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Episode99 覚悟の上に

「……あれ?」


 目を覚ますと目の前には弥生がいて。


「洵のスマホのGPSから場所を特定したのよ」

「な、なるほど……」

「で、何でこうなっていたの?」

「それは……」


 宝生さんを見つけて、話していて……確か、気を失わされたのだ。


「宝生さんと話してて、気絶させられて……おそらく、もう行ったはず。そうだ、追いかけないと!」

「そうだったのね……立てる?」


 弥生がそっと手を貸してくれる。

 手を取って立ち上がると、少し、頭がぼーっとした。


「手がかりとか、心当たりはあるのか?」

「それは……分からないけど、ここの近くではないと思う」


 さっきまで後ろで見守っていた須田に応える。


 まず、学校に行くまでにもだいぶかかっていたはずだから……離れにあるに違いない。


「潜んだりするのに向いてそうな場所となると……海の方ですね。確か、どこかに人気ひとけが無い街があったそうですよ」


 続いて、菊池さんがパソコンを片手に情報をくれる。

 何より、急がなくてはいけない。

 時間はもうすぐそこまで来ているに違いない。


「とりあえず、車で向かいましょ」

「ああ、そうだな」


 宝生さんは徒歩で動いてるのだから、車で行けばまだ間に合うはずだ。


「菊池、連絡しておいてくれる?」

「かしこまりました」

「あ、私も混ざります」

「須田、あなたはお嬢様の護衛をしていて」

「……分かりました」


 即座に菊池さんは連絡を取り始めている。

 とにかく、大事おおごとになりそうな気配だけを俺は感じているのだった。



 ◆


「さて、たまたま車を見つけたから思っていたより早く着いたな……」


 どうせ、もうお金は必要なくなる。

 だから今更出費はどうでもよかった。


 廃れた工場に押し入っていく。

 シャッターは閉じているため、別の入口から入った。


 静まり返った街の一角、中も息遣いが聞こえるほどに静かだった。


「……やはり、いるな」


 気配を殺しているのだろうが、幾数人もの人が潜んでいるのが分かる。


 近くのコンテナに颯爽と身をひるがえす。

 そして、高らかに問う。


「さあ、私を処分するのが目当てか」


 ……しかし、何の呼応も返ってこない。


「早く出てくるといい。さもなくば、全て壊してもいいんだが?」

「……話し合いを始めよう」


 重低音が壁に反射する。

 大きな声ではないはずだが、嫌というほど耳につく声だ。


「まず、ミサ、お前は任務を失敗した。これで三回目だ。それに、あろう事か共に居た。つまり、我らを裏切ったという事でいいな」

「人を道具のように使う貴様らの言いなりはもうごめんだよ」


 はっきりと言い放つ。

 もう戻るつもりもなければ、理由もないのだ。


「交渉も考えたが……どうやら、話を聞く耳すら持たないようだな。それなら、処分するのが決まり。分かっているな?」

「貴様らの元に戻るくらいなら、死ぬほうがマシだ」

「そうか。お前はとても優秀だったのに……止むを得ないか。金輪際、我らとは一切関係を断ち切る。そして、口封じをさせてもらう」


 銃を構える音が鳴り響く。


「総勢……二十人ほどか?」

「残念、三十人だな。一対三十。お前に勝ち目はない。さあ、やるといい」


 そう告げられると同時に、耳を貫くような銃声が工場内にこだました。


「見守っていてくれ……」


 手にぎゅっと力を込めて、拳銃を手にする。

 ホルダーからもう一つを取り出して、構えた。


 フィーユ(血塗)アンサングランテ(られた少女)の最後の舞台の幕が下ろされた。



 ◆



「ここ、ですか」

「なるほど。人気ひとけのない……」

「ここに、宝生さんがいるんだよな」

「合っていれば、ね」


 俺たちは港町の廃工場を眺めていた。

 貿易地だったのか、近くにはいくつかコンテナも置かれている。


「しかし……早く来ないかしらね」


 弥生たちが呼んだのは、もしものための戦力としている部隊だ。

 形式上は自衛隊の中に駐在している形だそうだ。


 支援の要請をしたのはいいが、未だに来ていない。


「早く来てくれないと困るのですが──」


 途端に、激しい銃声が鳴りだした。


「……大丈夫かしら」


 凄まじい音が鳴っていて、不安感に駆られる。

 もしかして、もう手遅れなんじゃないかと。


 俺は居てもたってもいられなくて、歩を進めていく。

 が、弥生に腕を掴まれた。


「洵!」

「……行かせてくれないか?」

「ダメ、絶対にダメ」


 弥生は今にも泣きそうな声だった。

 そして、掴んでいる手は強く強く、離したくないと言うかのようで。


「死にに行くような真似はやめ……ふごっ」

「ほーら、私たちはする事をしましょうねー。人手が足りないから祐佳も来なさい」

「ふごっ、むごっ……」


 弥生の方を見てから、菊池さんは須田を連れて車の方へ戻っていった。


 残ったのは俺と涙目の弥生の二人だけ。


 銃声が、相も変わらず耳に届く。

 大丈夫だろうか……。

 

