Episode97 喫茶店にて
夕陽が差す秋晴れの街に、一際目立つ集団がいた。
キラキラと反射している夕陽などものでもない程に、眩しく美しいものだった。
仕事帰りのサラリーマンたちの視線をこれでもかと集めながら、弥生たちは街中を進んでいた。
弥生、青葉、ティエルに弥生のメイドたる菊池の四人は全員負けず劣らずの美しさを備えている。
その四人が固まって行動している、それだけで周囲の人間からしてみれば注目の的なのだ。
「さて、わざわざ青葉やティエルを連れて集まったのは他でもないわ」
「ふむ……女子会わくわく」
「まあどうせ用事はもう済んでいますからいいですけれど…………ひぃ!?」
二人に睨まれてティエルは思わずたじろいでしまう。
「わ、わたくしが何か」
「そうね。あったからこうなってると言うべきだわ」
「ほ、本当に申し訳ないですわ……」
「まあいいわ。喫茶店でも行きましょ」
少し気を落としたティエルと二人は近くにあった喫茶店へと歩を進める。
そんな三人を見て、菊池は微笑んでいた。
そして、店内。
向かい合うように座っている四人は相変わらず目立っていた。
立っていようかと思っていた菊池だったが、弥生の計らいで弥生の隣にそっと座っている。
「あ、あああの! こ、これお水ですっ」
あまりに現実離れしているからなのか、ウエイトレスの女の子はガチガチに緊張していた。
「ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
「ご苦労さまですわ」
「ありがとうございますね」
「え、えっと……ご注文が決まりましたらそちらのボタンでお呼びくださいませっ! 失礼いたしますっ」
ウエイトレスの女の子は慌ただしく席を後にする。
その後、キッチンの方からは深いため息が聞こえてくるのだった。
「あ、何を頼んでもいいわ。あたしが呼んだもの、奢るわ」
「ありがとうございます、弥生さん」
「まあ……このくらい出せますけれど……厚意を無下にするのもよくないですわね。ご馳走になりますわ」
それから、先程とは違うウエイトレスさんが来て注文を取ってもらい、一息つく。
「さあ、第一回……というのもなんか変ね。とりあえず、洵の事について話し合いましょ」
「ああ、なるほど……」
「そういう事でしたのね」
「なら言わせていただくと、最初に告白したのは私ですねー」
「こういう事に順番など関係ありませんわ!」
「む……それはそうね」
思ってた以上にヒートアップしそうな雰囲気に、どうしたものかと弥生は思うのだった。
何かを言った訳ではないけど、形としても付き合ってるのは自分なのだと……思ってはいても素直に言えない自分に嫌気がさしていた。
これは独占欲なのだろうか、嫉妬なのだろうか。
出来るだけ、傍にいてほしい……それが本心なのに。
「あ、お待たせしました」
ウエイトレスさんが飲み物を置いていく。
頼んだのは飲み物とデザートだから、デザートはその後にでも来るのだろう。
「ふう、喉がうるおいました」
「このココアなかなか美味しいですわね」
「で、とりあえず主張はいいの。どうするか決めましょう」
「どうするって……どうするんですか?」
「う……」
そう、どうするも何も、どうすればいいのか分からないのだ。
自分の無計画さを恥じるしかない。
「と、とりあえず……ほら、洵とあたしは付き合ってるんだから下手に手を出すのは……」
「それ、さっきの主張やらと変わらない気がしますわ」
「うっ……」
弥生はティエルに核心を突かれ、何も言えなくなってしまう。
「でも、それが実際にブレーキになってるんですよね……いつまでのつもりなんですか?」
「そ、そうね……」
正直に言ってしまえば、何も考えてなどいなかった。
なんとなく、このままでいるような気がしていて……前に一度揺らいだが、結局大丈夫だと考えるのをやめていたのだ。
当初の問題はほぼなくなったと言えるし……この仮の関係は断ち切れてもおかしくもなかった。
「お待たせしましたー」
ウエイトレスさんがデザートを並べていく。
それを横目に、弥生は思案に暮れていく。
本来、洵とは大して関わりなどないのだから……この関係が終われば本当にただの友達に過ぎなくなってしまう。
