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Episode95 手紙の送り主

「ふう」


 職員室を出て、俺は一息ついた。

 無事課題を提出、ここまではいいとする。

 本題はもっと重たいものだ。


「…………はぁ」


 足が思うように進まない。

 ちゃんとしようとは思っている。

 が、思った通りのことが出来ないのが人というもので。


 階段を降りて、廊下の喧騒を通り過ぎていく。


 もしこれが弥生だったら好奇の目線やらにさらされるのかもしれないけど、俺みたいな奴ならば簡単に紛れられるものだ。

 まあ『神崎弥生の彼氏』という立場からか、そこそこ名が知れちゃってるんだけどね。


 それから少し歩いて、廊下を左に曲がる。

 右に行けば体育館があるのだが、今は関係ない。


 そのまま進んでいくと、突き当たりになる。

 突き当たりには扉があり、そこから中庭に出られるのだ。


「あちゃ、外履きでも持ってくればよかったかな……」


 などと思ってももう遅いと諦めて、俺は中庭に入った。

 中庭は校内や屋上などとは違い、人も少なくとても静かな空間となっていた。

 木々や花々のおかげか、澄んだ空気が立ち込めている。

 中庭の中心には池があり、滴る水の音が心を落ち着かせようとしてくれているようにも感じられた。


 でも、どうにも緊張はしてしまうものだ。

 ドキドキしながらも石床を歩いていく。


 時々チラッと見られては何かを噂されてるような気がするが……気にしてたらキリがないわよって弥生が言ってた。


「……で、どこだ?」


 思い返してみると、あの手紙に書かれていたのは中庭、としか書いてないのだ。

 それにここは静かにしたい人や、絵に熱心な人が草花のスケッチに勤しんでるようで、誰が誰かも分からない。

 いや、そもそも手紙が誰からのものかも分かってないけど。


 よくわからないまま辺りをうろうろしていると、いきなり襟元を引っ張られた。

 そのまま影となるような場所に入り、襟元を掴んできた方を見ると──


「お待ちしていました、小波洵さん」




 ◆


「……さて、準備はもう出来たな。これからどうしようか」


 錆びれに錆びれた廃工場の窓から、一筋の光が突き抜けていく。

 光に照らされた髪は緋色に映し出されていた。


「まだ少し日があるんだろうか……とりあえずここを去るか」


 これから泊めさせてもらっている屋敷に戻る……としても、何をすればいいのだろう?


 思い出ならもう十分だ。

 でも、せっかくなら…………もう一度皆に会いたい。


「……? 私がそんな事を思うとはな。やはり平和ボケか?」


 どうであれ、こう思ったことに代わりはない。

 最期となっても構わないという決心はもうついていたが、どうやらまだ心残りはあったようだった。


「終えたら……今日にでもあそこを発つか」


 もう、あの居心地のいい場所に居てはいけない。

 これ以上、迷惑をかけたくもなかった。


 おそらく今日が、あの可愛らしい制服に腕を通す最後になるだろう。

 洵にはああ言ったものの、生きて帰る保証など微塵もないのだ。


「……最悪は、奥の手……か」


 この奥の手を使うという事はほぼ間違いなく助からないという事だった。

 それでも、自らが蒔いたタネは自分でどうにかしたい。


慧吾けいご……もう少し、見ていてくれるか……?」


 少女の呟きは、空に虚しく消えていった。


 ◆


「わ、わたくしではだめなのですの!?」

「いや、ちょっと待て。それと大声になってる」


 隠れてる意味なんてあるのかと聞きたいくらいなんだけど……。


「だって、だって……わたくしはぁぁ」

「だああっ! 泣くな!」


 今、俺は何がなんだか分からないくらいの展開に慌てふためいていた。

 いや、案外落ち着いてるかもしれないけど。


「ふええ……わたくしは洵さんがぁ……」

「それはもう分かったから! 一度泣き止んでくれ!」

「うう……じゃ、じゃあ胸を借りますわねっ」

「ああもうそれでいいから泣き止んでくれ……」


 ことん、と置かれた頭からは何かの花のような香りがした。

 いかんせん花には詳しくないからさっぱり分からないな。


「ううう……わたくしのどこがそぐわなくって……?」

「とりあえず落ち着こう、な?」


 女の子を泣かせてしまったという事実が何よりも深く俺の心に突き刺さっていた。

 この、何とも言えぬ罪悪感は一体……。


「……その、ごめんなさい……」

「いや、俺の方こそごめん……」


 女の子とこんなに密着しているというのに、不思議とドキドキはしていなかった。


 少し気まずい雰囲気が二人の間に漂う。


「も、もう大丈夫ですわ」


 泣きはらした顔でも、ティエルは気丈に振舞おうとしていた。


「さあ、詳しくを話して頂ける?」

「……でも、他には言いふらさないでくれよ」

「わかりましたわ」

「その、さ。俺と弥生は仮の(・・)恋人に過ぎないんだよ」

「仮……? 仮って?」


 首をかしげてティエルは疑問を口にする。


「つまりは本当に付き合わってるわけじゃない。まあ元々はもうそんなフリしなくていいはずだったんだけどな」


 俺が高成さんに気に入られてしまったが故の問題だ。

 続けるという事で弥生も同意しているし、大して気にしていなかった。

 ……夏のあの日が来るまでは。


 青葉の告白で話が変わったのだ。

 青葉の気持ちは嬉しかったし、申し訳ないと思った程だ。

 しかし何よりの問題は、直前でも高成さんにアピールをするような事になり……そう簡単にやめられなくなってしまった。


 弥生いわく『そのうちすーっと自然消滅すればいいのよ』とか言っていた。

 しかしこの頃心なしか、弥生が以前より俺にくっついてきてるような気もするんだよなぁ。



「……つまりは、完全にダメ、という訳ではないと」

「まあ、そういう事なんだけど……なんというかなぁ」

「どうしたのですの?」


 俺はティエルに、夏の青葉との事を告げた。


「なるほど……つまり、わたくしも同じ舞台に立っているという事でよろしくて!?」


 満面の笑みを誇るティエルはいつもの調子のようだった。


「いや、そう言ったわけじゃなく──」

「ふふふ、そうとなれば負けませんわよ……例えライバルが誰であろうと、このティエルめげませんわ!」

「おいこら人の話を聞けえええ!」


 ビシっとポーズを決めて高らかに宣言するティエルは完全に元に戻ったようだ。

 あと、お願いだから話を聞いてください。


「洵さん、ご飯はいかがですの?」

「いやまあ今から食べるつもりだけど……」

「それなら一緒に食べません? わたくし、先程までは食事も喉が通らない心地でしたけれど、今ならいくらでも食べられそうですわ!」

「それは構わないけど食べ過ぎには気をつけてくれよな……」

「大丈夫ですわ! このくら──げふっ!?」

「ちょ、大丈夫か?」


 その後、何度かむせるティエルと二人で昼食を済ませて部室に行ったが、先輩二人の夫婦めおと漫才を見れただけで弥生と青葉の二人には会えないのだった。


 ちなみに、教室で青葉に会ったが目も合わせてもらえないのだった。しくしく。

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