Episode91 ラストはやっぱり……
いつの間にか日が傾くほどの時間になっていた。
とはいえ、まだ夏の気色が残っている分、明るいのだが。
そんな中で、俺はだいぶぐったりしていた。
「いやあ……たまにはこういうのも悪くないものだな」
「わかってくれて良かったよ。はぁ、疲れた……」
「まあ休め、どうせ粗方乗ったのだからな。乗っていないとすれば、後は……」
いつの間にか消えていたと思えば戻ってきて当たる宝生さんが見つめるその目線の先には、園内でも目を引くほどに大きな、まるで主のようにも見える観覧車がゆっくりと回っていた。
「……なんだか付き合わせてしまったみたいで悪かったな。お前には恋人がいるというのに」
「いや、気にしないでくれ。大丈夫だからさ」
俺は少し驚いたが平常を装って答えた。
「なあ、悪いが後一つだけ」
「……大体分かったよ、行くか」
気付けば俺は宝生さんの腕を引っ張っていた。
向かう先は一つ。
悠然と構えるあの観覧車へと、俺と宝生さんは歩んでいく。
思っていたより時間がかかってしまったが観覧車乗り場までたどり着いた。
辺りにはカップルが数多くいてなんだか妬ましく感じる。
あくまで本当に付き合ってるわけじゃないからかなぁ。
「なんだか歯が浮きそうだな……」
「気持ちはわかるよ」
まあ、今の俺たちも傍からすればそう見られているのだろうが……知らぬが仏だろう。
それから何分かして、俺たちは小さなゴンドラの中に乗り込んだ。
中は少し篭った感じがして、外とは少し違うような感じがした。
観覧車は静かにゆっくりと回っていき、それに伴って少しずつ高くなっていく。
そこからの景色は見ていて爽快なものだった。
さっきまで乗っていた色んなアトラクションを見下ろしているのだから、当然なのかもしれない。
そんな中に弥生たちを見つけたり、暴れる海斗を宥める園田がいたり。
遠くを見れば、夕闇がそっと顔を覗かせていた。
今日はとても長い一日だった気がする。
お昼には色々あったけど、とても充実していた。
何より、宝生さんが素で笑ってくれていた事が本当に嬉しい。
俺はもうしばらくこの時間が続いてくれてもいいのに、なんて思いながら景色を眺めているのだった。
◆
小さなゴンドラの静かな揺れを感じながら、目の前で景色を眺める一人の少年を宝生美紗は見つめていた。
最初は嫌がっていたというのに、いつの間にか我を忘れてしまうほどに遊んでいた。
これまでにあまり経験した事のないものばかりで、とても面白かった。
そしてそんな自分に嫌とは言わずについてきてくれた洵に、ここに連れてきてくれたみんなに感謝していた。
──終わりを迎える前に、こんなに楽しい思いができるなんて……全く想像もしていなかったな。
あの紙に書かれていた期日はもうすぐ。
仮に、戻れば無かった事にすると言われようと……今の自分なら戻らないだろう。
あんな所に戻るくらいなら、この命を遂げてしまう方がいい。
最後に、こんなに楽しい記憶を残せて死ねるのなら……それはそれで本望だと思えるから。
……せっかくなら、少しくらい過去を打ち明けようか。
これが一時の気の迷いでも構わない。
どうせ結末は変わらないのだ。
「なあ……」
「ん? って、ああ……ごめん」
少し気恥ずかしそうに微笑む洵が少し羨ましく思えた。
そんな感じで笑ってみたい。
いつの間に、こんな事を思うようになったのだろうか。
わずか一ヶ月くらいの間に変わったのだろうか。
「で、何かあるのか?」
「いや……そこまで大した話でもないが」
「ああ、構わないよ」
彼の優しさが嬉しかった。
さぞかし弥生は幸せなんじゃないかと思えるほどだった。
「私は……よく命令違反をしたものでな。自由なんてなかった。それに抗おうとしたんだろうな、バカらしいと思うばかりだ」
美紗の中で、昔の記憶が蘇ってくる。
……何度も逃げ出そうとした事があった。
そんな時に支えてくれたあの人はもう、いないけれど──