「洵、こんな時に……ごめんなさい」

「……え?」

「あのね……あたしは、あたしは……洵の事が……好き。最初は何でもなかった、ただパパの言いなりになりたくなくて、ふと見つけたから協力してもらっただけだった」

「そ、そうなのか……」


 そういえば、そんな事を言っていたっけ。

 でも、あんまり気にしていなかった気がする。

 俺にとって、弥生のおかげで高校生活が楽しいものに変わったからかもしれない。


「でも、今は違う。とりあえず現状維持で、自然消滅すればいいとか言ってたけど……嘘。本当は側に居て欲しい。仮の( ・・)恋人じゃなくて、本当の(・・・)恋人になって欲しい。洵の事が……大好きだから」


 俺が弥生の言葉を正しく認識できるまで、少し時間が経った。


 ……まさか、ね。

 まるで夢を見ているような気がするが、これは現実のようだ。

 でも、今すぐ答えを出すことはできない。

 他にもこんな俺を想ってくれてる人がいるから。


「考えさせてくれるか?」

「……ええ。待つわ」

「あと、行かせてくれ。きっと、戻ってくるから」

「……嫌よ」

「保証はないけど、俺は行くよ……決めたから」


 背後から聞こえる銃声は、先程より静かになっていた。

 銃声が聞こえるという事は、まだ宝生さんは生きているはず。


 昔、父親が言っていたらしい『誰かの為になれ』という言葉は、座右の銘だったりする。


「……聞かないならもういいわ。せめて、これだけはさせて」

「え?」

「しゃがんでくれる?」

「お、おう」


 言われた通りに、俺はしゃがむ。


「後、目も閉じて」

「あ、ああ」


 これまた言われた通りに、目を閉じると──。


 何とも言えない柔らかい感触が、唇に触れる。

 ほんの一瞬だったはずなのに、染みついたように感覚が残っていた。

 熱を持ったように、体が熱い。


「おまじないよ。これで、大丈夫。じゃあ……待ってるから。生きて、帰ってきて、ね」

「……分かったよ、待ってて」


 俺は、涙混じりの笑顔を心に残して、廃工場へと駆けていった。



 ◆


「くっ……やはり数が多い」


 あれから、美紗は持ち前の戦闘能力を総動員して敵を倒していた。

 数発の弾丸は体を掠めているが、このくらいは何ともない。


 最初に使っていた拳銃の弾は全て使い切り、今は奪ったマシンガンで敵を倒している。


 しかし、このままでは埒があかない。


「絶対、三十人以上いるだろうに……」


 今は物陰に隠れて、少し息を整えている。

 相手も普通に突っ込むことをやめたようだった。

 それだけ相手に損害を与えているという事なのだろう。


「……くっ、やはり爆破するしか……慧吾……私はよくやっただろうか……」


 もう居ない、憧れの人の名前を呟く。


 奥の手。それはこの工場内に仕掛けておいたいくつかの爆弾。

 もちろん使えば敵はひとたまりもない目に遭うだろう。それと同時に、自分も。


「な、なあ……これどういう状況?」


 気の抜けそうな声が、耳に届く。

 ……幻聴だろう。


「足音はしない、か……」

「……宝生さん?」

「!?」


 はっきりと聞こえて、慌てて振り向く。

 近くの物陰に、見覚えのある人がいた。


「本当に、何故……」

「それは後でも言えるだろ。さ、逃げるぞ?」

「お前はもう少し空気を読めるようになれっ」


 お互いがギリギリ聞こえるくらいの声で、会話を交わす。

 何故か、少しだけ安心感を覚える。


「きっと、奴らはそろそろグレネードを使ってくる気がする」

「え、手榴弾?」

「ああ、比較的安全に奇襲をかけられるし、今みたいな状況なら間違いなく使ってくるだろう」

 

 と、言った時、何か金属が転がる音がした。

 二人の目の前には、丸い形をした……手榴弾が。


「危ないっ──」


 宝生さんは俺の方に飛びついてきて、俺はそのまま飛ばされた。

 間もなく、大きな爆発音と煙が巻き起こる。


「けほ……宝生さん……!?」


 返事が返ってこない。

 まさか、いや、そんな……。


「このくらいじゃ、やられはしないさ。ただ、足を少しやられた……」


 宝生さんの足からは、血が流れていた。

 少し焦げるように。そして、抉れたような傷が出来ている。


「お前は……戻れ。まだ間に合うから……」

「置いていけるかよっ! それに、ここまで来たんだから……意地でも連れていく」

「……勝手にしろ」

「歩けないなら、担いでいくだけだよ」


 幸い、今の場所から出口までは近い。

 走れば三秒くらいでいけるだろう。


「物陰から出れば撃たれるぞ」

「気を引き付けられないか? 一瞬だけでも」

「じゃあ、これを……どちらにせよ、私はこのままなら死ぬだけさ。だから、好きにしてくれ」


 宝生さんから、銃を手渡される。

 重たく、硬く冷たい金属の質感。


「これを投げるから、それと同時に走り出そう」

「それなら、私に任せてくれ。腕は使えるから」

「分かった、じゃあ……」


 俺たちは合図をして、宝生さんが銃を投げて、落ちる直前に俺が走り出す。


 重たい金属音が響き、その次に足音がして……最後に、銃声が轟いた。

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