Episode92 楽しい時は過ぎていく
俺が戻ってくると、みんなは少し退屈そうだった。
なんだか申し訳ないな……。
「お土産ですか?」
「いや、もらったのに何も渡さないのもなんだか、と思ってて……というか元より渡そうと──」
「御託はいい! さっさと寄越せ!」
「乱暴はよせええ!」
「ぬあに!?」
海斗は袋をふんだくろうとしてきていて、それを須田が蹴り飛ばしたのだが……。
蹴った際に袋が破れ、中身が辺りに散乱してしまった。
というかお前が一番乱暴な気がするのは俺だけでしょうか。
「……あああ!? すまない……その、あれだ! 弁償すればいいかっ!?」
須田は繰り返し謝りながら狼狽えている。
そんな須田を地面に突っ伏しながらニタニタと笑う海斗は本当にタフである。
「ざまぁねぇなぁぁぁ! ……って、あぢゃぢゃぢゃ!? 弥生様ご無体な!」
あ、弥生に熱々のコーヒーかけられてる。放っておこう。
「本当に悪い……」
「いや、いいよ。じゃ、拾うの手伝ってくれるか?」
「あ、ああ……それくらいはさせてくれ!」
須田は俊敏な動きで母さんへのお土産やらみんなへのプレゼントを拾ってくれる。
プレゼントは個装にしてもらったおかげでそこまで問題はなさそうだ。
「よし、これで全部だな。ありがとう、須田」
「そんな……私が感謝するべきなのに……」
俺はがっくりと項垂れている須田に包みを差し出した。
「はい、須田の分だ」
「い、いいのか……?」
「そんな気にしなくていいから」
「あ、ありがとう……本当に」
須田は一転して明るい表情になる。
俺はそれを見て少しホッとした。
「弥生、今日はありがとうな。よかったら使ってくれ」
「ええ……それにしても、いい加減気付いてくれてもいいのに」
「……え?」
ぼそっと告げた言葉の意味がいまいち分からないのだが……ってなんかすごい睨まれてる!?
「もう、わざわざあの時の着けてたのに……」
言われてイルミネーションやらに照らされてキラキラと輝く弥生の金髪を見る。
いつも通りのツインテールで、それを束ねるシュシュが──
「……本当にすみません」
夏休みの時に俺が選んだシュシュじゃないか……。
「もういいわ。ほら、他にもあるんでしょ。早く行ってきたら?」
「あ、ああ……」
不機嫌になってしまった弥生には後でこれでもかと謝罪しておこう。
「青葉、ティエルの分はこれとこれかな」
ラッピングの色を変えてもらって覚えたつもりなんだけど……どうにも自信が無い。
「ありがとうございます! 大切にしますね!」
「あら、わたくしにもくださいますのね。有り難く頂戴しますわ」
二人へのプレゼントも済ませた事だし、海斗は……須田に殴られてるし後でいっか。
「菊池さん、ありがとうございました」
「いえいえ。どうでしたか?」
丁寧にお辞儀で返してくれる菊池さんは流石というか。
「うまく行った……と思ってます」
「そうでしたか。ふふ……流石、お嬢様や旦那様が見込んだだけの事はありますね」
「は、はい……ありがとうございます……」
こうも褒められるというのは慣れないものだ。
恥ずかしくなってうまく話せなくなってしまった。
「さ、まだあるんでしょう? あちらで待っていますよ」
「……はい。じゃあ行きますね」
菊池さんに背中を押されて俺が向かう先には、腕組みをして壁に寄りかかる宝生さんがいた。
相変わらず赤髪のポニーテールに眼帯をしていて、やっぱり他と違っているなぁ。
こちらに気付いた宝生さんに軽い会釈をする。
「用はもう済んだのか? そろそろ休みたいものなのだが」
表情を緩めることはないが、流石に疲れてきたのだろうか。
「えっと……ほぼ済んだけど、後一つあるな」
「そうか。なら早く済ませてしまおうか」
「分かった……じゃあ、これを宝生さんに」
意表を突かれた宝生さんは驚いているようだった。
「な……私に、か」
「ああ、受け取ってもらえないか?」
珍しく動揺している宝生さんは俯きながら、可愛くラッピングされた包みを受け取った。
……でもハート型の眼帯って使うことあるのかなぁ。
選ぶの間違えて気がしてきたぞ。
「……その……ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ用も済んだし行くか」
「ふっ……そうだな」
思わず、宝生さんに見惚れてしまっていた。
「ほら、ボサっとしてないで行くぞ?」
「わ、悪い!」
我に返った俺は先に行く宝生さんを追いかける。
それからみんなと合流して、俺たちは帰路へついた。
車内で海斗と園田にプレゼントを渡したのだが思いの外、ウケが良くて盛り上がったのだった。
「あの、ですから皆さんもう少し──」
「嫌です」
「ここはあたしの定位置よ」
「いっそ前という選択肢も……?」
まだ少しぶすっとした弥生に頑なな青葉に何かよからぬことを口ずさむティエル。
こいつらもうどうにかしてください。
「園田、お前慣れてるだろうから変わってくれ!」
「はは、やだなぁ……小波さんじゃないと意味が無いのに」
「そうだよ! 畜生、リア充くたばれ!」
「ま、まあまあ……」
「お前もリア充だろうがあああああ!」
なんだか悲痛な叫びが聞こえるんだけどこちらはこちらで辛いんだからな。
「洵、この前パパが……」
「少し気分転換に飛んでたら……」
「洵さん、わたくしも聞いてくださいますっ!?」
……つまりは聖徳太子になれということだろうか。
「あのな、みんな話してもわからないんだけど……」
「そうね。で、結局……」
「そうですか……それで、危なかったんですけど!」
「…………皆さんが話すのでしたらわたくしも」
この子たち聞いてくれないんだけど!?
「だあああ! 一人ずつ話してくれ!」
そんなこんなで楽しかった土曜日は過ぎていく。
ほらな、海斗。
もはや権利なんてほぼないんだからな……この苦労をお前は知らないだろうが。
◆
「…………寝れない」
神崎家の屋敷。
与えてくれた部屋のベッドから起き上がり、カーテンを開けてみる。
月明かりが差し込んでくる。
だいぶ膨らんだ月を見て、ふと日本では十五夜というものがある事を思い出した。
片親──確か母親──と自分によくしてくれたあの人……共に日本の生まれだ。
そのせいか、日本にはどこか親近感を覚える。
まるで、第二の故郷のような。
本当の故郷はもう、どこなのかすらわからない。
戦時中ですぐに引き取られてしまったからだ。
自分の親はろくでもない親だったのかもしれないが……生きているのであれば、もう一度──
「叶わぬ願いなど……夢でいいのに」
もうすぐ訪れる……報復。
それを無事に済ませるための秘策──
「明日にでも準備をしておくか」
ショルダーバッグから金属質のものを取り出す。
もしものために取っておいたそれを、仕掛けておけば……可能性はゼロではないかもしれない。
僅かであろうと、ほんの一掴み程であろうと。
一縷の望みに願いを託す事が例え無駄になろうとも。
「……とりあえずは寝よう」
疲れが溜まっているが故に、今は休む事が先決であろう。
カーテンを閉めると、部屋の中はさらに暗くなる。
そしてベッドに体を預けると、吸い込まれる様に夢の中へと誘われるのだった。
赤髪の少女が見た夢はまるで今日のような、それはそれは楽しい夢なのだった。