とある悪魔ととある私のとある日常
数年前部活動にて冊子に掲載していたものを利用。
特に応募とかしていなかったからいいような、気がしております。
まるで限りを知らないかのように、彼の眼は澄んでいた。それは水だとも、硝子だとも、空だとも、表現出来る。私はどうしても、その眼が欲しかった。あんなにも美しい眼を、見た事がなかったから。
この学校には、とある噂が流れていた。レンガ造りの時計塔には、悪魔が住んでいる、というものだ。よくあるような話だが、半分は本当の事である。ただ、住んでいるのは悪魔ではなく、悪魔の様な男なのだ。
「ねえ、ロミオ。いい加減、その本返してよ」
私の目の前にあるソファーで、堂々と寝転がっている青年、ロミオに声を掛ける。しかし、その言葉は無視された。そんなロミオに、私は苛々が募る。何度も同じセリフを言っているのに、彼は全く反応しない。ロミオが私の本を勝手に読み、なかなか返してくれない事など、日常茶飯事である。普通なら、二三度言うだけで諦めるのだが、今回だけは諦めきれない。なぜなら、彼が読んでいるのは、私の大好きなシリーズの最新刊からだ。しかも、あと少しで読み終わるというところで奪われた。さらに、その本はシリーズの最終巻というおまけ付き。怒りが爆発しそうな私には目もくれず、彼は黙々と読書を続けている。
ロミオというのは、私が彼につけたあだ名だ。名前を教えてくれなかったから、勝手にロミオと呼んでいる。私は彼について何も知らない。彼に聞いても、恐らく何も教えてくれないだろう。どうやら、自分の事は話したくないらしい。学校内にいるって事は、学校の関係者だろうか。調べれば何か分かるのかもしれないが、調べていない。調べるつもりもない。面倒くさいという事もあるのだが、ロミオについて知る必要もないし、気になる事もないからだ。
彼が時計塔の悪魔と噂されている主な理由は、その見た目であるのだと私は思っている。ロミオは、美しいのだ。まるで天才が作り上げた彫像のように、その造形には、無駄がない。一切の歪みもなく、彼の姿は整っている。寧ろそれが怖いくらいだ。その上、性格がかなり自己中心的なので、その点も悪魔に等しいだろう。まあ、私のイメージ上の悪魔、なのだが。そして、彼は時計塔に住んでいた。どうしてなのかは分からないけれど、ここが彼の家なのだ。机や椅子、ベッドもある。これぞ電気泥棒だ、と言いたげな程、冷蔵庫やパソコンなどの電化製品も豊富。延長コードがタコ足になって、大活躍だ。確実に私の部屋よりも贅沢である。
私は怒りを鎮めるために深呼吸をすると、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して一気に飲み干した。
「それは俺の物じゃないだろうな」
「御安心を。これは私が持ち込んだやつだから」
ロミオは不機嫌そうに眉根を寄せ、私を睨んだ。人の冷蔵庫を勝手に使うんじゃない、って言いたいのだろうけど、人の本を勝手に読んでいる彼にだけは言われたくない。私が心の中で不満を言っている事に気付いたのか、ロミオはさらに眼を鋭くさせて私を睨む。
「返してほしければ、さっさと帰ればいい。お前がこの部屋にいる代わりに、俺はお前の本を読むという契約をしただろう。何の文句がある」
「それはロミオが勝手に」
「何の文句がある」
「……さいですか」
あまりの傲慢さに、苛つきを通り越して清々しさすら覚えた。どういう教育をすれば、こんな性格になるのだろう。親の顔を見てみたい。私が呆れている事を知ってか知らずか、ロミオは満足そうに鼻で笑い、読書を再開した。もし、本当にロミオが悪魔でも、私は驚かない。寧ろ、人間である方が疑ってしまう。
私は大きな溜め息をつくと、彼のベッドに腰かけた。ロミオの部屋には、窓が一つしかない。その窓は小さい上に、鉄格子が嵌められている。そこだけ見れば、まるで牢獄のようである。チクタクという音が部屋に反響して頭に響く。ずっと聞いていたらノイローゼになりそうだ。ロミオはよくこんなうるさい部屋で眠れるな、と思った。
一定のリズムを刻む秒針の音で、瞼がだんだんと下がってきてしまう。目が閉じる寸前、前言は撤回するべきだと、気が付いた。
私がこの部屋を毎日のように訪れるのには理由がある。初めてロミオに出会った日、私は彼の綺麗な眼に惚れてしまったからだ。彼の瞳は、本当に透明なのである。色素の薄い瞳孔は、光の入り方で色を変えるのだ。綺麗過ぎる程透き通ったその瞳が、欲しくなった。眼球を取り出してもよかったのだけれど、それでは美しくなくなってしまう。死んだ眼球になど、興味はなかった。だから、綺麗な眼ね、とだけ言ったのだ。そんな私に、ロミオは目を丸くして驚いた。
それから、私はここに通っている。どうやったらロミオの眼が手に入るのかな、なんて考えながら。
「ジュリエット、いつまで図々しく人のベッドで寝ているつもりだ」
ジュリエットとは、私の事である。冗談でロミオと呼んだら、気持ち悪いくらい綺麗な声でジュリエットと呼ばれた。それに続けて、これ程残念なジュリエットでは、シェークスピアも悲しむだろう、と言われたのだが。それからわたしのあだ名はジュリエットになってしまった。私達が共に死ぬ事なんてある筈がないのに。もちろん、恋仲になる予定もなし。彼の眼となら、構わないが。
「うーん、今何時?」
「七時を過ぎたところだ。さっさと出て行け」
起きたばかりではっきりしない目を擦り、私は起き上がった。頭にぽんっ、と本を置かれる。どうやら読み終わったらしい。
「全部読んじゃったわけ?」
「中々悪くないラストだった」
にんまりと笑うロミオに、私は顔が青くなった。その顔は、何か良からぬ事を考えている顔だからだ。私は本と鞄を掴み、引きつる顔で笑ってみた。
「じゃあ、帰るから」
「お前が大好きだった主人公が死んでしまったが、いい話だったな。期待して続きを読むといい」
私がさっさと帰ろうとした時、彼はやってはいけない事をしでかした。鞄を握った手が震える。なんて、事を。
「こんの、性悪の悪魔め!!」
私の罵声に、ロミオは透き通った眼を細め、うっとりと愉しそうに笑った。
「褒め言葉を、ありがとう」
これが、何の変哲もない、私と彼の日常である。私はまだ、彼の綺麗な眼を手に入れる事が出来そうにない。しかし、こんな日常も悪くないだろう。限りなく透き通ったロミオの眼を見られるなら、それだけで満足なのだから。
一応続編というか、本篇とかあるけど中二病満載なので晒すのには勇気がいるよねという話です。
もし元部員とか見てしまったら「アチャー」とか思ってシカトしていただけるとありがたいですマジで。