Episode90 昼時はやっぱりドタバタと
結局、お昼は食べ放題のフレンチとなった。
まあ費用は全て神崎グループの方で負担してくれるという話だ。
……とは言っても、流石に高いかなぁと思った俺と青葉は違うのでいいよ、と言ったのだが弥生に押し切られてしまった。
「うちの財産を考えたらここ買うくらい容易いのだから、今更遠慮する必要はないわ」
「やっぱりスケールが違うな……」
「あ、ありがとうございます、弥生さん!」
半ば大げさにお礼をする青葉に少し遅れる形で俺も弥生にお礼をしたのだった。
そんなこんなで、俺たちはバイキング形式のフレンチ料理を堪能……のはずなんだけど。
「なんで俺支給係にされてるの!?」
「ほら、洵。あれ持ってきてくれるかしら」
「少しは聞け!」
「洵さん、わたくしもそれいただけます?」
「だから聞けって!」
さっきからあれこれと立て続けに言われてしまい、俺は満足に食事が出来ていないのである。
須田も支給係に徹しているんだろうと思えば……あいつスイーツ食べてるんだけど!?
その横には笑顔の菊池さんがいて、こちらを見ているようだ。
俺は手伝ってくださいとアイコンタクトをしてみるが『頑張ってください』とでも言うかのような満面の笑みを返されてしまった。
そこそこ人が混んでいるせいか、順番を待たないといけなかったりするせいで本当に自由がない。
「……もう抜け出して自腹でなにか食べようかなぁ」
誰もこんなこき使われる為に一緒にいるわけじゃないんだし。
弥生には感謝しているから、何も言わなかったのだけど……流石に我慢できないかも。
ひとまず言われていた料理を三つほど取った俺はみんなのところへ戻る。
次をラストチャンスにしようかな。
「お疲れ様、助かるわ」
「洵さん、ありがとうございますわ」
「はぁ……どういたしまして」
俺はやっと席に着いた。
自分の取り皿には料理が沢山並んでいる。
食べる時間がなかったせいで温かいものはすっかり冷めてしまっていた。
「小波、すまない」
さて食べようかと思った矢先に、声がかけられる。
誰かと顔を上げると須田だった。
「お嬢様の分を今から取ってくるから代わりに動いてもらえないか?」
「いや……断る」
「なっ……おい、待て!」
俺は堪忍袋の緒が切れてしまったのか、少しの間誰も見たくなかった。
無我夢中で外へと行く。
分かった事として、人間は我慢の限界が切れるとどうしようもないってことだ。
かっと熱くなってしまった頭を冷やそうと、自販機でジュースを買って近くにあったベンチに腰掛ける。
少しだけ乱暴に開けて、がぶ飲みしてみた。
喉を通る爽快感と共に俺は噎せてしまう。
「適当に買ったけどこれ炭酸かよ……」
どうでもいい事にすらむしゃくしゃしてくる。
こんなに短気だったかと自分に聞いてみるが、答えは返ってこなかった。
「はぁ……落ち着け」
声をした方を見ると、腕組みをして立っている宝生さんがいた。
俺は思わず、怒りの矛先を宝生さんへ向けてしまいそうになる。
だがそこでふと冷静になった俺は、宝生さんは何も悪くないことを思い出した。
宝生さんはさっきも一人で全てこなしていたのに。
そう思うと、途端に自分が恥ずかしくなった。
「まあ思うように行かないと苛立つ気持ちはわかるさ。でもこうやって逃げた所で解決にはならない、単なる一時しのぎだ。感心できないな」
「……そうだな」
淡々と語られる言葉に俺は同意するしかなかった。
今、俺にとって宝生さんは雲の上の存在にさえ感じられたからだ。
「それに、お前はまだまだこれからだろうに。私は…………私は、もうあまり時間がないのだから」
「それは……」
俺は言葉に詰まってしまう。
何も言えない。
何も言いようがない。
そして──
どうにかすることは出来ないのかという願いが、俺の中で湧き上がるばかりだった。
「ふっ……まあ気にする事でもない。いずれはこうなるのではないかと思っていたからな」
少しおどけるように、宝生さんは微笑みながらそう言った。
「……そうなのか」
「まあ、そうだな。さて、どこか食べに行くか? ろくに食べてないだろう」
言われて、さっきまで忘れていた空腹感が一気に襲ってきた。
「その、ありがとうな」
「…………気にするな」
それだけ言うと宝生さんは歩き始める。
それから俺と宝生さんは近場にあったバーガーショップへ立ち寄った。
適当にセットを頼むと、数分も待たずしてトレーを渡された。
早いなぁ……熱々だし。
椅子に足を組んで座っている宝生さんを見つけて近くに座る。
「……気が変わった。食べ終わったら思う存分回ろうか」
俺は驚いてトレーを落としそうになった。
サイドメニューのポテトがいくつか落ちた気がするけど……目を瞑ろう。
「な、どうしたんだ?」
「気が変わったんだと言っただろう? そうして欲しかったんじゃないのか?」
「そりゃあそうだけどさ……」
「それなら早く食べてしまえ」
なんだか人が変わったような感じがして驚きが隠せないのだけど……まあいいや、食べよう。
熱々のハンバーガーを食べてみる。
肉厚のパテはジューシーでとても美味しい。しかし熱い。
「あ、ポテト食べるか?」
「別に……いや、せっかくだ。もらおうか」
すっと宝生さんの腕が伸びてきてポテトを……って、どうでもいいか。
「ほら、見てないで食べろ」
「ごめんなさい……」
おまけにバレるとかいう最悪の結末である。
俺は熱々のバーガーを冷たいジュースで相殺しながらお昼を済ませるのだった。
◆
「もう、怒らせてどうするのですか」
「……少しやり過ぎたわ」
「わ、私はこの場所だと動けないので……って甘えですよね、ごめんなさい」
「こういうものはあまり慣れてなくて……すみませんわ」
それぞれが謝罪をしている。
洵が出ていった後の弥生たちのテーブルでの事だ。
たくさんの人の中から美少女だけを掴んで持ってきたようなメンツのこのテーブルはとても目立っていた。
「しかし私は悪いのか……」
「悪いわね」
「……きっかけではあるかもですね」
「そうですわね、あの時言わなければ……」
一番がっくりしているのは須田だった。
何しろ自分が話したタイミングで怒ってしまったのだから嫌でも意識してしまうのだ。
「ほら、責任転嫁してないで。それはまあ、途中手伝う事もなくスイーツに気を取られていたのはありますが」
「うぐぐぐっ」
一瞬安堵した須田はすぐに項垂れてしまった。
「とりあえず、各自後で謝っておいてくださいね?」
「「「はーい」」」
「って、わたくしたちが悪いのは認めますけど……菊池さんは何故動かなかったのですの?」
そんな言葉に菊地は笑顔を湛えたままだ。
「本日の保護者役ですからね。基本的には動かないようにしています」
「それとこれとは違う気が……」
「あら、何か言いましたか?」
菊地は相も変わらず笑顔だった。
いや、笑顔ではあったが……有無を言わせないような、怖い笑顔なのだ。
「……いえ、何もございません」
その迫力に気圧された須田はただ頷くしかないのだった。
菊池は笑顔を保ったまま、心の中で洵をそっと応援していた。
そして、その代わりに自分に出来ることはお嬢様たちを見守る事なのだと、菊池は心の奥底でぽつんと呟くのだった。