には感謝してる。」
突然、吉田が驚くような言葉を吐く。
「俺、バスケもう一回やってよくわかった。やっぱ、好きだわ。ほんと。」
そして、いつもの茶化すような感じではない、まっすぐな瞳で私を見つめる。
「ありがとう。」
心臓の動きが一段と高まる。
吉田の瞳に絡めとられているかのように、体の自由がきかない。
何か変だ。
いつもと違う空気を払いのけるかのように
咄嗟に手をのばし、吉田のおでこにぴたっと手を当てた。
「熱、あるんじゃない?」
「ああっ?」
一瞬驚いて、そして吉田は苦笑した。
「…お前って、ムードないねぇ。」
「な、なによ!」
「今のシーンはさ、2人見つめあって、そしてあっつい抱擁をする場面じゃないのさ?
もー、児玉はほんっと、男心がわかんない奴だねぇ。」
おちゃらけて言った吉田の言葉に、かぁっと顔が熱くなった。
「変態! テレビドラマの見すぎだっ!!」
「おっ、顔が赤いねぇ。いや〜かわいいんだから、児玉ちゃんは。」
「…もう、帰るわ。」
馬鹿とつきあうと私まで頭がおかしくなりそう…。
そう思って、くるっと後ろを向き、スタスタと足を進めると、
「こっだま〜!!」
背後から大声で呼ぶ吉田の声が聞こえ、思わず顔をしかめた。
なんだよ、そんな大きい声出さなくても、聞こえてますって。
「バスケやって、もう一個気づいたんだけど。俺、お前のこともやっぱ、好きだわー。」
「え。」
「すっきだー。めっちゃ好きー!!」
周りにいた人たちが、面白そうに私をじろじろ見つめる。
わかった。わかったから…。
だから、
公衆の面前で、そんな大声出すなぁぁぁぁぁ!!!!
きびすを変えて、ずいずい吉田にむかって進んだ。
「ちょ、ちょっと、わかったから、アホ吉田!!声大きいって!!」
と、次の瞬間、吉田の大きな体にふわっと包み込まれた。
耳元で、聞こえる息づかい。
熱い体温。
低い声で、奴がつぶやく。
「バスケも児玉も、あきらめない。」
吉田は、汗と石鹸のにおいがした。
こんなに胸がどきどきしてるけど、聞こえてるんだろうか?
それは、ちょっとくやしいかも。
「バスケットボールも、児玉スイカも、丸いよな。俺、丸いものに弱いのかなぁ。」
しばらくしてから、吉田が嘆いた言葉はしっかりと耳に届いた。
…私も丸いっていいたいわけ?
「…喧嘩売ってるの?」
「いや、別に。」
「…ちょっと。そろそろ離してよ。」
「いやだ。あったかいんだもん。」
「恥ずかしいでしょうが。皆見てるって。」
巻かれた腕をそっと離そうとしたがびくともしない。
「チューしろ。」
「!??」
「チューしてくれたら、離す。」
「なに、言ってるのよ!!」
「お前、勝負負けただろ? 忘れたとは言わせん。俺は勝ったのにバスケやったんだから、それくらいはしてもらわないと。この前は未遂に終わったし。」
「そ、そんなのなしよ、なし!! いーじゃん、丸く収まったんだからさ、ね。」
「よーくない。」
吉田の顔がぐいっと近づいた。
長いまつげの一本一本がよく見える。
思わず怖くて目を瞑った―――
!?
その瞬間おでこに、そっと触れるか触れないかくらいの微かな温かさを感じた。
拍子抜けして、ぱっと吉田を見上げる。
「今日はこれで勘弁してやる。」
そうして、目を細めて、くしゃくしゃと私の頭をなでるその笑顔に、再び心臓が波打つ。
ずるいよなぁ。
小さくつぶやいて、そっと笑った。
こんなめちゃくちゃな奴だけど、好きになっちゃったんだからしょうがない。
覚悟を決めて奴の背中を追いかけた。
すみません。やっと終りました…。
終って読み返しても恥ずかしい。くぅぅ。
やっぱり長編って下手くそな私です。。




