表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/110

Episode98 雨上がりの夜に

「あー、なんだか今日は疲れたわね……」


 帰宅し、そのまま自室に入ってため息をひとつ。

 ふかふかのベッドに体をうずめようかとも考えるが、寝てしまいそうな気がしてやめた。


 まだ、寝るには早い。

 時間的にもそうだし、考えたい事もあるからだ。


「とりあえず、着替えないといけないわね」


 弥生の格好はまだ制服姿のままだった。

 少し重たくも感じる体を、どうにか動かしていく。

 クローゼットから、適当に服を出して着替える。


 椅子に腰掛けて、一息つく。


 結局の所……自分は、どうなのだろうか。

 下手な意地やプライドが障害になっている気がしてならない。


 一回、素直になってみよう。

 洵はこんな自分でも受け容れてくれた。

 それに、基本的に嫌とは言わずに引き受けてくれる。

 彼が、側にいることが当たり前となっていて。

 これはきっと焦燥感だろうか。

 洵は二人の気持ちを知っている。

 近頃、青葉に対しての洵は満更でもなさそうな気もするのだ。

 そう考えるとこれから先、このままで済むわけがないだろう。


「……勇気、かしら」


 夏のあの日買った、恋愛成就の御守りを見つめて、呟いてみる。

 一度思い切ってはっきりと洵に伝えよう。

 この、温かな感情を。


「さて、と。あ……お風呂忘れてたわね」


 着替えを手にして、部屋を出る。

 すると、菊池が待っていたかのように立っていた。

 一礼をして、菊池は用件を述べ始める。


「お嬢様、宝生様をお見かけしていませんか?」

「……美紗がいないの?」

「そうですね。先程から見当たらないそうで……」

「そう……分かったわ」

「屋敷内、外ともに捜索させております。私は一度失礼致しますね。それでは」


 深々と礼をすると、菊池は長い廊下を歩いていった。

 弥生は慌てて部屋に戻る。

 即座にスマホを取り出して、洵に電話をかけることにした。


『もしもし』

「洵、美紗がいないそうなの」


 声が聞けて、少し落ち着く。


『えっ……まだ、日があったはずなんだけど』

「分からないわ。それでも、うちの屋敷にはいなさそうね」


 不安げな声がして、少しだけ羨ましくも感じる。


『んー、まあ分かった。ありがとう』

「居場所が分かったら連絡するわ。それじゃあね」


 通話を切って、ふと、嫉妬に近いものを感じたことを知る。

 でも、今はそんな場合ではない気がして。


「……お風呂はもう少し後でも良さそうね」


 スマホを片手に、弥生は部屋を飛び出すのだった。

 まず、菊池と須田に会わないと。




 ◆



「……どうすればいいんだ?」


 家に着き、まだ少し暑いのでシャワーで済ませた俺の元に、一件の電話があった。


「もう、行ってしまったのか……?」


 宝生さんはもう行ったのかもしれない。

 期日が決まっているだけで、おそらくもうそろそろ来ていると言っていた気がする。


 しかし、それがどこかも分からないのだ。

 だからどうしようもない。


「たっだいまー。ご飯買ってきたわよー」


 下から、母親の声がする。

 お腹も空いた所だし、降りよう。


 階段を降りて、リビングに入ると母さんがいた。


「おかえり、母さん」

「ふふ、ただいま。じゃーん、牛丼のテイクアウトよ」


 袋から牛丼を取り出して何故かドヤ顔をしている。

 なんとも可愛らしいのだが、これでも高校生の親なんだよなぁ。


「さ、食べましょ。私もお腹空いたしね」

「うん、食べよっか」


 ダイニングテーブルに座り、フタを開けると、牛丼の美味しそうな香りが漂う。

 箸を割って牛丼に食らいつく。

 食べ盛りの高校生ならばがっついて当然、しかし思うように喉が通らない。


「んー、大丈夫? もしかして具合悪かった?」


 心配そうな声に、少し申し訳なくなる。


「大丈夫だよ」


 なるべく元気に返してみた。

 実際、俺自身は何の問題もない。


「そういえばね、洵ちゃんとこの制服かな? ……着てる女の子をさっき見かけてね」

「え!? ぶふっ」


 俺は思わずむせてしまう。

 いや、まさか……違うよな。


「ん? 大丈夫? 何かあった?」


 即座にティッシュを差し出し、やはり心配そうにしている。


「ありがと……。いや、大丈夫だけどさ。その子って、赤髪だったり?」

「うーん……暗かったからちゃんとは見てなかったのよね。あ、でも眼帯っぽいのしてたかも。ものもらいとかかなーって思ったけど……お友達?」

「多分、そうかな。どこ行ってた?」

「分からないかなー。何だかうろうろしてるようだったわ」


 思わぬところで情報が入ったりするものだ。

 後は場所さえわかればこっちのものである。


「んー、どの辺?」

「家の近くよ?」

「なるほど、分かった。ありがとう」


 食べ終わったら少し探そう。

 さっき少し降り始めた雨も、どうやら落ち着いているようだし。


「げふっ」

「あーもう、そんながっつくから……」


 す、少しでも早く食べようとしただけですから!