「今回で流石に限界なのだろうな。許された時間は後数日しかない。止めたところで行くし、止めるのも無駄だ」
「ぐ……」
歯がゆそうな顔をする洵に、どこか申し訳ない気分がした。
「……悪いな。だが、これは決まっている事だし、分かっていた事に過ぎない。覚悟ならとっくにできているよ」
「俺は……俺は、宝生さんが無事であって欲しい。無茶苦茶かもしれないけど、大事なかけがえのない人だって思ってるんだ。だから──」
必死に思いの丈を伝えてくれる洵を見ていると、何故か瞳を涙が濡らしていった。
「はは、ありがとう。まあ、そうだな…………諦めないでみてみるか。戦力では圧倒的な差はあるのは確かだが……小部隊を殲滅した事くらいはある。どうせ死ぬのなら抗ってみるのも面白いかもしれないな」
ただしを受け容れるのも悪くない気はしたが……縛られ続けたのだから、仕返してやるつもりで行くのも悪くはない。
それに秘策は一つだけある。
上手くいけば生き残る事も出来るし、下手をすれば自らの首さえ締めかねないが……賭けというのは嫌いではなかった。
「……ほら、後ろを見ろ」
「え? 何かあるか?」
素っ頓狂な返事をしながら後ろを向いた洵に、そっと近付いて──
「って、何もないじゃな──っ!?」
「ふっ……外国ではそこまで大したものでもないさ」
美紗はこれまでで一番と言ってもいい程に自然な笑みを浮かべた。
◆
──何が起こったんだろう。
正直、さっぱり事態が掴めていない。
まず状況をお伝えすると目の前には笑顔の宝生さんがいる。
そしてさっきよりも暗くなってきていて……俺たちは変わらずゴンドラの中にいて……つまりなんだ?
何が起こったんだ?
誰かわかりやすく解説してくれ。
「ほら、着いたから降りるぞ」
「お、おう」
宝生さんに腕を引かれてゴンドラから降りて少しボーっとしながら歩いていくと、みんなが集まっていた。
「1、2、3 …………みんないるかしら」
「いや、園田だけいないがな……あいつは放っておけ! リア充なんてくたばれ! 洵もくたばれ! というか爆ぜてしまえ!」
「なんか酷い言い様じゃないか!?」
「お前がくたばれええ──っ!」
「ぎゃああああ!?」
いつもどおりの茶番劇お疲れ様です。
「あ、あの洵さん……先程は申し訳ありませんでしたっ!」
「あーそれは、うん」
青葉が俺の前に出てきたと思えば、謝罪とともに何かの袋を渡された。
「あ、わたくしも! お、お詫びですわっ!」
それに次いでティエルも出てきて何やら大きな袋を押し付けてくる。
「その、ありがとう……そこまで気にしてないから大丈夫」
「本当にですか!?」
「ああ、大丈夫だよ、青葉」
俺がそう言うと青葉は安堵の表情を浮かべる。
後ろでティエルもふう、と息をついていた。
もしかしてずっと気にしてたのかもしれない……なんて思うと実に申し訳ないのだけど……。
「やばい、ちょっと待ってて!」
「あまり遅くならないでねー」
「わかってる!」
「洵ぉぉ! 逃がすかぁぁ! って、ああっ! それはらめぇぇ! おかしくなりゅうう!」
なんか後ろから気持ち悪い艶かしい声が聞こえた気がするけどスルーの方針で。
俺は猛ダッシュでお土産屋さんに駆け込んだ。
母さんに送る分とみんなに送る分を買おうと思ってすっかり忘れていた。
時間がないのでささっと似合いそうなものなどをチョイスしていく。
弥生には可愛らしい色合いのシュシュ、青葉は髪留めかな。
ティエルは何送ればいいんだろう、小物買っておくか。
海斗にはネタでいいよね、うん。
園田も似た感じで行こう。
そんなこんなで決めていき……手が止まる。
宝生さんの分がない。
適当に見回してみると……あ、眼帯が何故か売ってた。
これ買おう、うん。
なんかハート型してるけどいいよね、なんとなく。
会計を済ませてそれぞれ小分けしてもらい、それらを入れた紙袋を受け取る。
俺はみんなの元へと足早に駆け抜けていくのだった。