これは、一度関係が変わった時に嫌というほど体感した事だった。
「……今度、洵と話してみるわ」
落ち着き払って、そう確かに告げた。
話すと言っても、なんといえばいいのかが分からないから……答えを出すにはもう少しかかるとは思いながら。
「分かりました。それまでは様子見でいますね」
「とかいいながら一番ベタベタしてますわよ」
「あ、あれくらい普通ですー!」
「まあ、確かに過剰すぎる気はするわ」
「ほら、多数決を取ってもいいんですのよ?」
「むう……」
頬を膨らませる青葉が可愛らしくて、素直に言える勇気を持つティエルが羨ましい。
自分には……何があるのだろうか。
答えを探すように菊池の顔を見ても、晴れやかな笑みを返してくれるだけだった。
「って……あ、すみません……用事があるので先に失礼しますね」
「あら、そうなの」
「すみません……」
「用事なら仕方ないですわよ、青葉さん」
「ですね。急ぐのでしたら車をお貸ししましょうか?」
「あ、いえ……最悪飛びますから」
「かしこまりました。では、また」
この辺の会話は青葉ならではで、なんだか可笑しくて吹き出しそうになる。
「ご馳走様でした。それでは」
「またですわー」
「またね、青葉」
「はい!」
一足先に青葉が抜けて、残るはティエルと弥生と菊池。
「……あ、そういえば」
「どうしたのかしら?」
ふと、何かを思い出したようにティエルは手をポンと打つ。
何の事だろう、と思いながらも聞いてみる。
「ちゃんと言ってなかったですわね、弥生さん。夏の時はお世話になりましたわ」
ティエルは姿勢を正してそう言った。
「そうね……まさかまた会うなんてね」
本音を言えば、脅かす存在となっている今となれば会いたくはなかった。
……なんて、言えるはずはないけれど。
「それにしても、弥生さんも好きなんですわよね。何故こうもライバルは強力なんでしょう……」
……改めて、心の中で問いてみる。
私は……私は……。
今や見慣れた顔を思い出して、自分に答えを求める。
……簡単には、返ってこない。
「あ、ごめんなさい。わたくしも用が出来てしまいましたわ」
「あら、そう……」
「本当に申し訳ありませんわ」
「彩楓さん、お構いなく。お車をお出し致しましょうか?」
「な、何故その名前を……!? それは助かりますけれど……」
ティエルは困惑顔になっている。
相変わらず、菊池はよくわからない。
一体どこからその事を知ったのかと聞いても、一切明かしてはくれないのだが。
「おそらくお店の前に停めてありますので。遠慮しなくていいですよ」
「な、なるほど……とにかく、ありがとうございますわ。それでは、ご機嫌よう」
最後は優雅な立ち振る舞いで、ティエルは席を後にした。
「……お嬢様?」
「何かしら?」
「わたくしどもは、お嬢様を応援しています。悩み事などがございましたら、何なりと」
「……つまり、あたしが悩んでる、と言いたいのね」
「いえ、そう言ったつもりはございませんよ」
真面目な顔で菊池は答えるが、きっとこれは嘘だ。
長年の付き合いというのはこのくらいの嘘であれば、やすやすと見破れるものだ。
「まあいいわ。……ねえ、菊池?」
「はい、何でしょう?」
「あたしは……どうなのかしら?」
「……何がどうなのか、理解しかねます」
これもきっと嘘だ。
分かって、菊池は言っている。
おそらく、言わせようとしているのだろうか。
「……やっぱりいいわ」
「あら、そうですか」
「帰りましょ」
「では、支払いを済ませますね。高橋」
「はい、かしこまりました」
一体どこから出たのかは分からないが、コワモテな神崎家の執事である高橋が現れる。
何より厳ついために、周りからはぎょっとされてたりするのだが……言わないでおこう。
「さて、では行きましょうか」
「そうね。わざわざありがとう」
「……あら。ふふ、どういたしまして。もったいなきお言葉ですわ」
少し驚いた様子の菊池に、むしろこちらが驚きそうにもなる。
席を立ち、悠然として店を出ていく。
……神崎グループの令嬢として、恥ずかしくないように。
車に乗って、窓から外を見ると、わずかに雨が降っていた。
青葉は大丈夫だろうかと、弥生は思うのだった。