 その結果むせたら意味がない気がするけど。


「……ふう。ちょっと出かけてくるね」


 食べ終えて一息ついて、俺はそう言った。


「え? こんな時間に?」

「ちょっとその子の様子を見に、ね」

「そう……気をつけてね? 何かあったら連絡しなさいよ」

「ああ、行ってくるね」

「いってらっしゃい」


 俺は部屋に戻り、すぐ着替えを済ませる。

 スマホを手に、家を飛び出す。

 探しながら弥生に連絡すればいいだろう。


 湿っぽさが、秋の夜の空気に溶け込んでいた。

 少し冷たいような、暑いような。


 どうせ走るんだから、もう少し冷たくてもいいのに。


「もしもし、弥生?」

『もしかして、見つかった?』


 少し息を切らしているのか、吐息がよく聞こえた。


「見つかってはないけど、母さんが見かけたって言ってたから。今探してるんだよ」

『そう……。分かったわ。また何かあれば連絡してくれる?』

「もちろん。じゃあ切るから」

『ええ、気をつけてなさいよ』

「分かってるよ」


 通話を切って、スマホをポケットに入れる。

 雨が降った後だからか、通行人はほぼいないようだ。

 むしろ好都合である。


「さて、まずは町内を虱潰しらみつぶしにしてみるか」


 小さく区分けされた町としての単位ならば、そこまで大きくはない。

 とりあえず小さな公民館まで走る。

 あまり体力もないはずなのに、全然走れそうな感覚がした。


「ここには、いないか……ん?」


 遠くの辺りに、人影が見える。

 はっきりと見えるわけではないが、可能性はありそうだ。


「よっし、追いかけてみるか」


 あ、あくまでストーカーとかじゃないからね!?

 って、誰に言い訳してるんだろう。


 自らを鼓舞して、ひたすら走った。

 人影がさっきよりも明確になり、同時に確信を持つ。

 セーラー服とポニーテールに、街頭に照らされた赤髪。


「宝生さん!」

「……え?」


 こちらの声に振り向く宝生さん。

 ポニーテールが揺らりと揺らめいていた。


「何故、こんな所にいる!?」

「それはこっちのセリフだ!」

「……こうなっては仕方ないか。別れを告げておこうと思ったんだ。学校にはいなかったし、家を訪ねようとしていた」


 淡々と語る宝生さんは、雨に濡れていて、光に照らされて煌めいていた。


「私が迂闊うかつだったよ。家がどこかも分からないのにな」

「今から、皆に会いに行くのか?」

「そのつもりだったが……少し予定が早まってしまったみたいだ」


 こうべを垂れて、吐き捨てるように言う。

 意味は分かっても、どうしようもなさそうだった。


「私はもう行くよ。ちゃんと話は終わらせなくては、な。物語も、童話も、何であろうと終わりは訪れるものだからな」

「俺は、ついて行ったら駄目か?」


 みすみす見届けるには、あまりにも酷だった。


「やめておけ。死にに行くようなものだ。助かる保証などは全くない。お前がいなくなったら、悲しむ人がいるだろう?」

「それは宝生さんも同じだ。俺もそうだし、弥生や、皆が悲しむよ」

「ふっ、まだ知り合って間もないだろう。それに、私は元々お前たちを危険にさらさせた張本人さ。私が消えた所で、大したものじゃない」


 上手く、言い返せない。

 俺の中で、これは間違えてるという事だけはわかった。


「だから、私はそろそろ行くよ。迷惑をかけたな。代わりに謝っておいてくれ」


 そう言うと、宝生さんは足を運ばせる。


「ぐっ……待ってくれ」


 俺は、どうにかして声を絞り出した。


「まだ、何かあるのか?」


 足を止めて、振り返る事もせずに問う。


「まだ、行かせるわけには……」

「そうか……ならば、少しの間黙っててもらう」


 その言葉を頭が理解をした頃には、俺はその場に倒れ込んでいた。


「……すまないな。行かせてもらうさ」


 頭上を見上げると、夜の闇を更に暗くする雲の切れ間に、流れ星が一つだけ、瞬いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