Episode93 手紙
休日が明けて、月曜日。
快晴の空からはまだまだ暑くしてやる、なんてくらいの日光が降り注いでいた。
こうも暑いとため息をついてしまいそうになるが、真夏に比べれば少しマシだと言い聞かせて俺は外へ繰り出す。
いつも通りの金髪を二つに束ねた姿の弥生がいて、俺たちは登校する。
昔はそこまで会話が無かったものだが、今となっては色々話したりするものだ。
そして今日も例に漏れず。
「洵、美紗は喜んでいるようだったわ。本当にお疲れ様」
「良かった、まあ楽しかったから問題ないけどな。ありがとう」
何かと思えば一昨日の事だった。
そりゃあ考えてみればその辺りになるよな。
「で、結局どうなったの?」
「え? あっ……」
弥生に言われて思い出した。
そうだ、一昨日の出来事についてあんまり話してないんだった……。
「そうだな、上手く行ったよ」
「それは前にも聞いたわよ……」
なんて呆れるようにため息をつきながらやれやれ、と弥生は肩をすくめる。
「せっかく時間がそこそこあるんだから、もう少し詳しくとか……」
「分かったよ。えーと……何から話せばいいかな」
「全部聞くから最初からでいいわ」
「そ、そうか」
悩んでいるとそれを断ち切るように弥生が言葉を発した。
弥生も考えているんだろうな、と思うとなんだか嬉しく感じられた。
どうにかしたいという思いはきっと、同じだと信じている。
「じゃあ、まず最初に──」
さあ話を切り出そう、と思った矢先の事だった。
「洵さーん!」
「ぐぼはぁ!?」
俺の背中に何か重みのあるものがぶつかってきた。
おまけにわけわからない悲鳴みたいな声が出てしまって何とも言えない。
若干むせながらも後ろを見てみれば、照らされた白銀のような髪が眩く輝いていた。
「なんだか洵さんに早く会いたくて来ちゃいました!」
「えっと、うん……それは分かったんだけど、いきなり飛び込むのはやめないかな……」
青葉が突撃してきたおかげで背中から腰にかけての辺りがどうにも痛い。
絶対飛んでただろって言いたいくらいの勢いだったよ……。
むしろよく倒れなかったと言いたい! いや、足は崩れたけど!
「す、すみません……つい」
あわあわと慌てながら必死に頭を下げる青葉の頭が眩しいです、とても。
「青葉、せっかくだから青葉も聞かない?」
「……何をでしょう?」
弥生に声をかけられた青葉は事態が掴めておらずぽけーっとしている。
いや、普通に考えたらわかるわけないと思うけど。
「一昨日の話。洵に何があったかとかを聞こうと思っていたところよ」
「なるほど……そうですね、私も聞かせてください」
合点がいった青葉はこちらを向いて、今にでも聞けるようにスタンバイしている。
少し調子が狂っちゃったりはしたけどもまあいいか。
それから学校に着くまで、俺は一昨日の事を宝生さんを中心に事細かく説明した。
二人とも熱心に聞いてくれてとても嬉しかった。
そして今後どうするかを考えておくという事でその話は終わった。
玄関に入り自分の下駄箱を開ける。
「……何これ」
内履きと学校内用のサンダルがあるのはいつもだ。
それに加えて何やら便箋のようなものが置かれていたのだ。
何やら丸いかわいらしい字で、小波洵様へなんて書いてある。
こ、これは俗に言うラブレター的な奴だろうか……
とりあえず誰かに見られるのもアレなので速攻でカバンに詰め込んでおく。
後で読まなきゃだよな……というか急いだ方がよかったりするのかも。
「洵さん? どうかしたんですか?」
「──っ!?」
そんなこんなしていると青葉が声をかけてくる。
それに思わず俺は驚いてビクッと反応してしまった。
なんだか不審そうに俺の方をじーっと見つめる青葉が怖い。
何でかな、後ろめたいというか。
「い、いや……別になんでもないよ」
「ほんとーにですか……?」
「うぐっ!? ま、まあ大丈夫だよ、気にしないで」
俺は全力でごまかすように笑みを作ってみせる。
不満そうな青葉はむーとでも言いそうな感じに口を尖らせてて可愛い。
じゃなかった。
「あ、青葉ちゃんおはよー」
「前田さんおはようございます!」
クラスメートの前田さんに挨拶を返す青葉の切り替えの早さに驚いたり。
「青葉ちゃんおっはよー」
「早川さんおはようございます!」
……さて、今のうちに学生の波に乗ろうかな。
登校のピークに差し掛かってきたようで、玄関は学生で埋め尽くされようとしていた。
玄関の喧騒から逃れるように、学生たちの間を抜けて俺は足早に教室へと向かう。
「洵さーん、待ってくださーい」
「……ばれたか」
大声で名前呼ばれても恥ずかしいし困る……って前に言ったんだけどな。
そんな事はすっかり忘れているのか、再三名前を呼びながらこちらへ向かってくる青葉に俺は小さくため息をつくのだった。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
どうやら一限が終わったようで起立、と号令がかけられる。
「気を付け、礼」
危うく寝かけていたのでかろうじで助かった……。
「小波が礼していなかったからもう一回」
「あ……」
周りからはえーなんて声が湧き上がってきて……本当にすみません。
「気を付け、礼」
今度はちゃんと礼をして、何故か内心で「やったか!?」なんて思ったなんて言えない。
「よし、終わります」
この声でやっと解放された俺たちは、はぁーと息をついた。
休み時間の騒がしさが教室を包み込んでくる。
嫌ではないけど、たまに聞こえてくる女子の甲高い声ばかりは少し苦手かもしれない。
「と、そうだった。次の時間は移動教室じゃないから時間ありそうだな」
俺はカバンからこっそりと便箋を取り出してポケットに入れる。
サイズが丁度ポケットに入るくらいで本当に助かった。
とりあえずトイレに駆け込んで個室に入り、封を開いてみる。
中から手紙が出てきて、そこには──
──小波洵様、もう読んでくださったでしょうか。
本日の昼休み、放課後どちらでも構いません。
中庭まで来てください。ずっと、お待ちしています──
……ラブレター、だよね、おそらく。
これは行かないといけないんだろうなぁ。
そもそも、俺の事を好きになる理由がよく分からないというのに。
それでも呼ばれたのなら行くべきだよな。
そっと元に戻してポケットに入れる。
トイレから出るともう次の授業が始まろうとしていた。
俺は慌てて教室に戻ると、青葉には何故か睨まれ海斗には何があったんだとか聞かれた。
確かにいつも教室にいるけどさぁ……っていうか青葉が怖いよ。
席に着くと同時にチャイムが鳴り、教師が入ってくる。
どうやって心の準備をしたものかと俺は悩み始めるのだった。